拗らせる思い
うちが普通のファンからリアコになるのに、そう時間はかからなかった。
リアコ。アイドルとか芸能人とか配信者とか、そーいう雲上人にリアルに恋するやべー女。
うちだってリアコがヤバいのはわかってる。でもただのファンでいるにはりっくんは魅力的すぎた。
りっくんが好き。優しくて明るいりっくんが好き。今日もお顔が良いりっくんが好き。服のセンスがいいりっくんが好き。ちょっとドジなとこあるりっくんが好き。漢字が書けないりっくんが好き。深夜にヘラるりっくんが好き。
リアコの常として、うちはだんだん同担拒否がひどくなっていった。
リプしてるオタクがムカつく。絡んでる女配信者がムカつく。同担拒否です他担と繋がりたいって呟きバカにしてるけど、本当は気持ちがわかる。
「眞白がいってたあの配信者なんて名前だっけ? 」
移動教室の前にやまもっちゃんに話しかけられた。うるさいな、今りっくんに変なこと言ってるオタクいないか確認してるのに。りっくん今日も顔がいい? 当たり前だろ、わざわざ言うな。
「ねえ眞白ってば」
ああウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザい。りっくんの前にいる有象無象がみんなウザい。
「眞白! 」
「え……あ、うん。なんだっけ? 」
「え、じゃないよ。眞白ってほんとぼっとしてるよね。トロトロ生きてんじゃないよ。だからさっき言ったのは、眞白の好きな配信者の――」
やまもっちゃんはたまに過剰に毒を吐く。それが面白いってことになっている。ちっとも面白くないけど。
「ああ、別に忘れていいよ、それ」
「はぁ⁈ あんたが推してるって言ったんじゃん! 忘れないよ! 」
ニコッと笑ってみせるやまもっちゃん。友達の趣味に理解ある自分アピール。お疲れ様。
「名前忘れるくらいには興味ないんでしょ? 別に覚えなくていいよ、わざわざ教えたくない」
やまもっちゃんは笑顔をひっこめた。
「……あっそ、もう知らない」
やまもっちゃんをたぶん怒らせちゃったけど、うちは、まあいいか、ぐらいにしか思えなかった。どうせ元から話合わなかったし、うちのこと嫌いだろうし。
底なしにイライラしてしょうがなかった。うちが知らない空間で、りっくんが他の誰かと話してると思うだけで吐き気がする。
なんでこんなにムカついてんだろう。配信者なんてそんなもんじゃん。りっくんはうちが存在を知る前からずっと、ネットで配信してたわけじゃん。うちがリプしたりコメントしたりする前から、別のオタクに笑いかけてたんだよ。それを怒るとかうちは何様なんだよ。
うざいな。みんな消えてほしいな。
恋って、苦しい。
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「眞白ちゃんって、意外と嫉妬深いタイプだったりする? 」
「へ? 」
ある日の昼休み。隣の席に座っていた莉愛ちゃんに言われた。
「別にそんなことないと思うけど……」
うちとやまもっちゃんは微妙な関係になっている。必要なことは話すけど、それ以上話さない。たぶん、やまもっちゃんはうちが謝るのを待ってる。ごめんね、いいよ、でなかったことにしてくれようとしている。やまもっちゃんはいい子だ。うちは、たぶん悪い子。
「いや、ね。なんか最近ピリピリしてるっていうか……。私に当たらなくてもよくない? って思うときあるんだけど」
「ごめんね、気をつける」
「いや怒ってるんじゃなくてね。眞白ちゃん、私に隠し事してない? 」
莉愛ちゃんは優しい。でも何もわかってない。
実は配信者のこと好きになっちゃって……なんて言えるほど、うちのりっくんへの思いは軽くない。話したら引かれる。だって四六時中りっくんのこと考えてイライラして、やまもっちゃんに八つ当たりしました。なんてキモいもん。推しは楽しく推すべきなんだよ。うちだって、そんなことわかってるもん。
「言えない」
「えっと……じゃあ 」
じゃあ何? と言いかけて思いとどまった。流石に莉愛ちゃんに失礼すぎる。ピリピリしてるって、こういうことなんだろうな。
こんなはずじゃなかった。りっくんを見つけたあの瞬間、うちは楽しかったはずだ。友達にも言えない恋なんて、するんじゃなかった。