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前編

 実をいうとコンビニのおにぎりの十万個に一個は爆発する。


 カップラーメンの二十万個に一個は毒が入っている。


 これは全て事実であり現実だ。そして今なお進行中のことなんだ。


 たぶん多くの人は俺の言うことが信じられないだろう。

 そして言うはずだ、「お前は頭が変なんだ」と──


 けれども、その両方を見、体験してしまった俺はもう黙っていられない。


 きっかけはこうだった。


 その頃、俺は小さな商事会社の社員として忙しい日々を送っていた。

 親元は離れていたが結婚はおろか彼女もいなかったので、毎日がコンビニ飯。


 その日も、俺は休憩時間に会社に近いコンビニへ行った。

 定番はおにぎりとカップラーメン。


 シンプルな昆布かおかか、海鮮スープ味の組み合わせが好きだった。


 ただここ数日、俺は体調を崩していた。

 食欲不振で飲むゼリーとかヨーグルト、プリンばかりを食べ、定番を買うのは久しぶりだった。


 会社に戻って早速食べようとしたとき、社内の親切なおばさんが話し掛けてきた。


「あんた、最近食べてないでしょ? 今日ちょっと多めに作ったから、これ食べな」


 彼女が差し出したのは手製のサンドイッチ。

 俺はありがたく受け取った。

 このおばさんの作るものは美味いとの話は、社内でも有名だった。


「てかお前、それどうすんの? 要らないならくれない?」


 会社の屋上で、俺が久しぶりに顔と名前が解る人の作った物を頬張っていると、先輩がコンビニの袋を見ながらそう言った。


「あ、いいっすよ。おばちゃんので結構腹いっぱいなんで」


 俺は袋を探り、昆布のおにぎりを手渡した。


「サンキュー」


 先輩はそう言ってフィルムを剥ぐ。

 その時だった。

 先輩がおにぎりの中心に走る細いフィルムを下まで引っ張ったとき──


 カチリ


 まるで映画とかで銃の撃鉄を起こすような音がした。


「──?」俺は先輩を見つめた。

 けれども、先輩は音に気付いていないようだった。


「ちょい、ションベンしたくなったわ。食うから置いといて」


 先輩はベンチにおにぎりを置くと、階下に続くドアへ駆けて行った。


 俺はおにぎりを凝視した。さっきの音、なんなんだ?


 すると今度は、


 じーっという、まるで巻いたゼンマイが回転するような音が続いた。


 ぽんっ!


 おにぎりが爆発した。

 ワインの栓でも抜くような、なんだか間の抜けた音。


 しかし飛び散ったご飯は凄まじく、俺は米粒だらけのまま呆然としていた。


「うわ! なんだよ、これ!」


 戻って来た先輩が言った。

 俺は興奮状態で、ついさっき起ったことを必死に説明した。


 先輩は言った。


「──お前さあ、『これは自分が食べたいんで』って言えよ。俺にあげたくないからって、ここまでやるか普通?」


 結局信じてもらえなかった。

 すぐに午後からの仕事が始まったが全く手につかなかった。

 俺は自分の頭が変になったかと思ったが、髪を触ると昆布の破片は出て来るし、鏡で見るとしっかり米粒も引っ掛かっていた。


 キツネにつままれたような気分で仕事を終え、俺は残っていたカップラーメンを先輩に渡した。

 理由はどうあれ先輩の気分を害してしまったし、何かと面倒を見てくれる良い人だったからだ。


 帰り道のコンビニで、俺はおにぎりコーナーの前に立った。


 しばらく並べられた物を眺めて、やっぱり買う気にはなれなかった。


 そういえば久しぶりに食べたサンドイッチが美味しかった。

 俺は色々な具が入ったミックスサンドを二つ買い、自宅アパートで食べた。



 次の朝、俺は昨日のことをほぼ忘れていた。

 体調が悪かった間先輩に迷惑をかけたし、仕事は山積みだった。


 出勤前に昼食を買おうと入ったコンビニで、俺は笑ってしまった。

 店内に、ゆるキャラみたいな着ぐるみのマスコットが居たからだ。


 そいつは一番有名なメーカーのカップラーメンの形をしていた。


 頭の上には割り箸と、それによって持ち上げられた麺もくっ付いている。


 何かのキャンペーンかな? 


 そう思って見ていると、そいつはひょこひょこ歩きながらカップラーメンのコーナーではなく、おにぎりのコーナーに移動した。


 そして、よくオジサンとかオバサンがやる、「色々な商品を触っては棚に戻す」をやり始めた。

 最初、笑って見ていた俺は「さすがにちょっと違うんじゃね?」と思った。


 奇妙なのは、それを周囲の客が気にも留めていないことだった。


 やがてカップラーメンのゆるキャラは、一つのおにぎりを選び出した。

 遠巻きだったのでよく解らないが、多分、鳥おこわ。


 両手の中に包んで、何度も揉む動作をする。


 おいおい、さすがに商品がぐちゃぐちゃだろ! そう思ったとき──


 チーン


 まるで電子レンジみたいな音が響いた。


 コンビニのイートインではなく、確実に、そいつの手の中からだった。


 カップラーメンはそれを棚に戻すと、またひょこひょことした足取りで自動ドアをくぐり、店外へと消えた。

 誰一人、その姿に反応する客は居なかった。


 俺は訳が解らず、しばらく混乱していたが、やがておにぎりコーナーに立った。


 鳥おこわは、確かにそこにあった。


 あれだけ揉まれたのにフィルムはパリッとし、潰れてもいない。

 俺は悩んだ。

 そのまま無視することも出来た。


 けれども、隣の客がそれを買おうと手を伸ばしたので、俺はとっさに手が出た。

 まるで奪うような格好だ。

 隣の客は驚いたような、少しムッとしたような様子だったが俺はそれを無視した。


 コンビニを出、通りを行きながら俺はおにぎりを眺めた。

 未だ半信半疑だったが、どこかひと気の無い場所で試してみようと思った。



 その電車の高架下はちょっとしたトンネルのようで薄暗く、普段からあまり人通りがなかった。


 俺は鳥おこわのフィルムを、ゆっくりと引っ張った。


 カチリ


 ()()()()()()


 そう思った瞬間、背後で声がした。


「危ないッ!」


 誰かが突然、俺の手からおにぎりを奪った。

 そして、遠くの壁目掛けて投げつけた。


 ぽんっ!


 鳥おこわは飛び散り、壁面には無数の米がへばり付いた。


 俺は振り向き、声の主を見た。

 さっきコンビニで、先に鳥おこわを買おうとした中年男性だった。


 彼は言った。「──質問に答えてくれ。君、()()()()()()()()()()()()()


「は、はい! じゃあ、あなたもアレが?」


「──そうだ、見えていた。しかし初めてだよ。アレを見たという人間に出会ったのは──」

 彼は言うと、今にも泣きそうな顔で力なく笑った。

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