解放の時
深い眠りに浸っていた意識が目覚め始める。重い瞼を開けると、視界には見知らぬ天井が映った。
「…あれ」
女子生徒が目を覚ましたのは、病室のベッドの上だった。
ドアの外では、何やら人の声が聞こえてくる。
「……」
白い天井。消毒液の匂い。
腕には点滴のチューブが繋がれていた。
身体を少し動かすと、胸の奥がじんわりと痛む。
「ここ……」
病院?
ぼんやりとした意識の中で、記憶がゆっくりと浮かび上がる。
理科室、割れたガラス、机が倒れる音。
――笑い声。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
思い出したくないはずの光景が、勝手に蘇る。微かに呼吸がしづらい感覚が体を駆け抜けた。
床に押さえつけられたこと。誰も止めてくれなかったこと。みんなが、ただ見ていたこと。
心臓に重りが乗った気がした。
指先が震える。
そのとき。
――ドンッ。理科室の窓が砕け散った音。
驚いて顔を上げた記憶。
そこに立っていたのは、金色の長い髪を揺らす少女だった。
黒いドレス。静かな瞳。
そして、その隣には――
「……アイアン……ガール」
小さく、声が漏れる。
白いドレスまとった少女が、いじめていた生徒達を睨みつけていた。
――弱いから泣くんじゃない。
低く、強い声。
――泣かせる方が弱いんだよ!
女子生徒は、ゆっくりと目を閉じる。
あの時、腕を引かれて――抱き上げられた。冷たい怖さを、暖かさが消していた。
そして。
――この子は、ちゃんと生きていい。
胸の奥が、きゅっと熱くなる。
最後に聞いた言葉が、頭の中で静かに響いた。
――またね。
女子生徒は、そっと目を開ける。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
「未来!」
突然、病室の扉が開く。
中に入ってきたのは、中年の男性だった。紺色のスーツに身を包み、ネクタイはしていない。
黒ぶちメガネの、見知った姿だった。
「おとう、さん…」
「未来!」
女子生徒、未来が言葉を発する前に男性は駆け寄り抱き着いた。
強く抱きしめ、華をすする声が耳元に聞こえる。
「無事でよかった…!」
「え、どうして」
「学校から連絡があって飛んできたんだ!大きな騒ぎがあったとも聞いているが、巻き込まれたのか?!」
「……」
父に言われて、未来の脳裏に二人の影がちらつく。
「アイアン…」
「え?」
「…うん。怪物になっちゃったんだけど…二人のアイアンガールが、助けてくれた…」
未来の発言に、父は目を点にしていた。
急に怪物になった、や、アイアンガールという
聞いたことない単語を聞かされ思考が追い付かないでいる。
「イジメられているところも、助けてもらった…」
「いじめ…?」
父の表情が曇る。
「ど、どういうことだ?」
「……ごめんなさい、ずっと黙ってて」
未来の声が段々と震えていく。
「実は、お父さんが事故で子供跳ねた跡からクラスのみんなにいじめられてて…」
嗚咽混じりの声で、未来は続ける。
「変に抵抗すれば、またお父さんが悪く言われるかなって…」
瞼をこすり涙を止めようとするが。
指の間からすり抜けていく。
「だから」
「もういい!」
父は再び未来を強く抱きしめる。
「もういいんだ!すまん、お父さんの不注意で…こんな…想いを…」
言葉が途中で詰まる。
震える肩が、未来の頬に触れていた。
「お父さん…」
未来は小さく首を振る。
その時だった。
胸の奥にずっと沈んでいた重たいものが、ふっと消えていくような感覚が広がる。
ずっと抱え込んでいたもの。誰にも言えなかったこと。
全部が、ゆっくりとほどけていく。
未来は父の胸に顔をうずめた。
涙はまだ止まらない。
けれど。
さっきまでの涙とは、少しだけ違っていた。
未来の頭に、あの声が浮かぶ。
――この子は、ちゃんと生きていい。
未来は目を閉じる。
胸の奥が、少しだけ温かくなる感じがした。




