恋の終わりは、成長のステップ
恋の終わりは突然だった。
りっくんの配信を聞いているうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい。スマホのアラームを止めようと画面に触れたら、とんでもないニュースが目に飛び込んできた。
『配信者りくまる、逮捕』
寝起きなのに一瞬で目が覚めた。頭が真っ白になって、布団をかぶって震えた。嘘だと思った。でも現実は非情だ。
それからの記憶はあまりない。ただひたすらに悲しかった。泣きながら何度も同じ動画を見た。りっくんの声を聞きたくて、イヤホンをつけて耳をすませた。でも同じようには聞こえなかった。当たり前だ。だってうちの恋した『りっくん』はこの世にいない。
配信者りくまるは、ファンの女子高生と逮捕されるようなトラブルを起こすクズだった。うちが好きだった、優しそうなりっくんはマボロシだった。
りっくんがいない世界なんて考えられない。りっくんがいなくなった世界になんて意味がない。でもりっくんなんて最初からいなかった。
この気持ちをどこにぶつけたらいいんだろう。誰にぶつければいいんだろう。もう何もかもがわからない。
学校を何日か休んだけど、親にも担任にも心配されてしまったし、訳を聞かれても答える気にならなかったので、しぶしぶ学校に行った。
「……眞白、あんた大丈夫? 」
「うん……」
「うんって顔してないよ、保健室で休んだら? 」
「いい……」
やまもっちゃんが話しかけてくれる。やまもっちゃんは優しい。でもちょっとお節介だ。
「ねえ、眞白」
「なに」
「あのさ」
やまもっちゃんが言い淀む。
「あのさ、今日一緒に帰らない? 」
「……わかった」
「じゃあ放課後」
「うん」
授業が始まって、やまもっちゃんは自分の席に戻っていった。
うちが休んでた間に実習生がきてたらしい。社会の先生はいつものおじいちゃんではなく、若い女の先生だった。髪が長くて背が高くて美人な人。でも、プロジェクターでパワポを写すなり、ボソボソボソボソ喋り続けていて、授業はお世辞にもうまくなかった。
クラスのみんなは慣れたのか、ヒソヒソ私語を続けている。先生は注意もせずに喋り続けていた。
退屈な授業が終わった。先生はずっと後ろから見ていたいつもの先生に、廊下で注意されていた。かわいそ。
先生はプロジェクターをそのままにしていた。そういえばうち、理社係だった。
めんどくさ。先生が使った教具は教具室に戻さなきゃいけないけど、プロジェクターって教具室でいいんだっけ。
職員室に行くと例の先生はノーパソの前で難しい顔をしていた。
「せんせ、これどこに片付ければいいですか? 」
「ああ! 忘れてました。ありがと、そこ置いといて」
先生はうちの顔を見てまた難しい顔をした。
「顔色悪いですよ。昨日まで休んでた佐藤さんですよね? まだ体調悪いですか? 」
名前覚えてんだ。でもなんか名前覚えたアピールが鼻につく。
「別に体調悪くて休んでたわけじゃないです」
「……どういうことか聞いてもいい? 」
先生はうちに空いている椅子をすすめた。うちは座らなかった。この人なら別にしゃべってもいいかな。すぐいなくなる人だからキモがられても悲しくないし、生徒に寄り添う私アピールに一泡吹かせてやりたい。
「ガチ恋してた推し配信者が逮捕されて」
「あー。それはキツイ」
「え」
予想と違う反応すぎてびっくりした。
「逮捕か〜。ヤバいヤバいヤバい。想像しただけでメンタルにくるわ。そりゃ学校休むわ」
「は、はあ」
なんだコイツ……。色々と大丈夫かな、この先生。
「……先生もガチ恋してたことあるんですか? 」
「あるよ〜」
先生はマスクを下げて周りの目を気にしつつ、舌を見せてきた。キラッと光るものがあった。舌ピってはじめて見た。
「こんなものつけちゃうぐらいにはハマってた推しがいたんだけどさ、プロ彼女と結婚しちゃった。あ、そういう女選ぶんだって急に冷めてさ。佐藤さんもまだまだこれから色んな恋をするだろうけど、終わりなんて突然くるよ」
「じゃあ恋なんてしないです」
「そんな人生かんたんじゃないよ。恋は落ちるものでしょ。たぶん終わった頃にはちょっとだけ成長してるからいいんだよ。私は学んだ。軽率にピアスあけたらダメだって」
そのわりにピアス塞いでないよね、先生。実習きてるのにさ。ほんとなんなんだコイツ……。
でもダメな大人と話してると、ダメな子でも案外なんとかなるかもって思える。うちはピアスは開けないことにしよう。ダメな大人をおいてうちは職員室をでた。
とりあえず、やまもっちゃんに謝ろう。配信者を恋したバカなうちのこと、笑われてもいいから正直に話そう。笑われても気にしないことにする。うちはこの恋を経て、少し大人になったはずだから。そう、信じて。