甲斐の虎、電波の彼方に消ゆ
「駆! 背景はこれでよいか! 予の威厳が、画面越しに相手を威圧するような、最高にエモい金屏風になっているか!?」
室町御所の一室。義明は、リングライトの光を正面から浴びながら、タブレット端末の前でそわそわと烏帽子を整えていた。画面上の自分は、加工アプリによって肌が不自然にツヤツヤしており、クマも消えている。
「大丈夫っすよ将軍。実物より三割増しで偉そうに見えます。あ、信玄さん入室しましたよ」
画面に「武田信玄」という名前が表示される。しかし、映し出された映像は、昭和の砂嵐かと思うほどにガビガビだった。
「……もしもし。聞こえるか、将軍。……こちらは……風の如く……通信制限……」
「信玄か! 画面がモザイクのようで見えぬぞ! もっと電波の良いところへ移動せよ。信濃の山奥か? 窓を開けろ!」
義明が画面に顔を近づけて怒鳴る。一方、駆は画面の端っこで、信玄の通信環境を解析しながらポテトチップスを齧っていた。
「将軍、無理っすよ。信玄さん、今、伝送効率を上げるために、独自の『風林火山・プロトコル』っていう怪しいフリーWi-Fi使ってるみたいっすから」
「なんだそれは! ……まぁよい、信玄! 予の命を聞け。お前に『副将軍』のポストを検討してやらんこともない。その代わり、今すぐ軍勢を率いて上洛し、予を無視する織田や三好に、ブロックを解除させるのだ!」
画面の向こうで、信玄(と思われる茶色の塊)が動いた。
「……副将軍……? ……報酬……ビット……諏訪……」
「何と言った!? ビットコインを寄越せと言ったのか!? 諏訪の聖地をタグ付けしろと言ったのか!?」
「あー、たぶん『副将軍になるなら、甲斐の米をNFT化して幕府公認にしろ』って言ってますね。意外と欲深いっすね、あの虎」
駆が適当な通訳を入れると、義明の血圧が跳ね上がった。
「何を! 予の右腕になれるというのに、条件を出すか! 予は将軍だぞ! 予のフォロワーになることは、最大の名誉ではないか!」
その時、画面が完全にフリーズした。信玄の顔が、口を半開きにした間抜けな表情で固まっている。
「あっ、落ちた」
「駆! 何とかせぬか! 予はまだ話の途中だ! 肝心な『上洛の誓約書』に電子署名をさせておらん!」
駆はめんどくさそうにキーボードを叩いた。
「あー……あ、これ、信玄さんのせいじゃないっすね。誰かが御所の回線にサイバー攻撃(物理的な妨害)仕掛けてますよ」
「なにっ!? 誰だ、予のオンライン面談を邪魔する不届き者は!」
駆が庭の方を指差すと、そこには、御所の通信ケーブルを刀で思い切り叩き切ろうとしている、織田家の使い(物理ギルド)の姿があった。
「……信長だ。信長の奴、予が他力本願で信玄と繋がるのを察知して、物理的に回線を遮断しに来おったな!」
義明は顔を引きつらせ、震える手でスマホを掴んだ。
「おのれ織田信長……! 予の『オンライン副将軍計画』を台無しにしおって! 許さん、絶対に許さぬぞ! 駆、今すぐ信長の全投稿に『通報』を入れろ! 規約違反でアカウント停止(凍結)に追い込んでやるのだ!」
「いやー、それやると、こっちの住所特定されてリアルに攻め込まれますよ? まぁ、僕がちょっと『謎の操作』で、信長さんのルーターのパスワード、変えといてあげますから」
「おお! さすがは駆! ログインできぬ苦しみをあ奴に味合わせるのだ!」
義明は、真っ暗になった画面を見つめながら、勝利の予感(と激しい動悸)に震えていた。
しかし、その頃、通信が途絶えた甲斐の山奥で、信玄はガビガビの画面に向かってこう呟いていた。
「……今の将軍の顔……スクショして……晒すか……」
戦国SNSの闇は、義明の想像よりも遥かに深かった。




