考えても纏まらない時は、まず寝よう
「完成だ! これできっと生き返るはずだ!」
年若いと僕らをバカにして虐げ、毎日魔力を奪う憎いおっさん。なので天才な僕は、この場の支配を目論んだ。
「禁呪法発動、蘇れ白い子熊よ!」
僕は他の人の止めるのを聞かず、おっさんに剣で切られて血塗れで倒れている小熊を助ける為に、禁呪を使った。
急いで魔方陣を描いたので、生け贄にしたおっさんの近くにあったバッテリー付き小型駆動列車も巻き込んでしまったらしい。
復活をさせる際、
《白い小熊 + おっさん(悪辣科学者)の魂 + 小型駆動列車》
と言う組み合わせが出来上がった。
本当はおっさんの魂を消費して、小熊が完全復活するはずだった。
けれど、おっさんの一番お気に入りの小型駆動列車が混ざったことで、おっさんの意識が踏ん張りを見せたのだ。
「ぬおぅーーーーーーー!!!!! 我が友が壊れそうなのに、成仏して堪るか!!!!!」
すぐに怪我の修復をする代わりに消失するはずの魂が、中途半端に意識だけ残ったらしい。それは僕らがいる古い棟に響く程の怒号だった。
術が失敗して僕は焦った。
「小熊は生きてる? ねえ、目を開けて」
声をかければ、僕の腕に抱かれた小熊は弱々しく鳴いて瞬きする。
「くぅ~ん」
僕が助けたのを解っているようで、頬を舐めてくれたのだ。
「………良かった、生きてた。君が生きてて良かった」
なんて喜びもつかぬ間で、その後におっさんの声も聞こえてきた。
「なんだこれ? どうなった俺? もしかしてクモハと合体? ヤッホー!!!」
ク…運転台がある車両(制御車)
モ…モーターがついている車両(電動車)
ハ…普通車
の略である。
子熊からその姿が成り代わり、おっさんの声がする小型駆動列車が姿を表したのだ。
「な、なにこれ? きもちわるい! そしてぼくはどうなったの? もしかしてちぢんだの? うそぉ!」
そう僕は、禁呪を使った罰で、肉体が10才から3才へ遡っていた。ちなみに小型駆動列車は、その後に小熊に戻って一安心だ。
2、3日様子を見ていたら、きっちり1時間だけ小型駆動列車になっているようだ。それが限界らしい。
そもそもおっさんと言う名の悪辣科学者は、拐って来た僕らから魔力を吸い取り、魔力で動く電車を完成させようとしていたのだ。細身で弱そうなおっさんは、魔力はあるが腕力はないから、子供ばかりを拐っていた。
ここにいる3人も、10才前後の子供であった。
「これで逃げられるね。ありがとう光君」
「なんのなんの。うまくいってよかったよ」
「お家に帰れるの? もう無理かと思ってたわ」
「なかないで、おくるから」
「でも、此処どこ?」
「………やましかないね。どうしようか?」
みんなでいろいろと考えた末、おっさんが小型駆動列車になった時に、魔法をかけて拡大させ3人が乗れるようにし、そのまま上空に浮かせて家を目指すことにしたのだ。
拐われた理由も、1人1人が莫大な魔力を持っているからだ。今までは不意を突かれて、魔力を封じる足輪をはめられて魔法が発揮できなかったが、おっさんが魔力を込めた剣で小熊を笑いながら傷付けているのを見てキレた僕。
小熊に気を取られているおっさんの後ろで、正確な生け贄用の魔方陣を描き、おっさんをそこに転がしたのだ。
「弱いものしか狙わない、くそ野郎!」
「何だと、クソガキがぁ!」
激昂してこちらに向かうおっさんの足をかけ、魔方陣に転がすとすぐに技が発動する。生け贄のおっさんはフリーズして、指1本動かせない。
すると次の瞬間、黒い靄が僕に話しかけてきた。
「お前の望みを聞こう」
「あそこにいる小熊を助けて下さい。お願いします」
「叶えよう」
その部屋だけでなく、この古い棟全体から光が外に漏れる程強い光が放たれた。
そうして小熊は、瀕死の状態から生還を果たしたのだ。
おっさんが小熊を狙った理由は、くだらなかった。
「若返りの妙薬って聞いたから、肝を食べてみたいと思った」との自供。
そもそも熊を捌いたり出来るのか?
肝がどこにあるのか知っていたのかも怪しい。
何だか全部、ノープランだ。
頭痛のするのはさて置き、僕らは魔力を封じる足輪を外しその時を待ったのだ。
棟の外に一先ず出て、棟全体に侵入防止の魔法をかけた。僕が知るだけでも怪しさ満載の魔道具がわんさかあったからだ。
「これで良いわね」
「さすがこまちさん、かんぺきです!」
「惚れ惚れするよ」
「もうっ、つばさ君褒めすぎよ」
「いやいや、本当に美しく優しくて。もう結婚してください!」
「私まだ10才よ! 貴方もだけど、まだ早いわ、そんな話」
「早くないよ。光に先を越される前に申し込むよ!」
「………まずは、かえろうよ。ぼくのすがたもなおるかわからないしさ」
なんかグッタリ疲れた僕。
あ、小町さんもだ。
“つばさ君若いなぁ”って、同じ年だけど思った瞬間だった。
そうだよね、此処に来てからいつも一緒の3人だけど、大人になったら別々になるものね。何か月も苦労を共にした同士だもの、離れがたいよ。好きって感情はよく解らないけど、一緒にいたいなとは思う。でもそれは小町さんだけじゃなくて、つばさ君もなんだけどね。
今は黙っていよう。
ちなみにおっさん列車に乗ろうと思ったのは、小熊を置いていけない件もあった。どうやら別の人に親熊は密猟されて、殺されたらしい。綺麗で白い綺麗な熊だったそうだ。
何故解るのかって?
どうやら僕は術をかけた側になるので、小熊と意思疏通が出来るようになっており、おっさんに命令も出来るみたいなのだ。
今のおっさんは、ただの小型駆動列車だけどね。
僕は思いつきで、小熊に一緒に暮らそうかと尋ねた。
すると、 “一緒にいられるならそうしたい” と返事をしてくれたのだ。
唯一の肉親が死んでしまったのだ、誰かと共に居たいのは当たり前だよね。
それに1時間とは言え、おっさん列車に体が変化するのだ。さらに不安は加速するだろう。
急いだ僕のミスで、ご迷惑お掛けします。
そう言うことで、小町さん、つばさ君、僕の順番で帰路につくことになった。
今はたぶん深夜。
月を横切るように、列車の上に股がり上空を移動する列車は、サンタクロースのソリのようだ。
時々おっさんの声が座席から聞こえる。
「お前ら重いんだよ。勝手に俺の列車カスタムしやがって、許せん! それに俺はまだ29才だ!」
「そうですか」しか言えない。
10才にすれば、29才はおっさんなんだよなぁ。
僕なんて見た目が3才まで遡っているし。
列車になった今、もう29才とか意味ないし。
列車で例えて29年目なら、中堅以上だし。
ね、意味ないでしょ?
面倒くさいから言わないけどね。
ただ真っ白な白熊色の駆動列車はとても綺麗で、列車好きでなくても乗ってみたいと思うよ。中味おっさんだけど。
そして順番に家路に着いていく。
小町さんは両親に、ぎゅうぎゅうに抱きしめられていた。すごく心配したみたい。でも僕らと一緒だから怖くなかったよと、親を宥めるあたりは大人に見えた。
つばさ君はキラキラした目で、彼女を見ていた。婚約を申し込むのだろうか? とちょっとヤキモキする。
そうなると一緒に遊べない気がしたから。
つばさ君の家でもみんな泣いて喜んでいた。
3人一緒だから平気だったと話すと、うんうんと頷いてみんな泣いていた。
つばさ君の家は大病院を経営していて、既に大がかりに捜索もしたけど見つからなくて、お通夜状態が続いていたらしい。
そこを挨拶して飛び立つ僕。
手を振って夜の闇に浮かんだのだ。
僕の家はおっさんとは別の山の麓だ。
お母さんとお婆ちゃんが、泣き顔で僕を迎え抱きしめてくれた。と言うか、小さくなっていたので、抱き上げられた。
「ああ、なんて姿に」
「怖かっただろう。よく無事でいてくれたね」
丁度時間が来て、列車は小熊に戻った。
さすがの二人も驚いていた。
僕の家はゴリゴリの魔法研究家で、二人は魔女だ。
父は僕の幼い時に離婚したらしい。
特にいなくて困ることもない。
僕を一目見て、生け贄魔方陣のせいだと指摘された。
さすがお婆ちゃんだ。
「もとにもどるの?」
不安げに聞くと、すぐには戻らないそうだ。
ただこのまま成長は出来るようなので、一先ずは安心だ。
「それでも、お前の願いが純粋だからこんなもんなのよ。本当は醜くなるとか、死んだりとかすることもあるのだから。この手の魔法陣にはなるべく手を出さないようにね」
お婆ちゃんに言われて、今さらながら怖くなった。
「うん、なるべくつかわないよ」
「その方が、良いね」
優しく頭を撫でてくれるので、思わず嬉しくなる。
この間まで気恥ずかしかった時もあったけど、今は姿に引きずられているのか、ただただ嬉しいだけだった。
お母さんが小熊の状態を見てくれたけど、これはこれで完成形だと言う。取り引きに来てくれた妖精は、駆動列車込みの状態を不思議がったが、面白いから良いやと思ったらしい。
妖精は悪戯好きだから、たまにそう言うこともあるそうだ。
「じゃあ、このままのじょうたいがずっとつづくの?」
「うーん、妖精のさじ加減だね。まあ、小熊も成長はするけどね」
「ねえ、おかあさん。ぼく、こぐまのきもちがわかるし、ぼくのことばもりかいしてくれるみたいなんだ。ぼくといっしょにいきたいと、こぐまのきもちをきいたんだ」
「そうなのかい? すごいね。こんな症例は始めてだよ。まあ、ここは山だから、居たいだけいれば良いよ。真っ白で、可愛い子だね。名前はもう付けたのかい?」
「まだ、なんだ。そうだね、ここでくらすならつけてよいよね。つけたかったけど、しぜんにかえすならだめだとおもって、がまんしていたんだ。それなら………」
小熊は “ひびき” にした。
僕がその名前で良いか聞いたら、 “ありがとう。嬉しいよ” と喜んでくれたのだ。僕も “よろこんでくれてありがとう” と言って、 “ひびき” を抱きしめたのだ。
お婆ちゃんがいろいろ調べて、ひびきは僕に危害を加えられないと分析してくれた。魔法使いのおっさんも、もう余剰な力はないそうで、危害は加えないだろうと言われた。ただ消滅を覚悟すれば、僕にビンタくらいは出来るそう。
たぶんだけど、おっさんは大事な駆動列車と同化して嬉しい気がする。大きな列車を魔法で動かす夢は潰えたけれど、心は安定しているみたいなのだ。
もしかしたら、駆動列車だけじゃなくて、モフモフ小熊と僕らに強制的に囲まれたことを楽しんでいるのかもしれない。なんと言うか、孤独な独身男っぽかったしね。
そう思い、翌日の1時間は、自由に山を走らせてあげた。楽しかったみたいで、嬉しい気持ちが伝わって来た。はしゃいでいるみたいだった。
「山道をクモハで走れるとは! 感激だ」
姿が戻るまで走り続けていた。
小熊に戻った時も、小熊に疲れはないみたいだった。
僕はもう、おっさんが憎めなくなっていた。
きっと人付き合いの苦手な、不器用な大人なんだろうなと思う程度になっていた。
警察から誘拐罪を申し渡されたおっさん。
だけど罪滅ぼしのように、人間の姿に戻れない現状では、捕まえることは出来ない。
小熊を排除(殺す)意見もあったそうだが、存在時は別であり、小熊に罪はない。既におっさんの肉体はなく、小型駆動列車に憑依しているようなものだから。
ただ驚いたのは詳しい調書から、僕達が “おっさん” と呼んでいた人は、僕達と同じように此処に住んでいた魔法使いに囚われた子供だということだ。彼も10才前後で親に売られ、魔力を絞り取られていたらしい。その他にも子を拐って、魔力を巨大水晶に集めていた魔法使い。
目的は “世界征服” らしかった。
次々と同じような子供が死んでいく中で、段違いで魔力の高い彼だけが生き残ったのだ。
そして図らずも拐って来た魔法使いと同じように、その場にある列車を見て好きになったそうだ。
あまりにも狭い選択肢だったかもしれないが、彼は幸せだったのだ。ただ列車の模型を見ているだけで。
ずっと魔力を搾取されても生き抜いた彼は、魔法使いに寿命が来ても此処にいた。
彼は親に売られ、行くところがない。
自立して生きていく教育も受けていない。
既にもう、此処にいた子供は彼以外死んでいた。
魔力が低ければ、無理矢理の魔力の搾取により、魔力回路が損傷して彼も生きてはいなかっただろう。
こうして1人になった彼は、森のウサギや鳥を狩り薬草を食べてそこで暮らし始めた。場所が特定されないようにする為か、死んだ魔法使いが高出力の永久結界を張っていたから、誰にも此処は見つからない。訪れる人もいない。
彼はずっと、孤独に包まれて生きていたのだ。
いや、完全な孤独ではない。
駆動列車と言う、友人が傍らにいたのだから。
彼は魔力を搾取されなくなり静かに時を過ごす中、いつも一緒にいる小型駆動列車だけではなく、外に保管されていた大型の列車(SL)を動かしたい気持ちに駆られたのだ。
人間の自分はいつか死ぬから、小型駆動列車に頼りがいのある仲間を作ってあげようと思って。
そこで彼は、死んだ魔法使いと同じように、子供を拐うことを思い付いたのだ。
魔力の結晶を動力にし、永久可動出来るように。
光達が拐われたのはそのすぐ後で、被害者は他にいなかった。
彼がこのように動いた理由も、自分の体調悪化に気づいたせいもあった。長い間まともな料理をしなかったことで、臓器を蝕む寄生虫に長期に感染し、余命幾ばくもないと悟ったからだろう。熊の肝は少しでも長く生きたい、何とか実験を完成させるまでは生きていたいと願ってのことだった。
彼の理屈は自分勝手過ぎる。
けれど愛されなかった彼の、唯一の願いを叶えようとした結果の行動だった。
つくも神がその小型駆動列車に宿っていたことも、彼が消滅しなかった理由だ。彼がどんな人であっても、ずっと愛されて来たのは真実だから。
愛がどんなものか、彼は知らない。
けれど、彼も小型駆動列車に愛されていたのだ。
当然だが、それが免罪符にはならないことは事実だ。
ただそんな生き方しか出来なかったことに、同情の余地は残された。
だとしても、つばさ君の家がかなり憤っていた。だから出来るかぎり丁寧に説明して、しぶしぶ納得して貰ったのだ。
何よりも僕はあの時、小熊への態度にキレて危険覚悟で魔法陣を描いたから、ここに戻れたのである。ある意味 彼が、小熊に気を向けていたから出来たことなのだ。
小熊がいなければ、魔法陣作戦を実行しても失敗した可能性が高いと断言できる。
そしてつばさ君の婚約打診は断られた。
大病院の跡継ぎだし玉の輿ではあるけれど、小町さんの両親はこれからゆっくり決めて欲しいそうだ。
僕はと言えば、成長はしているが、2人に比べればチビだし舌足らずだ。まあ少し悔しいけど、ある程度成長すれば変わらなくなる、はずだ。
どうやら遡った時間で寿命も伸びているらしく、体は子供、頭脳は大人が地でいけるようだ。
あれから小町さんは、姉のように面倒を見てくれるし、つばさ君には嫉妬されている。
家に帰ればひびきと遊び、時々駆動列車に乗せて貰い山を走り回る。
そして夜はひびきに体を預け、もふもふに埋もれて眠るのだった。
僕は魔法を研究し、いつかおっさんを元に戻せないか研究している。すっかり情が移ってしまった。
ひびきは今は僕から離れないけど、きっと自然に戻りたい日も来るだろう。その時までに駆動列車と切り離しをしてあげたいなとも思うのだ。
そしておっさんに “どうして魔法使いじゃなくて、科学者と名乗った” のか聞くと、 “そっちの方が格好良いから” だってさ。その裏には自分を買った魔法使いと一緒にされたくない思いもありそうだけど、深くは聞かない。
もう本当に何処にも行けない彼だもの。 “僕と生き直しても良いのかもね” なんて思ったりしていた。
小町さんの家は機械工学が専門の、宇宙船や潜水艇を作る大企業だ。今回のおっさんと小型駆動列車の現象にも注目しているそう。既に人型ロボットも完成し、意識を移すことが出来れば、新たな人類の誕生だと騒いでいた。そんな人類が出来れば、惑星移住計画が格段に早まるらしい。現在行われている、遠隔のコントロールでは限界があるそうだ。
「このメカニズムが究明されれば、また一歩技術は進歩する」
なんてことを言っていた。
僕はよく解らないけど、おっさんが小型駆動列車から別のものに入ることが出来れば、もっとよく小型駆動列車を見られて触れるのじゃないかと思う。人型ロボットなら、もしかしたら普通? に暮らせるかもしれないし。
それに小熊と小型駆動列車の切り離しが出来れば、小熊が大人の熊になって、森へ帰る時の不安も少し減るし。だっていきなり小型駆動列車になられたら、恋人も逃げちゃうもんね。
僕が魔法陣の研究を進めて切り離しを可能にするか、科学的に究明するのか、霊能者の力でなのか、それを組み合わせることが必要なのか?
全く予想もつかない。
そもそもおっさんが納得するだろうか?
最近やっと、おっさんが名前を教えてくれた。
『はやて』だって。良い名前じゃん。
『はやてさん』って言うと、めちゃくちゃ照れてた。
「名前。呼ばれたこと、あんまりなくて・・・」
なんかもう、ぜんぜん憎めないどころか、可愛いじゃんか。売った親こそ死刑にしろよ。はやてを売って贅沢してんだろ、きっと。ムカつくわ。
そんなことを考えながら、今日もひびきに包まれて眠りに就く。
こんな日が続けば良いのにと、眠気眼を擦りながら。
8/27 21時 日間ハイファンタジー(短編) 79位でした。
ありがとうございます(*^^*)
8/28 10時 日間ハイファンタジー(短編) 35位でした。
ありがとうございます(*^^*)