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今後の予定

ここは地獄だ

休みなく飛び交う鉛玉と砲弾、鼻腔をつくのは血と硝煙の匂い。

古来より、歴史の影に潜み戦略兵器として国家の兵力そのものであった魔術師も、近代以降は科学の力でもって、戦略兵器が作られるようになり、その命は随分と軽くなっていた。

各国は優れた魔術師をローコストで使い潰すために、特定条件をクリアした者を人とは異なる魔人と制定し、人権を奪った。

俺も、生まれた瞬間に政府の陰陽寮に売られ、物心つく前から人権なき魔人種として幾多の戦場に駆り出された。

もう人を殺したくなんてない。

もう仲間が死ぬところなんて見たくない。

けど、 人は争いを辞めらない。だから、俺の生が開放されることもまた、ない。

しかし、この地獄を前に終わりを願わずにはいられない。

故に今日もまた願う。現実的な終わりを。

どうか、早く死ねますように。







頬を流れる涙の不快感に思わず意識が覚醒する。

昨晩はヘレンと名乗る魔人の少女と徹夜覚悟で宿題をやっていたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

現に俺は宿題のワークブックが広がったテーブルに突っ伏して眠っていたらしく、首に若干の違和感がある。


「やっちまったなあ」


少なくとも宿題を終わらせた記憶は自分にはなかったので、眠ってしまった後悔を口に出しながら、見当たらないヘレンを探すと、俺のベットでTシャツだけを着た、やけに扇情的な姿で眠りこける少女がいた。


「あのやろう」


現在は午前6時20分であり学校まで若干時間があるので、俺より大胆にまんまと眠りこけた少女を叩き起して手伝わしてやろうと思い、宿題の残りページ数を確認すると、ワークブックの解答欄は綺麗さっぱり埋まっていた。


「まじか、全部できるとは思ってなかった。こいつ案外頭いいんだな」


俺は1人で勝手にキレていた事に若干の罪悪感を覚えながら無邪気な寝顔を眺めしみじみと呟く。


昨晩、汚れていたヘレンを風呂に入れた後宿題をやりながら、色々な話をした。俺の身の上話だったり、魔術の知識などない彼女がどうやってここまで逃げてきたのか、だったりである。

話を聞くに彼女の魔人としての特性は並外れた回復魔術にあるらしく、あらゆる攻撃をその身に受け止め、ここまで逃げおおせて来たらしい。

痛ましい話だ。記憶がない間何があったかは分からないが少なくともこの少女がそんな目に遭わなければならない理由なんてない。

魔人化による魂の融合とは両者の合意によってのみ行われ、無理やり吸収された魂は必ず拒絶反応を起こす。

確かにそんな儀式に手を染めた魔人共はほとんどが精神の欠落した化け物だが、少なくとも位相管理協会が定義したような冷血な殺戮者ではない。

結局、協会も魔人の力という側面しか見ていない。

俺が彼女を人間の世界に戻してやらなければ。

穏やかな寝顔を前に今一度そう決意をみなぎらせ、朝食の準備を始める。


明らかに、和食に馴染みの無さそうな奴もいるが我が家には主食となり得る物が米しかないので我慢してもらう。

サッと米をとぎ、炊飯器ボタンを押すと、その間におかずも準備する。

グリルで鮭を二切れ焼き、安売りしてた海苔で味噌汁を作り、だし巻きもさっと巻いていく。

朝食の匂いに気がついたのか、眠そうに目をこすりながらヘレンがキッチンに様子を見に来る。


「おはよう、そうや。とても良い香りだね」


「おう、おはよう。そりゃよかった、和食しか用意できなかったが好き嫌いはないか?」


「うん、祖母の影響で我が家の食卓にもたまに並んでいたが、どれも美味しかったよ」


「そりゃあ良かった。今朝は鮭とだし巻きだ」


「なんと!鮭は大好物だ!」


そう言って小躍りを始めるヘレンを脇目に炊けたご飯を茶碗によそい、おかずと共にテーブルまで運ぶ。


「じゃあ、食うか。いただきます。」


「いただきます!」


二人で床に座り、向かい合って飯を食う姿にどこか懐かしい気持ちになりながら、俺は上品に早食いをするヘレンの方を見つめる。


「飯くいながらでいいから、少し話を聞け。今後の予定について話すぞ」


口にものを詰め込みながらブンブンと縦に首を振るヘレンを確認して俺は昨晩から考えていたことを話す。


「とりあえず今日はお前を連れて学校に行く。担任に外国の親戚が俺を訪ねてきて一人にしては置けないといったら許可はもらえた。」


ヘレンからの返事はないものの、こちらの話を聞いている様子ではあるので、異論はないものとして話を続ける。


「それで、宿題出せばとりあえず進級はできるだろうから、あくまで目標だが、三日後日本を発つ。どうせお前パスポートもないだろうから、日本の陰陽寮の知り合いに頼んでイギリスに繋いでもらってロンドンまでの転移魔法陣を使わせてもらう」


「陰陽寮?」


「お前を追ってた位相管理協会は国際的な魔術管理組織だが、それとは別に、大抵の国家は異能に対する何らかの管理組織を抱えていて、日本におけるそれが陰陽寮だ。イギリスとは昔同盟関係にあったから双方向の転移魔法陣くらいは置いてる」


「へー、魔術ってのはもっと秘密裏に使われてるものだと思っていたけど、そうでもないんだね」


「あぁ、魔術が秘匿されるようになったのは近代以降だし、それ以降でも戦争なんかじゃバンバン魔術師が駆り出されてるから一定以上の情報網を持っていりゃあ知れる、公然の秘密ってやつだ」


そう言うとヘレンは少し考え込み、恐る恐る疑問を口にする。


「つまりは位相管理協会ってのは国連のようなものなのだろう。一国家の組織である陰陽寮は信頼に足るものなのかい」


「ああそれなら心配しなくていい。位相管理協会なんてのは第二次世界大戦後に国連と共に現れて魔術後進国のアメリカが作ったポッと出の組織だ。日本やイギリスみたいに神代から続く魔術結社に口を出せるほど強くもないし、両国ともに自国にルーツを持つ魔人をみすみす協会に渡すメリットがない。お前が今日まで協会にのみ狙われ続けていたのは運悪く最初にヤツらに見つかっちまっただけだ。安心しろ、世界がお前の敵になったわけじゃねえ」


「そうか、イギリスに帰ったら。僕は普通の生活に戻れるんだね」


心底安心しきった顔でそうつぶやく彼女の言葉を否定することを申し訳なく思いながら、紡ぐ言葉を考えながら、俺はゆっくりと口を開く


「残念ながら、そうはいかない」


「そうか。そう上手くはいかないか」


仕方がないと、俯く彼女はどこか覚悟していたのか、必死に落胆を隠そうとする様子が、より悲壮感を煽ってくる。


「このままお前の故郷に帰っても、協会からはのがれられるが、すぐにイギリス政府に徴兵されて次は戦場暮しだ」


「なるほど、君と同じということだね」


「ああ、だから解決策も俺と同じだ。俺の魔人化した魂を分離してくれた術者が今日本にいる。明日そいつにお前の魂を分離してもらうから、日本を発つのは三日後ってわけだ」


「そうか……そうか、わかった。そこまで段取りを立ててくれたのならば、素直にお世話になろう。本当にありがとう。どうお礼をすればいいか、見当もつかない」


「勘違いすんな、お前は俺がいちばん困っている時に宿題を手伝ってくれた。対価ならもう貰ってる」


俺の言葉に納得が行かないのかヘレンはなにかモジモジしながら言い返そうとしているので、その前に追撃を下す。


「それにだ、俺を動かしたのは、お前への同情心でも似た境遇に共感したからでもねえ。お前の勇気ある言動に俺は動かされたんだ。だからもしお前が仮に宿題なんじゃ足りないと罪悪感を抱くようだったら、将来返してくれ。お前は俺の投資先に見合う人間だ」


俺は彼女の返事を待たず食い終わった食器を流しへと運び、洗い出す。

決して照れくさくて逃げたわけでも、格好をつけた訳でもない。俺なようなクズが彼女のような人間に何を偉そうに講釈垂れているのかと、死にたくなったから逃げたのだ。

今朝の夢を思い出す。

俺は何をやっているのだろう。

あの地獄を体験しながら、あんな地獄を沢山作っておきながら、生き延びてしまった。

死ぬことを許されなかった。

そんな後悔だけを抱き、今もまた惰性で人を助けようとしている。

情けない偽善者、あそこで誰も助けなかった癖に、今更人を助けようなんて虫が良すぎる。でも、この生き残ってしまった命を無駄に浪費することも許せない。

だから俺は俺を許さない。この生が許されるその日まで浪費せず、英雄的であってはならない。機械的に人を社会を救わねばならないのだ。


洗い終わった食器をカゴに置き、サッと着替えて身だしなみを整える、俺は加害者だ。同情させるようなきっかけをひとつでもひとにあたえてはいけない。だから務めて明るくヘレンに声をかける。


「俺の服貸してやるからさっさと着替えろ。学校までは歩きだからな」




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