第五章:新たな誓い
「しょ、勝者…………レイン・ストーム!!」
試験管の震える声が、現実へと俺を引き戻した。
そうだ、俺は勝ったんだ。
あの「氷の皇女」フリーシア・クリスタルに。
一年間の過酷な修行の成果を、このクリスタリア魔法学院の大観衆の前で、確かに証明してみせた。
闘技場は、一瞬の静寂の後、今まで聞いたこともないような大歓声と、それ以上の戸惑いのどよめきに包まれた。
「欠陥者」が学院最強を打ち破ったのだ。
無理もない。
俺だって、もし観客席にいたら同じ反応をしていただろう。
貴賓席に目をやると、学院長が苦虫を噛み潰したような、なんとも言えない複雑な表情でこちらを見ているのが分かった。
そりゃそうだろうな。
学院の秩序を揺るがしかねない爆弾を、自ら再入学させてしまったようなもんだ。
治療師たちが駆け寄ってきて、俺の体に回復魔法をかけようとするが、俺はそれを手で制した。
「大したことない。それより、彼女を頼む」と、まだ膝をついたまま呆然としているフリーシアを示す。
彼女は、悔しさと驚愕と、そして何か別の感情が混じり合ったような顔で、俺の手当てを受ける様子を遠巻きに見ていた。
その紫紺の瞳が、やけに強く俺を捉えている気がした。
◇
数日後。
俺は、やはりというか、学院長室に呼び出された。
「レイン・ストーム君。まずは、再入学試験合格、おめでとうと言っておこう」
学院長――確か名前はオルコットだったか――は、重々しいマホガニーの机の向こうで、指を組みながら切り出した。
その表情は相変わらず苦虫を百匹ほど噛み潰したままだが、言葉自体は祝いのものだ。一応。
「ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げる。
何はともあれ、これで正式にクリスタリア魔法学院の生徒に戻れたのだ。
「だがね、ストーム君。君のその“力”、魔法拳とか言ったかね? あれは一体何なんだね? 我々の知るどの魔法体系にも当てはまらん。そして、あの威力。フリーシア君が、赤子の手をひねるようにあしらわれるとは……」
学院長の探るような視線が、俺に突き刺さる。
そりゃ気になるだろう。
魔法が全てのこの世界で、魔法じゃない力で頂点の一角を崩したんだからな。
「師匠に教わった、古流の戦闘術です。魔力を直接体に纏い、行使する技だと聞いています」
俺は正直に答えた。
もちろん、師匠の正体や、魔神なんていう物騒な単語は伏せておく。
「師匠……? 君にそれを教えたのは何者かね?」
「それは…………申し訳ありませんが、お答えできません。師匠との約束ですので」
俺がそう言うと、学院長は大きなため息をついた。
だろうな、という顔だ。
「ふむ……君の素性や力の根源には、まだ多くの謎があるようだ。はっきり言って、君の存在は学院にとって危険因子となり得る。それは理解しているかね?」
「はい。ですが、俺はただ、自分の道を見つけたい。そして、もしもの時には、誰かを守れるようになりたい。それだけです」
俺の言葉に嘘はなかった。
過去の修行の日々、師匠の言葉、そしてリズの顔が脳裏をよぎる。
学院長はしばらくの間、俺の目をじっと見つめていたが、やがて諦めたように、再び深いため息をついた。
「…………よかろう。君の再入学を、特例として正式に認める。ただし、条件がある」
「条件、ですか?」
「うむ。第一に、その“魔法拳”とやらは、学院の許可なく公の場で使用してはならない。特に、他の生徒に対しては絶対だ。第二に、君の魔力異骸症と魔法拳については、学院で専門のチームを組んで研究させてもらう。君にはその研究に協力する義務がある。そして第三に…………これが最も重要だが、いかなる理由があろうとも、学院内で魔力を暴走させた場合、その時点で君は即刻退学、場合によっては拘束も辞さない。よろしいかな?」
最後の言葉は、有無を言わせぬ重圧があった。
当然だ。俺が一番恐れているのも、それなのだから。
「…………分かりました。その条件、お受けします」
俺は力強く頷いた。
こうして、俺の波乱に満ちた(であろうことは間違いない)クリスタリア魔法学院での二度目の生活が、正式に幕を開けたわけだ。
「魔法拳科」なんていう、前代未聞の学科が俺一人のために特設されるという、おまけ付きで。
学院長室を出ると、廊下で誰かを待っていたかのように、フリーシア・クリスタルが立っていた。
相変わらずの氷の彫像のような美貌だが、以前のような絶対的な冷たさは少しだけ和らいでいるように見えた。
いや、気のせいか?
「……レイン・ストーム」
彼女が俺の名前を呼んだ。試験の時とは違う、少しだけ人間味のある声色だった。
「話があるなら聞くが?」
「別に…………ただ、一つだけ言っておきますわ」
フリーシアは俺の隣に並び、前を向いたまま、静かに続けた。
「わたくしは、まだあなたを認めたわけではありません。あの戦いは……そう、まぐれですわ。ええ、きっと何かの間違いだったのよ」
…………おいおい、今更それを言うか?
「ですが、あなたのその得体の知れない力には…………ほんの少しだけ、興味がなくもありませんわ。このわたくしを打ち破ったのですから、それ相応のものは持っているのでしょう」
ツンと澄ました顔でそんなことを言う。
素直じゃないな、この皇女様は。
「それはどうも」
俺が軽く応じると、彼女はフン、と鼻を鳴らした。
「勘違いしないでちょうだい。いずれ、わたくしが必ずあなたを打ち負かしてみせます。それまで、せいぜいその力を磨いておくことですわね」
そう言い残し、彼女は銀色の髪を翻して、優雅に去っていった。
その背中には、まだ悔しさと、ほんの少しの好奇心が揺れているように見えた。
やれやれ、だ。
前途多難なのは間違いないが、それでも俺は、確かに一歩を踏み出した。
師匠、見ていてくれよ。
俺は、あんたの教えを無駄にはしない。
この力で、俺自身の道を切り開いてみせる。
そして、いつか必ず――。
そんな決意を新たにした、数日後の夜だった。
俺が割り当てられた「魔法拳科準備室」という名の、物置同然の埃っぽい部屋で、師匠にもらった巻物を広げていた時のことだ。
昼間の喧騒が嘘のように、学院は静まり返っている。
月明かりが、窓から差し込んでいた。
――その静寂を破ったのは、遠くから聞こえてきた、甲高い金属音と、誰かの短い悲鳴だった。
「…………なんだ?」
俺は咄嗟に巻物を閉じ、窓から外を窺う。
悲鳴が聞こえたのは、確かフリーシアが住む王族専用の寮の方角だ。
胸騒ぎがする…………。
俺は、考えるよりも先に部屋を飛び出していた。