15 【リーナの叫び】
暗闇と、轟音。
激しく揺れるシェルターの片隅で、リーナはマリアの腕にしがみついていた。
「ママ……助けて……」
無意識に言葉が漏れる。
張りつめていた緊張の糸が切れ、抑えきれない恐怖に震えが止まらない。
ママが死んだとき、まだ3歳になったばかりだった。
けれど、ママの最後の笑顔は、今でもはっきりと覚えている。
何よりも大好きだったママが、目の前で消えていなくなった。
そのときの恐怖は、脳裏に焼き付いており、忘れたことはない。
「……大丈夫。……きっと大丈夫。オーダインたちが必ず守ってくれる」
マリアが包み込むように抱きしめてくれる。
すし詰め状態の室内では、子供たちの泣き叫ぶ声を、大人たちが必死であやしていた。
「……マリア。……お兄ちゃんも大丈夫だよね?」
「ナスカは3階から落ちて骨の1本も折らなかったやつよ。そう簡単にやられたりしないわ。そうでしょう?」
「……うん」
そしてマリアは、シェルターのみんなに聞こえる声で叫んだ。
「みんな、信じよう! 今、外ではオーダインたちが必死で戦ってくれている。だから絶対になんとかなる!」
それは、自分自身に言い聞かせているようにも思えた。
「私たちが今やらなきゃいけないことは、最後まであきらめずに希望を持ち続けることだけよ!」
マリアの檄に、絶望に沈んでいた人々の瞳に、少しだけ光が戻る。
「……うん、そうだね。お兄ちゃんならきっと……」
リーナがそう呟き、顔を上げたときだった。
フワッ、と内臓が浮き上がるような感覚。
世界がひっくり返るような浮遊感に襲われた。
「きゃぁぁぁッ!?」
体勢を崩した体が壁に叩きつけられる。
「……どうしたの!?」
マリアも訳が分からずに叫んでいる。
「まさか、シェルターが傾いているの!?」
ドッゴォォォォンッ!!
激しい衝撃と共に、轟音が轟いた。
人と人が重なり合い、押しつぶされ、室内はすでにパニック状態だ。
……外で何がおきているの!?
ギィギギギギギギギッ……!!
頭上で、金属の悲鳴が響いた。
分厚いオリハルコンの天井が、まるでアルミホイルのように軋んでいる。
その悲鳴が臨界に達したとき。
ベリィッ!!! 天井が、強引にめくれ上がった。
暗闇に支配されていたシェルター内に、灰色の空の光が差し込む。
「……あ」
リーナは、見てしまった。
めくれ上がった天井の隙間から、その「顔」が覗き込んでいた。
3つの顔。9つの眼球。
神々しいほどに眩しく、そして悍ましい巨神。
「……ひっ」声が凍り付く。
目が合った。
9つの目が、わたしたちを見ている。
人とは異なる意志を持つ、冷たい観察者の目。
逃げ場なんてない。
瓶の中に閉じ込められた虫と同じ。
その顔が溶けるように伸び、眼前に迫ってきた。
「や、やだ……ママァ……ッ!」
リーナを庇うように、マリアが覆い被さる。
もうだめだ――そう思った、その時。
ドオォォォォォッ!!
エンジンの咆哮が空気を裂いた。
巨神の顔の横から、影が飛び出してくる。
「――離れろぉぉぉぉぉぉッ!!」
クロバエに乗ったジンだった。
瓦礫の山をジャンプ台にして、空中に浮くシェルターへ、たった一人で突っ込んできたのだ。
「ジン!!?」
ジンは、スロットルを全開にし、クロバエの先端に突き出た『オリハルコンの銛』を、巨神のこめかみに突き刺した。
「くたばれぇぇぇぇッ!!!!!」
起爆トリガーが絞られる。銛に仕込んであった蒼油がゼロ距離で炸裂した。
ズドォォォォンッ!!
強い爆風がリーナたちにも襲い掛かる。
ジンは爆風を軽やかにいなし、リーナたちの頭上にクロバエをホバリングさせた。
「……ジン! あんたやるときはやる男だって思ってたよ!」
マリアが、涙目になりながら叫んだ。
リーナも、ジンがこんなにもかっこよく見えたのは初めてだった。
――けれど。
「……ごめん……やっぱダメだった」
リーナたちの歓声とは裏腹に、ジンは今にも泣きだしそうな顔で振り向いた。
――ぞっ。
リーナは息を呑む。
ジンの背後。
爆発で半分に抉れていた、巨大な顔面は、音もなく元に戻っていた。
そして――。
巨神の9つの眼球が、ジンを捉えた。
ただ、それだけ。
手も動かさず、睨んだだけ。
不可視の巨大なハンマーが、ジンを叩き潰した。
「ガハ…………ッ!!」
クロバエの装甲が一瞬でひしゃげる。
銛は飴細工のように折れ曲がり、ジンの体は、見えない力に弾かれて吹き飛ばされた。
「ジィィン――――ッ!!!」
リーナの叫びも虚しく、ジンは鉄屑と共に、遥か下の地面へと墜落していった。
「あ……あぁ……」
嘘だ。嘘だと言ってよ。
巨神は、再びその無機質な9つの瞳を、リーナたちへと戻す。
3つの顔が大きく裂け交わり、一つの巨大な顎のように変貌して、シェルター全体を包み始めた。
視界が、白い光に飲み込まれてゆく。
マリアが、ギュッと強く抱きしめてきた。
あまりの恐怖に声も出ない。
……ママ……パパ……
涙があふれてくる。
すべてが白く塗りつぶされる世界で、不意に温かい記憶が蘇った。
いつもわたしの頭を撫でてくれた、手のひらの感触。
不器用だけど優しい、あのお兄ちゃんの温度だけが、消えずに残っている。
そうだ……お兄ちゃんは約束してくれたんだ。
「俺が必ず助けに駆けつける」って。
わたしは信じるんだ。
リーナはありったけの想いをこめて叫んだ。
「お兄ちゃん……助けてッ!!」




