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恋のジンクスは知らない

作者: 東雲桜子




『三つ子の魂百まで』とはよくいったもので。

 祖父母に育てられた私は、俗にいう迷信というものに弱かった。

 

 夜に爪を切ったら親の死に目にあえない。

 雛人形をしまい忘れると婚期が遅れる。

 彼岸花を持ち帰ると家が火事になる。

 

 思い浮かべればきりがないが、幼いころから言い聞かせられた数多くの言葉は、今も私を縛っていた。寝坊して洗濯ができなかったとしても帰宅後の夜に洗濯物を干すことはできないし、雷が鳴ればおへそを取られないように、さりげなくお腹を手で押さえる。


 そんなわけだから私は、会社の飲み会で席を変わることにも抵抗があるのだ。

 

「小鳥遊さんも、あっちのテーブルに移動しない? 今、同期で喋ろうって集まってるの」


 そう声をかけてくれたのは、同じ部署の同期だった。

 彼女の示すほうに視線を向ければ、なるほど、確かに見覚えのある顔ぶれが自分のグラス片手にひとつのテーブルに集まっている。

 飲み会も終盤になった今、最初に座っていた場所に残っている人はほとんどいない。気が付けばこのテーブルにいた人たちも、とっくにあちこち移動している。この宴会が始まった時から、同じ座布団に座り続けているのは私だけだ。

 改めて周りを見回してみれば、誰もが自分のグラスを大切に持ちながら、目についたテーブルや適当に集まる人たちの輪の中へと向かっていく。

 けれど私は、やっぱり動こうという気にはなれなかった。


「私はいいです。皆さんで楽しんでください」

「どうして?」

「……食事中に席を変えると、お嫁に行けなくなるから」


 小さく呟くと、彼女は一瞬わからないというような顔をした後、すぐさま驚きを目に浮かべた。


「それって、迷信?」

「まぁ、そんなものです」

「迷信なんて当たらないよ。飲み会なんだしいいじゃない、行こうよ」

「すみません」


 苦笑交じりに返せば、彼女は呆れたように溜息をついた。

 こういう反応には慣れている。

 大体みんな、最初は下手な冗談だと思って笑うけれど、私の真面目な表情にちょっと引くのだ。


「うーん……じゃあ、食事が終わったら来てね」


 当たり障りのない言葉を残して、彼女は同期の集まるテーブルに向かっていく。

 その背中を見送りながら私は、込み上げるため息を堪えた。


「……」


 ああ、またやってしまった。

 せっかく誘ってもらったのに──

 そんな気持ちを飲み込むためにビールグラスを手に取ると、今度は同じ部署の後輩が私の隣に座る。


「小鳥遊さんって、迷信を信じる人なんですね」


 さっきの話を聞いていたのか、興味津々といった顔で覗き込んでくる彼の名は霧島修吾、二六歳。部署内では、持ち前の明るさでムードメーカー。器用な性格で上司からも後輩からも信頼の厚いやり手。


 でも、私は──この二歳年下の彼が、ちょっと苦手だ。


「そうだけど、それがどうかした?」


 無意識に軽く身を引いて呟いた声は、自分でもわかるほどそっけなくて。

 さすがに大人げないと思い直した私とは裏腹に、霧島くんは気にした様子もなく笑っていた。


「いや、うちのばあちゃんも言ってたなって思って。夜に口笛吹くと、めちゃめちゃ怒られたんですよ」

「蛇が出るって?」

「そうそう! でも、実際に蛇が出たことは一度もないんですけど」

「まぁ、迷信だから」


 苦笑交じりに頷いて、ビールグラスに口をつける。

 そんなに盛り上がるような話題でもないと思うが、なぜか彼は前のめりだ。

 あんまりあからさまな態度を取り続けるのもなんだから、ここは流れに身を任せて話に乗ることにしよう。


「小鳥遊さんは、どうして迷信を信じるようになったんですか?」

「信じてるっていうか……身に染みついてるだけだよ。物心ついた時からあれこれ言われてきたから、今さら無視することなんてできないだけ」


 無意識に言い訳じみたことを言うのも、もう癖のようなものだ。ひとりで勝手に後ろめたさを感じてるんだから、始末が悪い。

 とはいえ私だって、何も本当にすべての迷信を信じているわけじゃない。

 風邪をひいたからって誰かにうつそうなんて思わないし、くしゃみをしたからって誰かに噂されてるかもなんて──まぁ、それはちょっと思うかもしれないけど。

 ただ、良くないことを招くといわれていることは、しないに越したことはない。

 そう思うのは、別に普通のことじゃないのだろうか。

 すると霧島くんは、軽く考えるような顔で小首を傾げた。


「でも迷信って、案外バカにできないものですよね?」

「え……?」

「確かに根拠はないけど、本当に意味のないことはそもそもそうやって言い継がれたりしないと思うんですよ」

「……」


 正直、意外だった。

 こんな風に言ってくれる人が今までいなかったとまでは言わないけれど、彼がそういう部類の人間だとは思わなかった。むしろ、そんなの気にしなければいいなんて笑いそうなものなのに、人は見かけによらないものだ。


「そういえば俺、前に調べたことあるんです。どうして『夜に口笛を吹くと蛇が出る』って言われてるのか」

「わざわざ調べるなんて、珍しいね」

「ばあちゃんに叱られたのが、あまりにも理不尽だと思ったんで」

「……」


 おばあちゃんに怒られて、そんなことまで調べたのか。

 思いのほか、彼は素直な性格なのかもしれない。


「昔は泥棒や人さらいの悪人を蛇や蜘蛛に例えていたんだそうですよ。そういう人たちが仲間とやり取りする時に口笛を使ってたから、『夜の口笛は危険』ってなったらしいです」

「そういう説もあるよね」

「あ……やっぱり小鳥遊さん、知ってました?」

「夜に口笛を吹くと、魑魅魍魎を呼び寄せるっていうパターンも知ってるよ」

「なんだ、残念」

「何が?」

「『わー、霧島くんって物知りだね』とか、言ってもらえると思ったのに」


 声色を変え、身体をくねらせる姿に眉を寄せると、霧島くんは嬉しそうににっこりと笑った。


「あ、やっとこっち向いてくれましたね」

「どういう意味?」

「いやー俺、ずっと小鳥遊さんに嫌われてると思ってたんで」

「……そんなことないよ」


 図星を指されて、とっさに目を逸らす。

 私が霧島くんを苦手とするのは、こういうところだ。

 普段は大らかで、むしろ何も考えてないような素振りなのに、でも本当は人の細かなところをよく見ている人。

 だからこそ仕事もできるし人気者になれるのだろうとは思うけれど、気が付けば懐に入られている感じが私はどうにも好きになれない。


(まぁ……単純に羨ましいんだろうけど)


 子供の頃から私は、人の輪の中に入るということが苦手だった。家庭事情が一般的でなかったこともあって、話が合う友達が少なかったことも関係してるのかもしれない。

 そんな私から見れば、霧島くんみたいな人は眩しくて──それと同時に妬ましい。

 嫉妬と羨望は紙一重なんて、よくいったものだ。

 そもそも『みんなの人気者』である彼が、私相手にこんな他愛もない話をしていることが不思議だった。


(……私が、ひとりでいるように見えたのかな)


 基本的に彼は、誰が相手でも話を合わせるのがうまい。

 だから今も、こうして私に話を合わせてくれているのだろうけれど、そんな風に気遣われるほど私は孤立しているように見えるのだろうか。

 それを『優しさ』と受け取れない辺り、私のひねくれ具合は相当なものらしい。


「俺、ずっと小鳥遊さんと話がしてみたかったんですよね」

「別に、会社で普通に話してると思うけど」

「ああ、そういうのじゃなくて。親睦を深めたい的な意味で」

「私と? なんで?」


 意外な言葉に手を止め、視線を向ける。

 すると、やっぱり霧島くんは嬉しそうに目を細めた。


「それはもちろん、俺が小鳥遊さんに興味があるからですよ」

「変わってるね」


 箸を手に取り、天ぷらの皿をつつく。配膳されてから時間が経ったせいか、ししとうの天ぷらはしんなりしてしまっていた。

 歯ごたえのないししとうを口に入れれば、霧島くんが私の顔を覗き込む。


「変わってるって、それだけですか? どういう意味で興味があるのかとか、気になりません?」

「なりません」


 だって私は、自分自身に興味がない。

 特別何かに秀でているわけではないし、外見だって地味だ。

 特に仲のいい同僚もいないし、与えられた仕事を黙々とこなすだけの毎日に胸躍る何かが起きることもない。

 そんな私に興味を持ったって、何が得られるわけじゃないのにという感情しか湧かなかった。


「それってつまり、小鳥遊さんが俺に興味がないってことですよね?」

「……そういうわけじゃないけど」


 さっきと似たような言葉を返して、今度はさりげなく顔を背けた。

 どうして彼は、人懐っこい笑顔で鋭いところを突いてくるのだろう。

 ここで頷こうものなら、どんどん論点がずれていくのは間違いない。そしてしまいには、何の話をしていたのか分からなくなっていく気がする。それは良くない。

 最後に残しておいたれんこんの天ぷらを食べながら、コリコリとした食感を楽しむ。残っていたビールで流し込み息をつくと、すかさず霧島くんが新しいビールを注いでくれた。


「あ、ありがとう」

「俺は、小鳥遊さんに興味持ってほしいんですけど」

「……」


 どうやら、話は続いていたらしい。

 興味って、自分の意志でどうこうできるものだっただろうか。

 こういう時、私はどう対応すればいいかが本当に分からない。その場の空気に合わせて笑えばいいのか、いっそのこと無視してしまえばいいのか。

 答えが出せずにいると、それを私の迷いと受け取ったのか霧島くんがここぞとばかりに言葉を継いだ。


「さっきも言いましたよね? 俺、小鳥遊さんと親睦を深めたいんです。もっとこう、いろんな話がしてみたいんですよ」

「さっきから、十分話してると思うよ」


 話の内容的に、親睦が深められたのかどうかは知らないけれど。

 でも少なくとも、会社での業務的なものと比べたら、かなり砕けた会話ができたと思う。

 すると霧島くんは、まるでクイズに正解でもしたかのように表情を明るくした。


「なら俺たち、もう友達ですか?」

「友達?」


 また思わぬ言葉を告げられて、驚いてしまう。

 そんな私の反応に、彼は「ははっ」と笑ってスマホを取り出した。


「友達なら、一緒に写真撮りません?」

「は? なんでそうなるの」

「俺、友達と写真を撮るのが趣味なんです」


 再び顔を向ければ、霧島くんは私の肩を抱くように腕を回した。

 そのままインカメラを起動して、写真を撮ろうとする。


「ちょっと待って。嫌だってば」

「じゃあ、誰かもう一人誘います? ツーショットが嫌なら、三人で撮りましょう」

「……!」


 それはいけない。絶対にいけない。

 数多い迷信の中でも、私が一番恐れているものだ。

 ハッとしたように顔を上げれば、霧島くんは私の考えを見透かしたように口の端を上げた。


「ああ、でもダメか。三人で写真に写ると、真ん中の人が早死にするって言いますもんね?」

「……知ってるんだ」

「言ったでしょ。うちのばあちゃんもよく迷信を言ってたって」

「なら、私が嫌がる理由もわかるようなものじゃない?」

「だから、二人で撮りましょうって言ってるんですよ」


 何が『だから』なのか。

 そもそも友達になった覚えがないし、百歩譲ってそういう仲になったとしても、なぜ今このタイミングで写真を撮ろうというのかが理解できない。


(ああ、そうか……酔っぱらってるんだな)


 でなければ、彼のような人が私に絡むはずがないのだ。

 飲み会で席を変わることもできずに一人でいる先輩をからかうのは、さぞかし楽しいのだろう。

 軽く覚えた苛立ちを眉に乗せて、私は彼をまっすぐ見据えた。


「何が楽しいのか分からないけど、遊ぶなら他でやって」

「あ、小鳥遊さん。ここ、ニキビできてる」

「聞いてる?」


 怒りを孕んだ口調なんか気にも留めず、霧島くんが私の顎を軽く指先で触れた。

 意味ありげに目を細めて、再び口角をゆっくりと上げる。


「そういえば……ニキビの場所も、迷信がありますよね」

「え?」

「想い、想われ、振り、振られ──って。これ、想われニキビでしょ?」

「だから?」

「小鳥遊さんのことを想ってる人が、近くにいるってことですよ。例えば、ここに」

「…………は?」


 三度目の思いがけない言葉に、私はまたも眉を寄せた。

 彼は、今──なんて言った?


「……やっぱり、からかってるの?」

「あれ、信じてないです? 一応、告白したつもりなんですけど」


 この流れで、どうして素直に告白されたと思えるのか。

 むしろ私からしたら、霧島くんがなにか趣味の悪い罰ゲームでも受けてるとしか思えない。なぜ霧島くんが私をからかおうと思っているかなんて知らないけど、素直に笑われてやろうなんて気持ちはこれっぽっちもなかった。


「酒の席での話は、信用しないことにしてるの」

「あ~、なるほど。そう来ますか。ガード堅いなぁ」


 いいかげん馬鹿らしくなって冷たく告げれば、彼は意外だと言いたげに片眉を上げた。そのわざとらしい態度さえ、今の私には腹立たしくてたまらない。

 彼がこんなに面倒くさい人だったなんて、私は今まで何を見てきたのだろう。

 こんなことなら、さっさと手を合わせて食事を終えてしまえばよかった。


「想われニキビなんて、迷信でしょ」


 箸を置いた私の言葉に、霧島くんは笑顔のまま「あれ?」と顔を覗き込む。


「小鳥遊さんは、迷信を信じる人じゃなかったんですか?」

「……!」


 弾かれたように目を向ければ、霧島くんは勝ち誇ったような笑みを浮かべていて──再び私の肩を抱き寄せながら、そっと耳元に唇を寄せた。

 



「これから遠慮なく口説いていくんで、覚悟してくださいね──?」

 



 その言葉の意味を問うより先に、スマホがカシャッと音を立てた。











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