報告書「Aオーナーの実子たち」・1枚目
建物と人物位置を表示
■ ■ ■ 3F
■ ■ ■ 2F
■ ■ ■ 1F
K O A
ー< 前置き >ー
私が本格的に工事に参入するのが、2020年頃。
この時点で、実子たちは全滅済み
情報元は、弟Kさんが主である。
ー< 長男について >ー *列記*
・元は実父、旦那の会社を継承させる為に、エリート教育を施した。
・イギリス留学している。
+解説+
:Aオーナーはよく言えば帝王学を教えたつもりだろうが、結果はセルフ故人、大失敗した
:当時の海外留学は、東京の1流大学生が、外国企業志望の際、留学していたと聞いた事ある
・2019年頃、Aオーナー自宅敷地内にある、「離れ宅」で故人となる
・1Fキッチンから奥につながる部屋が、最も使い勝手がよく、自身の居室にしていた。
・居室のドアノブにヒモを縛って、首を掛けて故人となった。
+解説+
:弟Kさんの引っ越しの際、この扉だけ下部が大きく下がり、ドア枠への開閉が不能
:私が引っ越し完了後、「直しましょうか」と聞いたら、セルフ故人したと聞いた
はやく言ってくれよ、普通に握ったではないか
:昔基準なので、ドアノブはけっこう低い
一体どうやってセルフ故人したのかと疑問に感じる
相当な覚悟がないと無理だと思う
それこそ、自分で息止めて昇天するのと変わらんだろう
:もとは2Fに居室があった
・引っ越し前に、長男の不要な私物処分を、私が請負で処分した
その際、写真がたくさん出てきた
海外、金髪女性、クルーザー、高級外車、等楽しそうな春を謳歌する写真多し
・写真は若い時分に集中しており、40代後半の写真はなかった
・海外から仕入れて売れ残った商品が多く残っており処分した
+解説+
:写真の年齢からして、人生のピークは40歳まで
その後の人生は、本人にとって惨めで悲惨であったろうと予想
:亡くなってから、警察以外、何人も私物を触っていないので、全て残っていたと推定
:売れ残った一部の商品群が懐かしいグッズ多し
温めると裸になる金髪女のペン、マグカップがあった
中年以降は覚えておられるでしょう、懐かしいですよね
子供時代、びっくりしたのを記憶しています
:缶バッジも多い、今は売っているのを見ないので、懐かしい
昔はやたらと、缶バッジが売っていたり、景品になっていた
ー< 長男の経営能力 >ー
*結論は無能*
*実父=Aオーナー旦那の時点で経営は傾いていたのは考慮すべき*
Aオーナーの旦那は、いつ亡くなったかは不明だ。
少なくとも1980年代後半の写真は飾ってあり、その時点では存命。
上記より、1990~2000年代には事業を引き継いだと予想される。
+解説+
:弟Kさんいわく、事業後半に「アセロラ配合」商品を多く扱った
アセロラとか、私の記憶では20年ほど前に流行った記憶ゆえ、そこから推定
私の子供時代には、すでに「職域販売」という形態は、およそ終焉付近だったろう。
職域販売が主力であった会社は「経営が傾いていった」
そういった難しい時期に社長を引き継いだのが長男であった。
+解説+
:弟Kさんは、この時点では会社をすでに去っていたが、元幹部社員かつ能力高い人物
もっと叔父である弟Kさんを頼るべきであった、と弟Kさんの談話
長男は健康食品を主力商品にすえ、経営を立て直そうと行動してゆく。
1流企業に「アセロラ配合」の各種製品を作ってもらい、販売した。
しかし、思うように販売が増やせず、苦戦を強いられる。
自社で健康食品を製造できる訳ではない
商社として、仕入れて売るだけである
この事が苦しくなってゆく原因である
+解説+
:私はリアルタイムでないが、古くは「ダイエー」等が「卸問屋」と通さず販売開始
:この頃、少しづつ大型薬局が現れてきた印象
大型店は、ダイエー式を採用し、製造会社から直接仕入れする
:私の分野に絞れば、大手家電量販店は、エアコン製造メーカーの生産ラインを
数カ月買い取って、生産してもらい、全てを買い取っているらしい
損料含め全て買い取りであるため、メーカーとしても利益確定でき満足
こうして家電量販店は、「町の電気屋さん」を、「町の電気工事屋さん」へ強制変化
相当なセルフ故人が発生したと思う、子供だったので新聞等での報道はどうだったか
気になる部分である
:上記より、仕入れて売るだけの「卸問屋」を駆逐する大きな変革期であった
こうした時流変化により、会社は淘汰されてしまった事が主要因と推察できる
:弟Kさんの「持続する営業形態でなかった」との発言につながる
コネを作り、持続的な形態、商品に変化する等の選択ができなかったのが敗因である
そのように弟Kさんは分析していた
*こうした果てに、会社は赤字となり休眠状態となってしまった




