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短編まとめ

なるほど。では真実の愛を貫く覚悟としてお支払いをお願いします。

作者: よもぎ

王と王妃、王子とそのシンジツノアイとやらのご相手。

それを目の前に、宰相は眼鏡の位置を直しながら書類の一ページ目を指で示す。



「ではお手元の書類の一枚目を。

 まずルーデリヒ公爵令嬢への慰謝料が発生しました。

 こちらは規定通り、拘束一年につき金貨一千枚。

 十年となりますので金貨一万枚。

 それに合わせ、ご令嬢の尊厳を棄損した賠償として半額を追加で支払う形で落ち着くでしょう」

「で、あるか。いたし方あるまいな」

「お支払いは王家としてでも王子の個人資産からでも結構。

 公爵家はどこが由来でも気にしませんでしょうな」



書類にはどの規則のどの項目でどう定まっているのかまで詳細に記されていて、計算式まで書いてある。

また尊厳の棄損に関しても、法的解釈をどう行うかが法の番人たちの意見として複数書かれている。

意見は匿名ではなく、きちんと所属と氏名が書いてあるので、問い合わせたらどういった根拠でその意見を出したかを説明してもらえるだろう。


王と王妃はそれを速読で読み込んでいるが、王子とシンジツノアイはつっかえつっかえ読んでいるようで遅々として進まない。

が、宰相は知ったこっちゃないとばかりに二枚目の書類に進む。



「次に、そちらの――お名前は忘れましたが、子爵令嬢を婚約者とするとした場合の請求の概算です。

 低い身分から王妃に登り詰めた実例がございませんので、ルーデリヒ公爵令嬢の五割増しほどの期間を要すると仮定して計算してあります。

 こちら、一年に金貨千五百枚ほどの予算が最低でも必要となります。

 衣類や生活費に関してを別としてもです。

 こちらはシンジツノアイのお方のご実家に負担いただくこととなります」



王妃教育とは、専門の、特化した教師をたくさん確保して行うものである。

その教師たちとて給金をもらって仕事として行っているし、ルーデリヒ公爵令嬢のように、家で勉強をしているからわざわざ王宮でも再度教育を受けて、などとしなくていいから省けた教育もたくさんある。

それを、学園での低位貴族クラスで、落ちこぼれだったシンジツノアイに受けさせるとして。

期間もそうだが必要な教師の数も公爵令嬢の倍では利かないことは明らかである。

故に教師の賃金だけでも大層な金額が必要になる。



「もちろん教育課程は厳しいスケジュールとなるでしょう。

 十年はまともに寝食行えるだなどと思わないでいただきたい。

 社交に出る時間など一切ありません。食事と手洗いと入浴、睡眠以外のすべての時間は教育に使います。

 殿下との交流も、月に二度、一刻ほどを限度とします。

 でなくば、殿下が四十路に入られてもなお婚姻などできませんから」


三枚目は飛ばして――こちらは教育の予定表だった――四枚目。



「こちらは王陛下からのご意見ですね。

 二年である程度の結果を見せなかった場合の予定表となります。

 殿下が三十歳になる日までにシンジツノアイが王妃として成立するだけの力を得られないと判断された場合、即座に第二王子のアルス殿下を王太子とすることで、議会でも承認が下りております。

 幸いにしてアルス殿下は二つ年下で、念のためにそのご婚約者様も王妃教育を受けております。

 どちらも成績は優秀との評価がありますので、継続して教育を受けていただくだけでよろしいでしょう。

 詳細は全て書類に記されています。ご質問は?」


「あるに決まっているだろう!?

 アルスとその婚約者が優秀なのならヒメルダは勉強などせずともいいじゃないか、面倒なことはあちらが、」

「ではお二人は必要ないということになります。

 そのような形で運用されるのでしたら、お二人には直轄領の番人として断種の上、一代限りの公爵家を与えて飼い殺しにするほうがよほど健全な経済状況となります」



即座に言い返され、王子はむっとした顔をする。

ヒメルダなるシンジツノアイは何を言っているのか分からないという顔で、知性のかけらもない。

いや、知性があったら、普通は婚約者もいて身分も相当違う異性に粉をかけて寝取るようなことはしない。最初からないのは当然とも言えた。


王妃はきちんと最後まで読み終えた上で、



「様子見が長いのではなくて?あの子が結婚して即位するというのなら一年は準備が必要になるもの。

 一年で十分じゃないかしら。それだけやって結果が芳しくないのなら何年やっても同じじゃない?」

「ふむ。確かにその通りですな。

 慣習として、文官も武官も二年は下積みをさせるものですから、同じように考えておりました」



王妃はその答えに満足したという風に再び書類を読み返し始めた。

同じように書類を読み終わった王は、ふうと軽く息を吐いて、



「王子の個人資産はいかほど残っておる?」

「公爵令嬢への賠償金を支払える程度には」

「では個人資産からの支払いに致せ。

 残りの資産で一年は様子見が出来るか?」

「なんとか」

「うむ。ならば一年の様子見の予算も王子の個人資産から支払いだ。

 愚息の愚かさにより最良の人材へ施した教育が無為に終わったのだ。

 その補填をする義理は王家にはない」



顔を真っ青にした息子に、王はちらと視線を向ける。




「なんだ。王家がそなたの尻拭いをすべてすると思っていたのか。

 そなたは既に爪先だけで王太子の座に残っているだけの身。

 アルスに万が一があっても、その三つ下のマグナスがいる。

 何かあれば我が数年王座を維持すればよいだけで、そなたのようなほぼ愚王となる存在を丁重に扱う義理などない。


 王座に座りたければ有用性をそこな娘共々示してみせよ。

 そなたも王太子教育を一から受けなおさせる。道徳の教師も追加でつける。

 その上で、一年監視させ、どうにもならぬと判断したら、北方の領地に封ずる」



北方と聞いて王子は震えた。

実りも少なく、年中寒く、秋から春先までずっと雪に埋もれた土地しかないはずだ。

短い雪のない季節に、希少な薬草が生えるので、その期間だけ他の領地からやってきた者たちが採取を行い、それを買い上げることで領地として成り立っている土地なのだ。

住民は数えるほどしかおらず、そのくせ広く、しかも旨味がなさすぎて接する国からさえ狙われない不毛の地。

そこに封じられて出られもしないなどごめんだ。


しかし今から挽回せよと言われても、とてもじゃないが無理だ。

王太子としての教育はなんとかこなしてきたが、優秀とまではいかない自覚がある。

その上、ヒメルダは優秀ではない。彼女にあるのは愛嬌と自分への愛だ。

勉強に関してはからっきしで、根性も低めなのを王子は知っている。

そこがまた可愛らしいと思っているが、しかし王妃としての教育を一年である程度形にするのは非現実的だと分かってしまう。



詰んでいる。



逃げ出そうにも逃げ出せない。

北方だけは嫌だ。

故に王子は声を上げた。



「父上。いえ、陛下。

 俺とヒメルダには王と王妃となる資格はありません。

 ……継承権を返上します。

 ですので、せめて東方か西方に封じてはいただけませんか」

「ほう。王座に執着はなくなったか」

「ないといえばウソになります。

 ですが、……無理でしょう。

 ならばまだしも生きやすい環境で生きられたらと願う次第です」



王は内心で薄く笑った。

元より、この殊勝さを引き出すための方便だった。

北方に住まわせたとて、無駄に金が掛かる。

ならば飛び地のように存在する田舎に押し込んで、男爵家程度の暮らしをさせたほうが安上がりだ。

程ほどのところで王家よりの差し入れだと言って毒の混ざったワインでも与えればまとめて始末も出来る。


そこで声を出してきたのはヒメルダである。

彼女は書類はちんぷんかんぷんだが、話の内容だけはなんとか聞いていたのだ。

そしてそれをやっと理解し終えて、困ったような顔をしていた。



「あたし、お嫁さんになっちゃダメなの?」

「いや。王妃にはなれないというだけだよ、ヒメルダ。

 俺と結婚することは出来る。でも王妃にはなれない。それだけだ」

「なぁんだぁ。じゃああたし、それでいいです」



知能指数が低すぎて話についていけていないのはご愛敬である。

そして王妃の座に執着がないのはいっそ幸せでさえあった。

ここでゴネたとして、ヒメルダの知能では王家の幼女が受ける教育でさえ恐らく習得出来ない。

それを彼女は無自覚に曝け出してしまった。

他の三人は、「よかった。バカを極めた女で」と安心していた。






結果。

公爵令嬢には代わりの縁談の斡旋を行うと同時に、王子の個人資産から賠償金が満額支払われた。

同時に王子は正式に継承権を返上し、断種のための措置を受けた上で、西方の田舎へとヒメルダと共に押し込まれることとなった。

二人は結婚しているが、双方子供が作れない体にされている。

そして弟のアルス王子が即位した数年後には父からのワインで静かに「処理」される予定が既に立っている。彼らの知らぬところで。

それまでの数年間、せめて静かに暮らすがよいというのが王を含めた王家の意向だ。


領地の方も可もなく不可もなくな、せいぜい子爵家程度の生活が営める程度のものなので、ヒメルダはともかくとして王子としては不便かもしれないが、それでも。

不毛な地に追いやられて早々に命を落とすだとか。

愚王と愚かな王妃として糾弾され、断頭台の露と消えるだとか。

そういう未来よりかはマシなのは、言うまでもなかった。



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