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美味しそうな匂い

屋敷を出てすぐ、冷は異変に気づいていた。


(いつもなら隣歩いてるのに、今日はちょっと前だ……)


青空の下。

降り注ぐ太陽の光の中を歩く華と冷の間には、わずかな距離があった。


(……いつもなら話しかけてくるのに)


前を歩く華の揺れる髪を見ながら、冷は小さく首をかしげる。


閑静な住宅街を抜け、大通りの信号に差しかかった。

青になると横断歩道を渡り、そこから数分歩く。


やがて曲がり角の先に、黄色の建物が現れた。


「ここだね」


二人は建物の前で立ち止まる。


白い外壁に黄色の屋根の建物。

正面のショーウィンドウには食パンのイラストが描かれており、外から店内の様子もうっすらと見えていた。

真上の看板には「モキドキパン屋」と、ポップな筆記体で書かれている。


「電気ついてるから、営業してるっぽい。入る?」


隣を見ると、華はどこかムスっとした様子で店を眺めていた。


(あれ……すごい怒ってる? 見たことない顔してる……)


いつもと違う華に、冷は目を丸くする。


そのとき――

どこからか、何かが地面に落ちる音が聞こえてきた。


ムスっとしていた華の表情が一瞬で引き締まり、華は駆け出す。

冷もその後を追って走り出した。


モキドキパン屋の正面入り口から裏路地へ回り込み、建物に沿って進む。

駆けつけた二人の視界に入ったのは、

店の勝手口らしき場所で尻もちをついて座り込んでいる女性の姿だった。


「だ、大丈夫……ですか?」


冷が近づき、声をかける。


女性は頭に三角巾をつけ、白い半袖シャツにジーンズ姿。

その上から白いエプロンを着けていた。


見たところ、この店の店員らしい。


「いたた……あ、大丈夫。大丈夫」


女性は手をひらひらと振りながら立ち上がり、お尻を軽く手で叩いた。

近くに白い箱のようなものがいくつか転がっている。

地面には白い粉がこぼれていた。

見ていた華はしゃがみ込み、白い箱を拾い上げていく。


「……ん!」


カッ、と華の目が見開いた。


「この箱……パンの匂いがする!」

「さっきまでパンを乗せてたからね。これは番重。生地やパンを一時的に保管する箱だよ」


そのときだった。

ぐるぐるぐるぎゅーーーっと、腹の虫の鳴き声が響く。


音の主をたどるように、冷と女性の視線がゆっくりと華の腹へ向けられていく。


「……お腹空いてる?」

「空いてる!」


女性の問いに、華は手を上げて即答する。


「そうだねー……じゃあ、駆けつけてくれた二人には特別に焼きたてのパンをごちそうしようかな」


華から受け取った番重を勝手口の横にある箱の上へ置くと、

女性は招くように店の中へ入っていく。


「入って、いいんですか?」


冷は恐る恐る尋ねる。


「いいよいいよ。さぁ、どうぞー」


女性に誘われるがまま、華と冷は勝手口から建物の中に足を踏み込んだ。


使わなくなった鉄板や器具が置かれた薄暗い通路を抜ける。

その先のドアを開けると――そこは作業場だった。


「ここでいつもパンを作ってるのよ」


先に入った女性に続き、華と冷も作業場へ入る。


床は白く、作業場の中央には巨大な作業テーブル。

側面にはいくつもの扉がついている。


部屋の片側には大きな窯が三つ並び、その隣にはガラス張りの巨大な冷蔵庫らしき機械が二台置かれていた。

窯の扉の隙間からわずかに湯気が漏れ、そこからパンの甘い香りがふわりと漂ってくる。


「今ちょうど最後のパンを焼いてるところだよ」

「へぇ~、パン屋さんの中ってこうなってたんだ……ん?」


初めて見る作業場の景色を眺めていた冷の視界に、とある場所をじーっと見つめながら目を光らせている華の姿が映った。

視線の先を追ってみると、店内へ通じる出入り口のそばにあるラックがある。そのトレーに並べられたパンを、華が物欲しそうな顔で眺めていたのだ。


「あははは、食べたそうだね?」

「うん!」

「じゃあいいよ。好きなの取ってってね」


女性の許可が出た途端、華は手を振りながらラックの方へ向かう。


そのとき――ガラッと扉が開いた。

店内へ通じる扉から作業場に入ってきた人物と、華がぶつかりそうになる。


「おわ、ごめんなさい!」


すぐさま謝った人物は、白いエプロンにコック帽を被った男性だった。


「えっ……どちらさまですか?!」

「あぁ、田中くん。この子たち、勝手口で転んだところに駆けつけてくれたから、お礼にパンをご馳走しようと思ってね」


事情を説明する女性は、

ふとあることに気づき首をかしげる。


「あっ……名前、聞いてなかったね?」

「桐灰華!」

「富谷冷です」


華は親指を立てながらにかっと笑い、冷は軽く会釈する。


「アタシは月城 麦。大学生だよ」

「田中雄介です……同じくここでバイトしている大学生です」


華と冷を作業場に案内した女性、月城麦と、コック帽を被った男性――田中雄介が軽く会釈した。


「いつもは店長と従業員の人たちがいるんだけど……まぁ、シフトがうまくかみ合わなくて、今日はバイト二人で回してるんだよね」


麦はちらりと作業場の出入り口を見る。

ラックの目の前では、華が両手をゆっくり動かしながら奇妙な動きをしていた。


「遠慮しなくていいよ。好きなのつまんでいいよ」

「やったー!」


躊躇っていた華は両手を上げ、近くに置いてあった紙トレイを取り、パンに手を伸ばそうとする。


「あ、待ってください。ボクが取りますよ」


隣で見ていた田中が、ポケットから使い捨ての透明な手袋を取り出し、手にはめた。


「……ん?」


何かに気づいた麦が、鼻をひくひくと動かす。


「え。まさか」


慌てて窯の方へ向かい、扉を開ける。


すると中から灰色の煙が勢いよく飛び出した。

次いで焦げたような匂いが鼻に突き刺さり、麦は眉をひそめる。


「えぇ~!! またやっちゃった……」

「ふえ、どうしたの?」


匂いに気づいた華が振り向く。


「あーーん! また食パン焦がしちゃった……なんでぇ!」

「うわぁ……真っ黒ですね……」


同じく窯の中を覗き込んだ冷も、驚きと困惑の表情を浮かべる。


奥から取り出した型の中に入っている食パンは、真っ黒に焦げつき、炭のような臭いをまとっていた。

もはや原型をとどめていない状態だ。


「はーーー……上火と下火も合わせて、時間通り設定したのに。これで何回目だろう……」

「大丈夫ですよ、月城さん。ボクも失敗するし、落ち込まないでください」

「うん、ありがとう田中くん……」


ひどく落ち込んでいる麦を、歩み寄ってきた田中が優しくフォローする。窯の中からすべての型を取り出し、真っ黒に焦げた食パンをゴミ箱へ捨てていく二人。


その様子を、もらったパンを食べながら見ていた華は、眉をひそめていた。


そのことに、冷は気づいている。


「……華?」


顔をのぞき込むようにして、冷は声をかけた。

しかし華は、ムスっとした顔でそっぽを向き、パンをもしゃもしゃと食べている。


(……子どもみたいに拗ねてるような……わたし、何かしたかな)


心当たりのない冷は口元に手を当て、眉をひそめるのだった。





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