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微かな謎

「はっ……はっ……」


朝の空気に、少女の吐く息が白く混じる。


時刻は午前八時半過ぎ。

黒のランニングパンツに、体にぴったりとしたノースリーブのシャツ。

その格好で、少女――桐灰華は住宅街の道路を駆け抜けていた。


ボブカットの髪がリズムよく揺れる。

頬を流れ落ちた汗が、朝日を受けてきらりと光った。


角を曲がり、真っすぐな道を走る。やがて速度が落ち、華はゆっくりと足を止めた。

到着したのは、民家が並ぶ中でもひときわ目立つ白い豪邸。


富谷邸。

今、桐灰華が居候している家だった。


「次は……」


門をくぐり、庭へ入る。


華はその場で軽く足踏みをすると、ストレッチを始めた。

体重をかけ、足裏の筋肉を入念に伸ばしていく。


ふくらはぎ。

太もも。

肩。

筋を伸ばし終えると、華はゆっくりと姿勢を落とした。


静かに、息を吐き、構え。


空気が少しだけ張り詰めた。


「せいっ!」


逞しい声が庭に響く。

放たれた拳が空を叩く。


――ドンッ。


鈍い衝撃が走り、芝生がわずかに揺れた。


足を蹴り上げる。


腰を鋭く切った。


突き出された拳に、空気が唸る。

肘を畳み腕を回し――右手を縦に構えた。


次の瞬間、

放たれた左拳が空気を裂く。


「ふぅ……」


息を吐き、拳を引く。

最後に大きく肩の力を抜くと、華の表情が少し緩んだ。


「今日はこれくらいにしとくか!」


「朝から精が出ますね」


声をかけられ、華は振り向く。

中庭の花壇に水をやっている人物がいた。


黒いスーツ。腰まで届く長い白髭に右目には黒い眼帯。

富谷邸の執事――クリスチャンだ。


「稽古ですか?」

「日課だよ。やっておかないと体が気持ち悪くてさ!」

「なるほど」


クリスチャンは華の動きを思い返すように目を細める。


「しかし、今のは柔道や空手とは違う動きでしたね」

「昔、教えてもらった人の流派だよ」


華は軽く肩をすくめた。


「今はもういないんだけどね」

「そうでしたか」


クリスチャンは静かに微笑む。


「あ、お風呂借りていい?」

「どうぞ。すでにご用意しております」

「ありがとう!」


華は駆け足で中庭を抜け、屋敷の中へ入っていった。

その背中が見えなくなるまで見送ってから――クリスチャンは、ふっと目を細める。


(慰霊碑に書かれていた名前……しかし、一体どういうことだ……)


雲は風に乗って流れ、影が引いていく。

太陽が顔を出し、日の光が中庭を照らす。


クリスチャンが持っていたジョウロの水はなくなり、

口から水滴がぽたり、ぽたりと落ちてる。


庭は、静かだった。




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