Aオーナーの亡くなった父について・約50年前・事前説明
ー<結論>ー
3軒長屋の右側を所有しているAオーナー(女性)の父は中国で変に亡くなる。
ホテルの客室、錠が掛かった部屋内で、頭から血を流しており、発見時はすでに故人。
事件性はなく突然亡くなったとして、処理された。
==事前説明 開始==
ー<3軒長屋の購入時期との関連>ー
購入するか、しないかギリギリぐらいの時期だと話を聞いていて推察できた。
購入後に、中国で故人だと確定していないので、こじ付け感は大きい。
ー<誰から聞いたか>ー
Aオーナーの弟Kさんから、1度だけ聞いた。
非常に興味深い内容であったため、質問を繰り返しながら聞いた。
弟Kさんは80代前半、まだらボケ状態。
何度も聞いたり、長話をしていると、意識や内容がしっかりしてくる。
ー<Aオーナーの父について>ー
職域販売という仕事で財を成した人物。
:私は40代だが、初めて聞いた言葉であり、質問を繰り返し聞いた。
大きな工場、役所、企業などの昼休み時等を狙って、実演販売をする事らしい。
そういった形態の仕事を職域販売というらしい。
具体的に、ホイップクリームやメレンゲを作る家庭用の家電を販売していた。
つまり、ミキサーのことです。卓上ミキサー、ハンドミキサーなど。
空箱が未だ残っており、見てみると、薄い青字で全てが印刷されていた。
実用特許新案なんたらと書かれており、しかも全て青色で表現。
面白いとマジマジ眺めていた記憶です。
太平洋戦争に出兵する前に、すでに特許を取得していた。
Aオーナーの父と、友人2人の合計3人で取得。
出兵前に、生きて帰れた者が全ての権利を有して良いとしていた。
友人1名は戦争で故人となった。
もう一人の友人は、本土に帰還した後、半年ほどで亡くなった。
:この人は一度戻ってきており、親族等に権利を譲る等はしなかった。
結果とした、一人生き残ったのが、Aオーナーの父だった。
そして、特許を総どりし、製造開始し、財を成した。
日本全体を7つ程の区画に仕分け、営業担当を設置した。
一つの場所で継続して売り続ける商売、商品ではない。
そのため、売ったら移動、売ったら移動を繰り返した。
だいたい、3週間ほどで売上の8割が出るらしい。
:ここも大変興味深いですよね。他人の仕事は面白い。
だから、1月以内で見切をつけていた。
当時は、テレビ販売はない時代。(売上が著しく大きい時代)
新聞に載せたり、家を訪問もしたり、職域販売したりが主流だったらしい。
ここで、一気に稼ぎ出したとのこと。
:話を聞いていると、夢物語のようなサクセスストーリー。
ここで終われば良い話で終わるんですがね
成功で終わらないのが、この世の不思議。
後の没落、不幸につながる重要な話を以下に記す。
弟K「悪い言い方すると、イナゴのような商売をやっていたんですよ」
私 「別段、何も悪くないでしょう。今も同じ商売多い。」
私 「商売がうまくいったのは、よくわかりましたが、逆に困った事は?」
弟K「継続する商売で無かった点ですね。これに尽きる。」
私 「なんとなく予測できたが、もっと具体的にお願いします」
弟K「あれほどの売り上げであったから、地元の方々、企業、役所とコネを作るべきだった」
私 「たしかに、商品の性質上、仕方ないが解決策を練らなかったのですか?」
弟K「当時、私は経営会議で何度も、父と義理の兄に進言した」
弟K「成功体験を繰り返すばかりで、同じ事、手法、人材に投資を集中していた」
弟K「父も義理の兄も、別角度で物事を考える人間でないし、権限のない私ではね」
私 「ああ、それはよく聞く、バブル特有のですね」
==状況説明 終了==
↓
(以下は、関連項目の際、改めて詳しく記載する)
*イナゴ商売は、Aオーナーの子供達が故人になる大きな原因の一つ
:一つの成功体験が大きすぎて、生き方、育て方を変えられなくなってしまった。
*日本を7つの区画に分けていた時の、トップセールスマンがOオーナーの旦那
:AとOは、もともと雇用主と従業員の関係。
(補足)
・ミキサー以外にも、多くの商品を手掛けていた。
アセロラ配合の雨玉、青汁のような健康飲料など多岐にわたる。
・一番、儲けだした商品がミキサーである。
手書きの帳簿を見ると、とんでもない数が売れており、使った高齢者居そうである。
・ミキサーでマヨネーズが作れたらしい。
マヨネーズは配合とタイミングが重要とのこと。
それを簡単に作り出す事に成功した商品が、例のミキサーだった。
弟Kさんいわく「当時、画期的であった」とのこと。
目玉痛い。
あとがきとは、そもそもなんだろう。
検索
執筆後の感想や制作の背景、読者へのメッセージ
なるほど、適当に書いて良さそうで安心。




