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暴走する想い

時間が経過し、気がつけば閉店の時間だった。

店内の照明を落とし、出入り口に CLOSE の看板を立てた麦は、大きくため息をこぼす。


(最悪だった……毎日やってることなのに、なんでミスするんだろう)


先ほど、華と冷が来ているときに食パンを焦がしてしまったことを、麦は未だに引きずっていた。


店内に戻り、残ったわずかなパンをトレーに回収する。

箒で掃き掃除を終えると、作業場へ戻った。


「あれ?」


視界に映ったのは、作業台でパン生地をこねている田中の姿だった。


「もう半分までやったの?」

「はい。明日は平日で売れない日だと思うので、少なめにしてます。結構早く終わりそうです」

「なにからなにまで、ありがとう田中くん」

「いいんですよ!」


屈託のない笑みで田中は答える。

安堵のため息をついた麦は、回収した売れ残りのパンを袋から出し、番重に並べていく。


(最初は頼りなかったけど、今じゃ作業任せられるくらいに成長したんだなぁ……)


並べ終えると、勝手口へ通じる扉の横にある冷凍庫へ向かう。

扉を開け、冷凍生地の在庫を確認しながら、麦はなんとなく口を開いた。


「そういえば田中くん、毎日ここに入ってるけど、大学の授業は大丈夫なの?」

「ちゃんと出るべき授業は出ているので大丈夫ですよ」

「えらーい! アタシなんかちょっとヤバくてさ……っていうか、そんなにバイト入れて何か買うの? 車とか?」

「いやー、違うんですよ。他のことですね」

「なになにー? もしかして彼女さんと遊びに行く資金調達とか?」

「彼女はいないですよ。出来たこともないですし」

「へぇ、意外! モテそうなのにね」

「好きな人なら、います」


田中は手を止めず、そう言った。


「そりゃ二十歳前で男子だもの、好きな子くらい――」

「貴女ですよ」


静かに、田中は言葉を添えるように告げた。


「…………へ?」


思わず麦の作業する手が止まり、そのまま固まる。

振り向くと、田中は手を止め、真剣な顔で麦を見ていた。


「嫌、ですか?」

「……え、いや……えぇ?」


理解が追いつかず、麦は言葉を見つけられないでいた。


(こ、ここでぇ? っていうか、な、なんて返せば……)


困惑する麦は、ふと気づく。


閉店後の店の作業場。田中と麦以外、誰もいない。


外から、わずかに店の前を通る車の音が聞こえるだけで、作業場は今、重く静まり返っていた。


「ボクは真剣です」

「そ、そうなんだ……」


田中の表情には、強い意志がこもっていた。


(うわ、どうしよう……まいったなぁ)


未だに答えを出せないでいた麦の表情に、焦りが浮かび始めていた。

しかし田中は、視線を外す気配すらない。

彼の目から伝わる無言の強い意志が、困惑する麦を追い詰めていく。


「え、っとね……」


麦は冷凍庫の扉を閉め、向き直る。


「気持ちはうれしいんだけど……」


言葉を発するたびに、口がどんどん重くなっていくのを感じていた。

それでも麦は、言葉を止めずに続ける。


「なんていうか、ね。田中くんは弟って感じだから……恋愛対象としては見てないっていうか……うん、そういうことだから、さ……」


言い終えたあと、麦は慌てて付け足す。


「そりゃ! アタシが失敗したときにフォローしてくれたり、慰めてくれたりして助かってるよ! でも……アタシ的には、それが恋愛につながるわけじゃないかなって……」


「……返せよ」


田中が、かすれた声で何かを言った。


「え、な、なに? 何か言った?」

「じゃあ今までボクが投げかけた気持ちを、返せよ!!」

「き、え? 気持ちって……なに?」


困惑し、怯えながら麦は聞き返す。


「貴女が今まで落ち込んだとき。苦しそうなとき。ボクは懸命に支えた。優しい言葉をかけた……なのに、そんなこと言うんですね!」

「待って! それは助かったよ! でも――」

「でもなんですか!」


怒り狂った田中の声が、作業場に木霊する。


「貴女はただ、男から一方的に――受け取るだけで、何も返してくれないビッチだ!」

「ちょ……それは違う! 押しつけだよ!」


震える手に力を込めて、麦は続ける。


「それと恋愛感情とは関係ないから!ね?!」

「……勘違いさせた貴女が悪い」


田中の声が、だんだんと低くなっていく。


「か、勘違いって……なに?」

「貴女が今までボクに投げかけた優しい言葉……どれだけ救われたことか。手が当たったとき、照れくさそうに笑ってた……」

「えぇ……」

「ドキドキしましたよ。この人はボクの事が好きなんだって!」


パン生地から手を離した田中が、ゆっくりと向き直り、麦を見る。


「それも全部……嘘だったんですね」


一歩、また一歩。

重ねるように、田中は近づいてくる。

湧き上がる感情に、麦は体をこわばらせ、声が出ないでいた。


「なら力づくで、貴女をボクのものにするしかない!」


カタカタカタ、と田中の背後で物音が鳴り続ける。


――ガコン。


次の瞬間、すべての窯の扉が一斉に開いた。

中から、炎の塊が渦を巻きながら現れる。


「え……なに、これ」

「“あのお方”が与えてくれた力ですよ。これで窯の火加減をいじってましてね」

「火加減……」


震えながらも、麦は目を見開く。


(じゃあアタシが食パン焦がしたのって……これのせい?)


「女子は弱っているときに優しくされると、好意を抱きやすくなるだから毎回、貴女がパンを焼くときだけ火を強くしていました」

「そ、そんな……」

「まぁでも。今となっては、それも無駄足でしたけどね」


両手を広げた田中の胸に、黒紫の石が浮かび上がる。


「逃がしませんよ、麦」


名前を呼ばれた瞬間、麦の背筋に悪寒が走る。

作業場の温度が、一気に上がった。




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