人生失敗大成功
お父さん、お母さん、そして今まで関わってきた皆、ありがとう。ここに僕の記憶を残そうと思います。
今でも鮮明に思い出せる、小学校の記憶。僕はいじめをしていた。
「お前遅すぎだろ!」
そう私が叫び、右手に拾った石を相手に投げる。脇腹に見事直撃。相手は痛がった。
「痛い!痛い痛い痛い痛い!!!」
そんな声が校庭に広がる。
周りの人も『そんな事で泣くなよ気持ち悪い。お前が遅いのが悪いんだろ。』
と私を擁護する。そんな中彼は1人、砂場にうずくまって泣き続けている。『なんだよお前…気持ち悪い。』みんなで囲って冷ややかな目で見た。(なんだこいつは)と思いながら。いじめは集団で行われており、その中心の何人かを言えば阿部や高松、渡辺……、などがその中心的人物だった。いじめられている彼はあまり見た目のいい人ではなかった。子供ながらに目が細く、顔が浮腫んでいるようで顎が角張り、鼻は丸く体は痩せていて運動神経も頭も悪かった。彼が学校に来た日は毎回僕たちは彼をいじめた。ただ、最後に少しだけ僕の罪を擁護しておきたい。僕は彼らの中でも遅いならなおせばいいと言って彼の運動の訓練につきあっていた。いや違う。今思い返すとあれは自身が相手よりレベルが高い事を証明するための行為だったのかもしれない。だが少しでも彼の行動の役に立つならと言う気持ちはあった。それを弁明としたい。少し経って彼は引っ越しを決めたらしいと聞かされた。そして学校でいじめられていると言う話をされたと先生から聞かされた。僕はそれまで自身の行動がいじめだとは思っていなかった。そしてその時まるで雷にでも打たれたかのような衝撃がきた。(あれはいじめだったのか。)そう知った。僕はその日1日悩み続けた。「俺はただあの人の為になればいいと思って…」そんな事を考えずっと落ち込んだ。それからはだんだんクラスの中心グループからは離れていくようになり、今度は僕がいじめられるようになった。トイレに行っている間上履きを隠され、教科書や筆箱は窓から放り投げられる、僕の目の前でだ。毎回外まで取りに行かなきゃならない。鉛筆で刺してくるやつもいた。とても心が痛かった。でもどうだろうか。それは僕が彼にしたことよりも圧倒的に小さい。(俺は彼より苦しまなければならない。俺の罪はその程度では清算できないかもしれないが、少しくらいは…少なくとも自己満足として心が軽くなるのではないか。)そんな事を考えて、それを受け入れた。然し毎日毎日それをやられていると段々心が自然とそれを拒絶するようになる。感情を感じなくなってくる。最初はつらくて泣き、胸が痛く、呼吸もまともにできないような状態が続いた。自殺も何度も考えた。然し時間が経つと心に硬い殻のような何かが出来始める。本来大きくなる筈の心、周りと同じ大きさでも僕の心は硬い殻を手に入れた。僕は偽装された心を手に入れたのである。その殻には大きなヒビが入っている。それまでに傷つけられた数々の傷の痕跡である。然しそこを除けば基本的には完璧な防御であり、僕はそれを利用して無理やり笑顔を作って彼らと普通に接するふりをした。彼らの笑顔は純粋であり、悪意のない笑顔だった。僕はそれを真似て、殴られても、ゲームで理不尽な事をされても、無視されても笑顔でいた。然し自分の中でだんだんそれが普通になるにつれ、彼らの普通は変化していった。僕が成長しない事に慣れる間、彼らは他人の不幸を糧に成長し続けていた。彼らは自身のいじめの経験が恰もないものかの如く、自身が屑でない人生を送ってきたかのように行動し始めた。僕はそれにとても腹がたった。僕はいじめられるのには慣れていたし、いじめる感覚もまだ忘れていなかった。然し普通になると言うことが僕には出来なかったのである。僕は彼らがいじめていた事実を忘れさせる気はなかった。女子も男子も皆、あのいじめに加担していなかった人間は殆ど誰1人としていない。担任も然り、生徒も然り、唯一加担していないのは被害者と、大人しかった数人だけだろう。このクラスはいじめクラスだ。決して彼らがその行動を忘れるようであってはいけない。僕はよく彼らにこう言うようになった。「いじめてたもんな。」と。「よく首絞めてたもんな」「筆箱投げてたよな」「相手に石投げまくってたよな」「毎日毎日あの人に死ねって言ってたよな」。僕は煙たがられるようになった。そう…これも所詮は自己満足だった。成長する彼らの横で、僕の心は過去に囚われたまま、分厚い殻が今度は逆に成長させまいと動いている。そんな僕は彼らにもう必要なかった。ただ不快な存在で、然しいじめるわけにはいかないだろう。私は全員から一切無視されるようになった。こちらから話しかけても無視。もしくは眉間に皺を寄せて非常に不愉快そうな顔をする。僕は毎度毎度「なんだよお前…気持ち悪い。」と言ってその場を離れるのだった。
中学校に入ってからは全くそんなことはなかった。いじめていた奴は上手く適応した。何も過去を知らない人と笑い、自分は正しい人間だと言うかのように生きていた。腹がたった。奴は自分と同じ屑だ。何故あんなに幸せそうな表情をする?苦しんだことのない人間がちょっとまずいことやったと思ってびびって過去のことを隠してるんだな。僕はそう考えるようになった。僕は彼らとは違う。身をもって体験した人間と体験していない人間では全く感じ方は違う。僕は正しい生き方をする。表面的な普通ではない。もっと正しい生き方をだ。そう思った。そして行動した。でも上手く行かなかったんだ。何をするにしても過去にできた心の壁が僕の行動の邪魔をする。「その行動に責任が持てるのか?」そう心が問いただしてくる。僕はダメな人間になったようです。元からダメでしたか?高校生になることはできても大していい成績は残せず社会人になってもあまりいい成績は残せず、人としてもう疲れました。私の心の厚い壁はもう、僕の成長に耐えられず既に粉々になってしまいました。私は真の私に従いもう終わらせようと思います。矯正された真の私に。
最後に遺書は別の場所にあります。これが置いてある机の引き出しの中です。鍵は本棚にあります。一人っ子でありながらこんな結末になってごめんなさい。本当にごめんなさい。
さようなら。
……机の上の手帳を閉じ、ペンを置く。
椅子から立ち上がり、ベランダへ通じるガラスの薄い窓を開ける。その途端外から入ってきた風がカーテンをたなびかせた。「涼しい」。涙のかれた私の目を星空が刺す。僕が住んでいるのはマンションの3階、下はアスファルト。月光の下、僕は足をかけて飛び降りた。地面が近づいてくる。まるで吸い込まれるように。バキンッッと言う音と共に、僕は肩から落下した。勿論頭も強打。「うわぁぁぁぁあああああ!!」頭が割れるように痛い。まるで普通では想像できないほど。そこへ運悪くたまたま通りかかった若い男の人が僕を見つけ、「おっおおおい!!大丈夫か!!待ってろ待ってろ!あのー救急車呼ぶかんな!?」といった。僕は痛みに悶えながら拒絶した。「もうやめてくれ…もうやめてくれ……」と。然し彼は電話を鳴らしながら、「いやいやそう言うわけにはいかねぇよお前がよくてもこっちが殺人になるかもしれねぇ」そう言われ、私は冷静になった。痛みに苦しみながら冷静になった。(そうか。もう生まれた時点で自分は絶対に迷惑をかける存在だったんだ。)そう考えているうちに僕は意識を失った。気がつくと少し緑にぼやけた天井。ぼーっとそこを見ていると声が聞こえた。「なんか新しく運ばれてきた患者さん自殺未遂らしいよ。」、「えーいや本当こっちだって今大変なんだから余計なことしないでほしいわ」、僕への陰口だろうか。すると間も無く看護師がきて、左腕に刺さった点滴を交換しようとした。僕は聞いた。「病院ですか…」すると看護師は驚いたような表情で私を見て、「えぇ。そうですよ。」と答えた。そのたった数秒で看護師は私の点滴を交換し、「ちょっと待っててくださいね。あ、歩けますか?」と私に聞く。僕は、「いや、なんか、痺れてて」と答える。看護師は「わかりました。」と言って、しばらくすると白衣を着た医者らしい人が来た。自転車に乗っていたあの時の男の人だった。「こんにちは。今回あなたの担当をさせていただきます、阿部と申します。」阿部…阿部か…………どこかで聞いた事がある。「すいません、下の名前を教えていただけますか?」、「ああ、孝之です。阿部孝之」阿部孝之、いじめグループの中心人物。隠れてたな?「いやもう私としてもあんな経験すると思いませんでしたよ。」そう阿部が言う。「そうか。そうだな。ところであんた、まだ小さかった頃の俺のこと覚えてるか?」………彼は困惑していた。彼をいじめ、僕をいじめた阿部は、その事実すら、そしてその人間すらも忘れていたのである。「いや、いいんだ。大丈夫です。」僕はそういった。「……はぁ…そうですか。ただそこまで意識的にも問題なさそうですし取り敢えず経過観察ですね。」「因みに今回行った手術は脳に溜まった血液を排出して切れたところを縫い付けるってな感じの手術をしました。まぁ詳しくは執刀医に聞いてください。」僕は「はい。わかりました。」と言った。阿部は張り付けた笑顔を持っていた。看護師は少し不機嫌な顔をしていた。当然だ。僕はただ、自己中心的な考えをし続けた結果今ここにいるわけである。人生をうまくいっている奴は周りにうまく合わせて行った。それに比べて私は人生大失敗だ。今まで僕が成功した事は一つもない。いや、逆説的に考えれば人生失敗には成功し続けたのだから人生失敗大成功と言ってもいいだろう。成功はそれだけである。然し、僕が飛び降りた時、偽物の僕は死んだ。なら、これからの本当の僕はどう成長してゆこうか。
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阿部孝之。それが私の名前である。私は昔いじめっ子だった。私は酷いことをしたと思う。事実あの時の記憶が私の人生を動かした。そして今の私にした。もう人を苦しめたくない、私は人を…助ける職業に就こうと考え、医者になった。過去の自分とは訣別したはずだった。でも今どうだ。目の前にいるのは小中学校の同級生、渡辺である。彼は私の目の前で3階から飛び降り、ここに運ばれた。運ばれるまでずっと「やめてくれ」とか「ごめんなさい」とかそんな言葉を口にし続けていた。そんな彼は覚醒直後にしては意識がはっきりし、彼は私に聞いてきた「俺のこと覚えてるか?」私はものすごく怖くなって、どう返せばいいかわからなくなってしまった。然しそのすぐ後「いや、いいんだ。」と彼が言ってくれたことで難を逃れられた。私の表情が今どんなものか怖くなって、すぐに無理やり笑った。彼から見れば、張り付けたような、偽物の笑顔だと簡単にわかってしまうだろう。然し、本当の私がバレるよりは何倍もマシであった。私は要項を伝え、逃げるようにその部屋を去った。私は一体、どうしたらよかっただろうか?