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BAR【second】~路地裏の交差点へ、ようこそ~  作者: 水縒あわし


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38/40

30:開かずの扉と、地下室の掃除人



 運河沿いの新店舗、『Bar Second』がオープンしてから数日が経った。



 石造りの館は雰囲気も良く、客足も順調……と言いたいところだが、一つだけ致命的な問題が発生していた。



 ザザザザザ……。



 乾燥した風の音と共に、大量の砂が店内に流れ込んでくる。



「……またダメか」



 カイは呆れた声を出し、手に持っていたモップを握り直した。



 店の入り口の扉。


そこは今、アステルの路地裏ではなく、どこかの熱帯の砂漠へと繋がってしまっている。



「ええい、おかしいのう! イメージは完璧なはずなのだが!」



 扉の前で杖を振り回しているのは、オーナーのリンドだ。



 彼女は今、**『転移扉』**の復旧作業を行っていた。



 前の店では、常連客に持たせた鍵を使えば、大陸のどこからでもこの店の扉に繋がる魔法がかかっていた。


この新店舗でもそれを再現しようとしているのだが……。



「お前、前の時はどうやったんだ?」


「知らん。あの時は泥酔しておったからな。起きたら繋がっておった」


「天才かよ」


 要するに、シラフの今、リンドは感覚だけで再現しようとしてドツボにハマっているのだ。



 さっきは泥沼に繋がり、その前は吹雪く雪山に繋がり、今は砂漠だ。



 せっかくピカピカに磨いた床が、砂だらけになっていく。



「……ダメだ。俺は地下の片付けをしてくる。ここが片付く頃に戻るよ」


「むっ、逃げるのかカイ! 待て、次は魔界の毒沼に繋いでみるから!」


「絶対に行かねえよ!」


 カイはリンドの危険な実験から避難するように、カウンター奥の階段を降りて地下セラー(倉庫)へと向かった。



          ◇



 地下セラーは、ひんやりとした静寂に包まれていた。



 かつて錬金術師が薬品庫として使っていたこの場所は、今はカイが集めた酒の貯蔵庫になっている。



 手前にはワイン樽や棚が整然と並んでいるが、奥の方にはまだ前の住人が残したガラクタの山――怪しげな木箱や、布を被った家具のようなもの――は放置されたままだった。



「さて、こいつらを片付けて、スペースを空けるか」


 カイは腕まくりをして、ガラクタの整理に取り掛かった。


重い木箱を動かし、舞い上がる埃を手で払う。



 その時だった。



 ガツン。



 足元の古い木材に躓き、カイは抱えていた酒瓶のケースを大きく傾けてしまった。



 ガシャーン!!



 派手な破砕音が地下室に響き渡る。



 ケースから滑り落ちた一本の高級ワインが床に叩きつけられ、赤い液体とガラス片を撒き散らした。



「……あーあ。やってしまった」


 カイが深いため息をついた、その瞬間。



 ガラクタの山――布を被った大きな「何か」の中から、無機質な声が響いた。



『――汚損ヨゴレ、検知。』



「へ?」


 バサッ!



 布が内側から弾け飛び、中から一体の**「人形」**が飛び出した。



 金属と磁器で作られた肌、精巧な関節、そして古臭いメイド服。



 埃を被っていたはずのそれは、カカカッ!と不気味かつ高速で動き出すと、割れた酒瓶の前に滑り込んだ。



『直チニ、清掃ヲ開始シマス』



 その動きは、熟練のバーテンダーであるカイですら目で追えないほどだった。



 彼女(?)はスカートの中から取り出した塵取りでガラス片を一瞬で回収し、床に広がったワインを特殊な布で吸い取り、最後に何らかの薬剤を噴射して拭き上げる。



 ものの十秒。



 床は新品同様に輝いていた。



「な、なんだこいつ……?」


 カイが呆気にとられていると、人形は首をギギギと回し、天井――つまり一階の店舗の方角を見上げた。



『広域汚損、多数検知。……排除シマス』


 言うが早いか、人形は階段を猛スピードで駆け上がっていった。



「お、おい待て!」


 カイが慌てて追いかけ、一階に戻ると、そこには信じられない光景があった。



 リンドが砂漠から呼び込んでしまった大量の砂。



 それを、あの人形が人間離れした速度で掃き清め、袋詰めし、外へ放り出しているのだ。



 モップ捌きは残像が見えるほど速く、まさに嵐のような掃除だった。



「……な、なんじゃこやつは?」


 杖を構えたまま、リンドも呆然と立ち尽くしている。


一分もしないうちに、砂まみれだった店内は一点の曇りもない状態になっていた。



 掃除を終えた人形は、二人の前まで来ると、直立不動の姿勢を取り、ガクンと首を垂れた。



『魔力、残量低下エンプティ。……スリープモードニ、移行シマス』



 プシュゥ……と蒸気を吐き出し、人形は動きを止めた。



 静まり返った店内で、カイとリンドは顔を見合わせた。



「……なあリンド」


「なんじゃ」


「もしかして俺たち、とんでもない掘り出し物を起こしちまったんじゃないか?」



          ◇



 カウンターの椅子に、動かなくなったメイド人形がちょこんと座らされている。



 リンドが興味深そうに、その陶器のように白い頬をつついた。



「ふむ。構造を見るに、前の住人が作った自動人形オートマタだな。家の魔力パイプから漏れ出した余の魔力を吸って、一時的に起動したようじゃ」


「俺が瓶を割った音に反応してたぞ。『汚れ検知』とか言って」


「なるほど。掃除に特化した使い魔か。……面白そうだ、起こしてみよう」


 リンドが人形の額に指を当て、魔力を流し込む。



 膨大な魔力が注がれると、人形の瞳(ガラス玉)に光が灯り、カシャリと首が動いた。



『再起動、完了。……マスター、命令ヲ』


 人形は無表情のまま、カイとリンドを交互に見た。



 どうやら、魔力をくれたリンドと、目の前にいるカイを主人として認識したらしい。



「名前はなんて言うんだ?」


 カイが尋ねると、人形は機械的に答えた。



『個体名ハアリマセン。型番ハ、試作零号デス』


「試作零号……味気ないな」


 カイは腕を組んで考え込んだ。



 あの掃除の腕前を見るに、これからこの店で役に立ってくれるかもしれない。


呼びやすい名前が必要だろう。



「シサクレイゴウ……サクレイ……サクレ……」


「フン、サクレか。いまいち締まりがないな」


 リンドが横から茶々を入れる。


 カイは口の中で音を転がしてみた。



「サクレ……ラ、リ、ル、レ、ロ……。サクラ、サクリ、サクル、サクレ、サクロ……」


 ぶつぶつと呟いていたカイが、ふと顔を上げた。



「……『サクラ』。これが一番しっくりくるな」


「ほう? サクラか」


「ああ。語感もいいし、なんとなくお前の雰囲気にも合ってる」


 カイがそう提案すると、リンドも満足げに頷いた。



「うむ。悪くない響きだ。貴様の名は今日から**『サクラ』**だ」


『……サクラ。個体名、登録シマシタ』


 人形――サクラは、無表情ながらも、わずかに声のトーンを上げたように聞こえた。



 だが、すぐに彼女は申し訳なさそうに俯いた。



『シカシ、私ハ廃棄サレタ失敗作デス。予定サレタ性能ヲ満タシテオリマセン』


「失敗作? あんなに掃除が上手いのにか?」


 不思議がるカイに、サクラは自身のスペックに存在する二つの致命的な**「欠陥」**を告白しはじめた。



 一つは、『料理機能の欠落』。



 味覚センサーの不具合により、食材の味を認識できず、調理を行うとすべてを「黒炭」か「未知の劇薬」に変えてしまうらしい。



 そしてもう一つは、『極度の燃費不良』。



 試作機として高性能なパーツを詰め込みすぎた結果、魔力消費が激しく、普通の魔術師では維持できない「魔力食い虫」なのだという。



『故ニ、私ハ役ニ立チマセン。再ビ廃棄サレルノガ妥当デス』


 そう淡々と告げるサクラに、カイとリンドは顔を見合わせ――ニヤリと笑った。 



「料理? それは俺がやるから、お前はやらなくていい。むしろ、掃除と配膳だけ完璧にこなしてくれれば最高だ」


「魔力だと? フン、ここには竜がおるのだぞ。余の魔力など、いくら吸っても構わん。好きなだけ働け」


 二つの欠陥は、このBAR【second】においては何の問題にもならなかった。



 サクラは目をパチクリとさせた。



『……私ガ、必要デスカ?』


「ああ。今日から採用だ」


 カイが言うと、サクラは椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。



 心なしか、その表情が明るく見えた。



『了解シマシタ。……デハ、直チニ業務ヲ開始シマス。マズハ環境ノ最適化ヲ』


 サクラはそう言うと、まだ砂まみれだった店の入り口――リンドが開通に失敗しつづけている**『扉』**へと歩み寄った。



 そして、指先から出した極細のブラシや工具を使い、扉の蝶番や縁に溜まっていた目に見えない埃や砂を、徹底的に掃除し始めた。



「あ、そこは余が魔法をかける場所だから触るな――」


 リンドが止めようとしたが、遅かった。


 サクラの手によって、扉は新品以上にピカピカに磨き上げられていた。



『清掃完了。……魔力回路ノ詰マリヲ除去シマシタ』


「詰まり……?」


 リンドは半信半疑で杖を構えた。



 さっきまで何度やっても失敗していた転移魔法だ。


掃除くらいで直るとは思えないが……。



 リンドは溜息をつきつつ、ダメ元でもう一度、魔力を流し込んだ。



 カチリ。



 今までとは違う、何かが噛み合ったような、小気味よい音がした。



 恐る恐る扉を開けると――そこには、砂漠でも泥沼でもなく、見慣れた街外れの街道の風景が広がっていた。



「……繋がった!?」


 リンドが目を剥く。



 なぜ繋がったのか。



 リンドの術式がようやく正解を引いたのか、それともサクラの掃除が魔法的な「詰まり」すらも解消してしまったのか。



 理由は定かではない。



 だが、結果として扉は直った。



「おおっ! やっと繋がったか!」


 タイミングよく、空間の繋がった扉の向こうから、常連客の声が聞こえた。



 どうやら、これで「どこでもドア」の問題も解決したらしい。



『イラッシャイマセ』


 サクラが完璧な角度でお辞儀をして、客を出迎える。



 その姿を見て、カイとリンドは苦笑しながら肩をすくめた。



「……まあ、終わりよければ全て良し、か」


「フン、余の魔力のおかげということにしておこう」


 こうして、BAR【second】に頼もしい(そして燃費の悪い)従業員が加わり、新しい日常が本格的に動き出したのだった。



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