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疑いの光景

「はぁー、いいお湯だった!」


肩にかけたタオルで、華は髪を拭う。

ワンサイズ大きなシャツに白のショートパンツというラフな部屋着姿で、リビングを歩く。


開いた窓から入る風に、白いカーテンがゆっくりと上下に靡く。

お風呂上がりの肌を、やさしく撫でていった。


ソファに腰掛けた華は、部屋を見渡す。


「あれ、そういえば冷は?」

「お嬢様でしたら、朝から買い出しをお願いしております」

「へー! 一人で出かけるなんて珍しいじゃん!」


頭を拭きながら視線を落とすと、

目の前のテーブルに置かれている物が視界に入った。


白いスマートフォンだ。


「あれ、これって……」


華はそれを拾い上げ、手の中でくるりと回す。


(冷のだ。忘れていったんだ……)


しばらく華は、冷のスマートフォンを観察していた。

少し動かすと画面が点灯する。表示されたロック画面は、真っ白だった。


「綺麗に使ってるなぁ……」


ケースカバーにもほとんど傷がなく、汚れもない。

華は感心したようにスマートフォンを眺める。


開いた窓から生ぬるい風が流れ込み、乾きつつある前髪を揺らした。

ふと見上げると、窓の外には夏の青空が広がっている。


「クリスチャント! 冷にスマートフォン届けてくる!」

「おや、わかりました。場所はご存じですか?」

「わかんない! どこ行ったの?」

「三丁目の“ウマヤギスーパー”というところに行くと、おっしゃっておりました」

「えーっと……信号渡った先のところだっけ! わかった!」


ソファから立ち上がった華は玄関へ向かい、靴を履く。

トントン、とつま先を叩き、踵まで靴が入ると玄関の引き戸を開けて外へ出た。


風呂上がりの肌を押すような熱気と、真上から降り注ぐ太陽の光。

庭を横切り屋敷の敷地から出ると、華は住宅街の生活道路を歩き出す。


視界に映る看板やゴミ小屋。

富谷邸に居候してから二か月。今ではすっかり見慣れた光景だった。


家の前で水撒きをしているおばあちゃんと軽く挨拶を交わし、

駄菓子屋の前で将棋を打つおじさん達の横を通り過ぎる。


太陽の日差しが強くなる中を進んでいくと、やがて横断歩道が見えてきた。


「お、あれだ」


視界にお目当てのスーパーを捉える華。

その店の前には、見慣れた人物が立っていた。


「いたいた……冷だ。おーい――」


声をかけようとした、その時だった。


物陰に隠れて見えなかったが、

冷の背後から見知らぬ女子が抱きついているのが視界に入った。


「……」


抱きつかれた冷も、笑顔で振り返る。


「……」


華の上がっていた手が、ストンと下りた。

目を大きく見開き、さっきまで上がっていた口角が、ゆっくりと沈んでいく。


「……」


しばらくの沈黙後、華は背を向け歩き出す。

消えるように、その場から静かに立ち去って行った。




******************************************




「ただいまー」


玄関の開く音とともに、冷の声がリビングまで聞こえてくる。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


扉が開き、冷がリビングに入ってきた。

キッチンで料理の下準備をしているクリスチャントが、いつもの微笑みで出迎える。


ふと周りを見渡すと、ソファで横になって寝ている華の後ろ姿が目に入った。


(珍しい。この時間から寝てるのかな……)


動く気配のない華の背中を見つめながら、

冷は手に持っていたスーパーの袋をキッチンのテーブルに置く。


「頼まれてた物、買って来たよ。朝一で、ほうれん草が安かったの」

「ありがとうございます。束が大きいですね」

「奥の方にあったの取ってきたの。他にも――」


クリスチャントと話す冷の声に、華はじわりと瞼を開けた。


背を向けたまま、耳だけを傾ける。

気づかれないよう、そっと様子をうかがいながら話を聞いていた。


「さっきね。美味しいパン屋紹介してもらってね」

「なんというお名前のパン屋でございますか?」

「モキドキパン屋ってところ。クリスチャン知ってる?」

「……記憶が正しければ、二丁目の小道にあるお店でございますね。食パンが美味しいと評判を聞いております」

「意外と近いところなんだ」


話しながら、冷はちらりとリビングに目をやる。

華は先ほどと変わらない姿勢で、ソファに横になっていた。


(……寝てても、いつもなら美味しい食べ物の話なら飛び起きるのに)


冷は足音を立てないようにリビングへ入り、ソファで寝ている華のところまで近づく。

じーっと観察し、動かないことを確認すると、そっと後頭部に顔を近づけ小声で囁いた。


「すごーーーく……美味しいパンあるんだけど、行かない?」

「いぐっ!!!!」


噴水のように飛び起きた華は、

目を光らせ、口元から小さく涎を垂らしていた。


「……」


冷とクリスチャントが無言で見ている。

華は一拍おいて言った。


「……で、どこ?」




*******************************

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