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魔女っ子との出会い

 八月三十一日。夏休み最終日。

 学校が休みなのをいいことにバイト漬けの毎日で、来年に向けた受験勉強どころか宿題すらほとんど手を付けていない。

 現在バイト帰りの21:20、宿題はワークブックが全教科50p程。

 決して覆すことのできない絶望の中、肩を落としてとぼとぼと帰路をたどる。

 しかし、経済的支援を望めない形で親元を離れ暮らす高校二年生としては、夏休みのうちにある程度生活費を稼がねばならず、これは決まっていた結末であった。


「もう、あきらめるかあ」


 どのみち教師からの内申を気にするようなお行儀のよい高校生活を送っていたわけだはないので、潔くあきらめ、せめて怒られにくい、いい言い訳を考えながら、家までの最後の信号を渡った直後、そこにソレ(異常)がいた。


 日本のごく普通の住宅街にはまるで不釣り合いな、美しい白髪を肩まで伸ばし、色素を一切持たず永遠に膨張し続けているがごとき白い眼。極めつけは童話の中から飛び出してきたような黒いとんがり帽子に魔女装束を身にまとった中学生くらいの少女。

 余りにもアンバランスなそれらすべてが、あってしかるべきかのように完全に調和したその異質さ。

 俺はそれをスルーすることはできず、しかし、何かアプローチをかけることもできずに立ち尽くしていると、目の前の少女は妖艶にゆっくりと口を開く。


「お兄さん、食べ物を恵んではくれまいか」


「がっかりさせんじゃねえ!!」


 そんなミステリアスな少女から出たあまりにも俗物的な言葉に、俺は思わずずっこけながら突っ込むも、その異質さにあてられ気が付かなかったがよく見ると魔女装束は砂ぼこりで汚れ、ほほもこけてあまりにもな状況であった。


(本当に困ってはいそうだな)


「ええい!しょうがない」


 推定年下の少女のそんな有様に俺は葛藤しながらもバイト先(そこそこ繁盛してる洋食屋)の廃棄で作ってもらった弁当を歯を食いしばって差し出す。

 すると少女は、俺の行動に疑問を持ったかのように小首をかわいくかしげる。


「やるって言ってんだ。俺の晩飯だから感謝しながら食いやがれ!」


「本当かい!ありがとう、恩に着る」


「構わねえよ」


 あまりにも嬉しそうに、そしてストレートにお礼を言う少女に少し照れながら返事を返すと、その時にはもう袋から取り出しバクバク弁当を食いだしていた。

  少女の無遠慮さに思わず苦笑いを浮かべながら、俺は頭に浮かんだ一つの可能性を振り払うように頭を左右に振り、質問を投げかける。


「その薄汚れた格好に、飯を食う余裕もない。ずいぶんな未成年だ。どっか行く当てはあんのか」


 俺の問いに少女は、食事の手を止めてこちらを心配させまいと笑いかけて答える。


「優しいんだね、ありがとう。でも大丈夫。あんまりこの街に長居していられなくてね、もうすぐ出ていくからね」

 

「……。そうか、じゃあ達者でな」


 少し気がかりではあるが、赤の他人、踏み込むべきことでもない。俺はそう言い聞かせ、再び食事を再開した少女をしり目に家へと帰ろうとした、その瞬間

 

少女に向かい星屑が降りかかる。


星屑、正確には夜の環境を利用した攻撃魔術。

それが少女を狙っているということは予想した通り、十中八九、こいつはこちら側の世界に属する人間であり、俺が守ってやる義理はない。

だが、それでも、見殺しにする理由もない、そう思ってしまった。頭で考える前に既に体は魔術の迎撃準備に入っている。


「やっぱりじゃねえか!『抜刀 風絶(かぜたち)』」


 目に見えた地雷を踏んでしまった自分の迂闊さを呪う言葉と共に放たれた詠唱と同時に現れた二本差しのうち、打刀を抜刀して星屑を断ち、魔術発生源をにらむ。

すると、放たれた方向にある民家の屋根の上にリーゼントに黒いスーツを着てモーニングコートまで羽織った、これまた奇妙な格好をした男が立っていた。


「いきなりご挨拶だな、土生。協会は、とうとう秘匿意識すらなくなったのか」


「黙れよ、中津蒼哉ァ。テメエのことならいつでもぶっ殺してやりてえが今日は別だ。テメエを狙ってねえことわかんだろ。後ろのクソ魔女は執行対象だ」


 このガラの悪そうなリーゼントは土生春彦といい、世界中の魔術師の管理をしている(とうたっている)位相管理協会の執行官という異端審問から刑の執行まで行う怖い職業についており、地域ごとに任命されている執行官の、我々が住む北海道を含めた北日本の責任者である。こいつとは、俺もたびたび顔を合わせトラブルも起こしているが、小規模の案件に顔を出すようなやつではない。

 しかし、この少女が執行対象か。確かにこちら側の住人ではあるのだろうと予想はしていたが、とてもそんな凶悪犯には見えない。現にこの状況でも、俺が魔術師であったことに目を丸くしながら、逃げるためか弁当を慌ててかき込んでいる。


「こんなガキのケツ追い回して執行官も落ちたもんだな。」


「ふざけた挑発してねえで、そこをどけ。テメエにかまってらんねえから特別に罪状を教えてやる。そいつの罪は魔人化だよ。不完全な人外化の影響で記憶が少しばかり飛んじまってるが、立派な犯罪者なんだよ!」


「魔人!?こいつがか!」


 魔人とは血縁などの自分に近しい魂を持つ相手を殺し魂を喰らうことによって、存在の位階(レベル)が上がった人外種のことである。

 成功率は低く、成功しても結果の方向性を定められないそんな儀式を経た魔人という種族は、どいつもこいつもどこかトんじまってる連中であり、この少女もある意味ではトんではいるが、とても魔人には見えない。

 不完全な人外化、というのも気になるし、そんなに悪いやつだとも思えない。

それに、正体が魔人だったとして、俺の敵であった訳じゃない。過去には気のいい魔人だっていた。

このままだと極刑は免れないであろうことを考えると、融通の聞かねえ土生に、そうやすやすと身柄を引き渡したくはない。

 そうして、身体強化の魔術をかけ、かばうように立つ俺を見て少女は諭すように、戸惑うように、俺に声をかける。


「いいんだよ、お兄さん。確かに覚えてない罪で追われて、ここまで逃げてきたけど、誰かに迷惑をかけてまで生き延びるつもりはないんだ。僕は君の知り合いでも何でもないんだ。おなかも膨れたし大丈夫さ、この恩は返せないけど、死んでも忘れない」


「そういうこったヒーロー気取り。こいつはテメエとはちげえ、もう殺すしかねえ生物だ。さっさとしっぽ巻いて帰りやがれ」


その少女の言葉に、あの時と同じように立ち塞がる土生の野郎の姿に、俺は忘れようとしていた記憶を思い出し、腸が煮えくり返る。


むかつく。どいつもこいつもむかつく。まだ生きてるくせに命をあきらめたかのように笑う少女も、相手と分かり合おうともせずに殺すしかないと定めて機械のように命を奪おうとする執行官も、勝手に少女に妹の姿を重ねて惰性で守ろうとした俺にも。

 少女の言葉に気づかされた。一瞬、ちらついた妹の姿を理由に、この少女のことを見ずに義務感で助けようとした。

 しかし、そんな情けない俺すらも気遣って逃がそうとしてくれた。

 そんな心優しい少女を死なせてはならない。

 そんな理不尽を俺は許さない。


 少女へと振り返り俺は優しく声をかける。あの時と同じ失敗は繰り返さない。

「俺は中津蒼哉。お前名前はなんていうんだ」


「……ヘレン。ヘレン・クロウリーだ」

 

「クロウリーねぇ。まあいいかヘレン。お前日本語の読み書きはできるか?」


「えっ?できるけど、なんで今そんなこと」


「いいこと聞いた。じゃあこいつ片付けたら俺の夏休みの宿題手伝ってくれねえかな。明日から新学期だってのに手をつけてないんだ」

 

「何を言ってるんだい、君は!?いいから早く逃げて」


「だからよぉ、あんなやつより夏休みの宿題の方が強敵だって言ってんだ。黙って俺に救われて、俺を助けてくれ」


俺の言葉に唖然とする少女とは裏腹に、土生はこうなることがわかっていたかのように、ため息をつきながら、こちらに砲撃魔術のターゲットを定める。


「その魔女がこの街に逃げ込んだって聞いた時から嫌な予感はしてたんだがよお。まあいいか、上からは何を差し置いてでも魔人を殺せとの命令だが、こうなっちまっては仕方ねえ、テメエ諸共やりゃあいいだけ、後悔すんなよヒーロー気取り」

 

「後悔?馬鹿なこと言うなよ。お前が俺に勝てたことなんて1度もねえだろ、負け犬野郎」


「ぶっ殺す」


煽り耐性ゼロだと宣言するかのようなその言葉と共に、星の光のごとき砲撃魔術が発動して、戦いの火蓋は切られた。



 

 

 

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