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会いたいのは婚約者ではなく……

 ユラシェは侍女に髪をブラッシングしてもらいながら、鏡の中の自分を見つめる。

 幼さの残る輪郭。太陽のように眩しい金色の巻き毛。透けるように白い肌。柔らかなピンク色の頬。美しい海のように澄んだ青い瞳。熟れたさくらんぼのような唇。

 ドレスの袖からでている腕は、輝くばかりのみずみずしさと弾力がある。


「一年も眠っていたなんて嘘みたい。全然変わっていないわ」

「最高名誉魔法使いであるマクベスタ様が毎日来てくださって、お嬢様の体調管理に努めてくださいましたから」

「寝ている間も成長していいのに。早く、大人になりたいわ」

「焦る必要などありません。そのうち嫌でも大人になりますから。若さというのは貴重なものですよ。私もできることなら、十五歳に戻りたい」


 侍女のマリンは二十八歳のお姉さんらしく、思いやりある言葉をかけた。


 心臓発作によってもたらされた一年間の昏睡状態は、ユラシェにとって夜眠って朝起きたという感覚でしかない。目覚めたことに歓喜する人たちの騒ぎで、自分が一年もの間眠っていたことを知って驚いた。

 空白になった一年。けれど何も変わっていないように思える。

 愛情深い家族。忠誠心の高い使用人。優しくて楽しい友人たち。街に出てみたが、特に変わった様子はなかった。変化を嫌う国民性ゆえか、街は進化も退化もせずに、変わらぬ初夏の景色でユラシェを出迎えてくれた。


 ユラシェの艶やかな金髪を整えると、マリンは鏡越しに微笑んだ。


「身支度が完成しました。今日はヨルン様とデートですね! 楽しんできてください」

「そうね。楽しむとするわ」

「お嬢様の体調を心配して、ヨルン様は会うのを我慢なさっていたそうですから。でも本心は、会いたくてたまらなかったことでしょう」

「そうだと嬉しいわ」

「ですが、お二人がお会いするのは一年ぶりですから……」


 マリンは一旦言葉を切ると、カリオスに命じられた台詞を吐く。


「ヨルン様は変わってしまったかもしれません。街並みと違って人は成長しますし、気持ちは移ろいやすいものです」

「ヨルン様が変わった? そうなの?」

「人が変わるのはごく自然なことです。ヨルン様がお変わりになられても、ショックを受けませんように」

「わかったわ」

「私たちはお嬢様の味方です。もしヨルン様が失礼な態度をとりましたら、私たちが怒って差しあげますからね」

「ふふっ、頼もしいわね。ありがとう」


 ユラシェは椅子から立ち上がると、全身を鏡に映した。

 今日のデートのために、母が特注で作らせたピンクのドレス。フリルが多い甘いテイストのドレスは、ユラシェの可憐な少女性を引き立てる。

 ユラシェは鏡に映る自分に問いかける。


(一年ぶりにヨルン様に会えるというのに……気が重い。人の気持ちが変わるのが自然なことなら、私の気持ちが変わっていないのはどうして?)


 鏡の中の少女は口を開かない。けれど、ユラシェのハートはその答えを知っている。


(私が会いたいのは、ヨルン様ではなく……)



 心臓発作で倒れる前。つまり、今から一年一ヶ月前の話。

 ユラシェは祖父に会うために王城に出向き、そこでお気に入りのブローチを落としてしまった。薔薇をかたどったブローチは、ユラシェが希望を出して職人に作らせたもの。

 懸命に探していると、通りかかった男性から声をかけられた。


「どうしましたか?」


 彼は、王城で働く魔法使いの制服を着ていた。

 ユラシェは彼の容姿に驚いてしまって、質問に答えることを失念してしまった。彼は不思議な色をしていた。


 ──黒い髪と、紫紺色の瞳。


 明るい色彩を持つアジュナール国民にはない色。






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