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信長の野望と将軍の仕返し



「落ち着いてくださいよ将軍。血管切れたら、それこそ信長の思うツボっすよ」




天野駆は、畳に寝転がったまま、小指で器用に鼻をほじり、それをパッとはじいた。その指先が、偶然にも義明の愛用する「金箔貼り・最高級スマートフォン(モデル名:菊花15 Pro Max)」の画面をかすめる。




「落ち着いておられるかぁぁ! 駆、お前も見たであろう! 織田のあの、スタンプ一個で済ませるような不遜な態度を!」




足利義明は、真っ赤な顔をして部屋中をドタバタと駆け回っていた。着物の裾をひっかけそうになりながら、激しく上下する肩で息をつく。




「桶狭間で今川義元を倒したからといって、あ奴、少し売れ出したからって調子に乗りおって! 今川殿と言えば、由緒正しき名門……いわば、幕府公認の公式インフルエンサーだったのだぞ! それを、あのようなポッと出の、尾張の自撮り好き野郎が……!」




義明の怒りは収まらない。彼は自分のスマホをひったくるように手に取ると、再び織田信長の返信画面を見つめた。信長からの返信は、燃え盛るお寺の画像に『了解。気が向いたら行くわw』という一言だけだった。




「『w』とは何だ、この草のような記号は! 予を草だと申すか! 予は将軍だぞ! 草ではない、大樹たいじゅだと言っておるのだ!」




「いやー、あれは笑ってるって意味っすよ。たぶん『ウケる』くらいのニュアンスじゃないっすかね」


「余計に腹が立つわ!」




義明の血圧計はすでに190を超え、警告のアラート音がピピピと鳴り響いている。しかし、義明の嫉妬と執着は、怒りよりも「他人の目」へと向かう。




「いいか駆、信長だけではない。他にも大名は腐るほどいるはずだ! 予のグループラインには、全国の有名大名がフルコンプされているはずだろう。奴らからの返答を、一つ残らず確認せよ! 予を敬っている者が、どこかに必ずいるはずなのだ!」




「えー、面倒くさいなぁ……。あ、じゃあ順番に見ていきますね」




駆はスマホをスクロールしながら、適当に読み上げ始めた。




「まず、中国地方の毛利元就さん。えーと、『今、息子たちに教育ビデオ撮らせてるから無理。既読スルー推奨』って書いてありますね。あ、プロフィールのステータスが【三本の矢、意外と折れる】に変わってます」




「教育ママかあ奴は! 予の呼び出しより息子が大事か!」




「次は四国の長宗我部元親さん。……あー、これダメだ。『土佐は圏外なので、伝書鳩か飛脚でお願いします』って返信が来て、そのままグループ退会してますね」




「今の時代に飛脚だと!? 意図的な情報遮断だ、あ奴は引きこもりか!」




義明は顔を引きつらせ、爪を噛みながら駆の言葉を一語一句聞き逃すまいと耳をそばだてる。その姿は、憧れのアイドルにリプライを無視された熱狂的ファン、あるいは浮気を疑う恋人の執着心のようでもあった。




「九州の大友宗麟さんは? あの方はキリシタンだから、博愛の精神で返信をくれるはずだ!」




「あ、大友さんすか。えーと……『今、ザビエルとZOOM会議中。将軍、アーメン』。あ、スタンプで十字架送ってきてますよ」




「祈る前に来い! 京都に来いと言っておるのだ!」




義明はついに畳を叩いて泣き出した。




「なぜだ……なぜ誰も予の顔を見に、京都へ来ようとせぬのだ。予は15代将軍だぞ? 誰もがひれ伏し、いいね!を連打し、予の自撮りを待ち受けにするはずだったのではないのか……っ!」




「あ、将軍。一件だけ、めちゃくちゃ長文で丁寧な返信来てますよ」




駆が面倒そうにスマホを差し出す。義明は「それ見たことか!」と、涙を拭って画面を凝視した。


送信者は、三河の徳川家康だった。




【征夷大将軍、足利義明様。この度はご就任、誠におめでとうございます。三河の片田舎より、日々、将軍様の御健康を祈念しております。上洛の儀、私めも馳せ参じたいのは山々なのですが、現在、近隣の武田家との兼ね合いや、領内のインフラ整備(光回線の敷設)が遅れており、身動きが取れぬ状況にございます。何卒、何卒ご容赦を……(以下、2000文字の謝罪)】




「おぉ……家康! 家康ではないか! あ奴だけだ、予を『様』付けで呼び、こんなに長い文章を打ってくれるのは!」




義明はパァァと顔を輝かせた。しかし、背後で駆がボソリと呟く。




「でもこれ、AIが書いた定型文テンプレっすよ。ほら、一番下に『※このメッセージは自動送信されています』ってうっすら書いてある」




「な、な……っ、なあああああああああ!!」




義明の血圧計が、ついに限界突破の数値を叩き出した。




「おのれ、おのれ大名ども! 予を、予を馬鹿にしおって! 駆! 今すぐ全員に『残念です』スタンプを爆撃しろ! 嫌がらせだ、深夜の通知オンで全員の睡眠を妨害してやるのだ!」




「あー、はいはい。お安い御用で」




駆は、死にそうな顔で怒り狂う主君を横目に、手元のスマホで全く別の操作をしていた。




「(……さて、信長の隠しアカウントでも特定して、裏から少し『バズらせて』やるかな。その方が面白そうだし)」




駆の瞳が、一瞬だけ、ただの適当な男とは思えない鋭い光を放った。しかし、義明が




「駆! 何をしている、早くスタンプだ!」




と叫ぶと、すぐに元の「やる気のない側近」の顔に戻った。




「わかってますって、将軍。今、最強にムカつく『煽りスタンプ』探してますから。……あ、これ、語尾に『ぷぷぷ』ってついてるやつ、いいんじゃないすか?」




「それだ! それを送れ! 全員にだ!」




近代のヨーロッパを思わせる、豪華だがどこか時代錯誤な御所の一室。


そこでは、国家の行末ではなく、グループラインの「既読」と「返信」に命を懸ける将軍の、滑稽で孤独な戦いが続いていた。

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