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07.どたばた

 あれから何回か羽鶴の部屋に出向いたが、雑談が主となるばかりで肝心の説得は上手くいかずじまい。

 気づけば四月下旬を迎え、未だに総悟の友達は琴乃と羽鶴だけであった。


 昼食を済ませ、どうすればいいか考える。

 羽鶴をその気にさせるにはどんなことを話せばいいのだろう。


「あの人朝から前の席見ながらずっと深刻な顔で悩んでる……」

「なんか怖い」


 その姿は周りから相当怪しまれていた。


「あ、いたいた総悟くん!」

「夏葉先輩? こんにちはっ」


 堂々と教室に入ってきたのは年齢も部屋も一つ上の夏葉。相も変わらずハイテンションだ。


「総悟くんって一組だったんだね! クラスわかんなかったから順番に探すとこだったよー、最初でよかったっ!」


 一年は全部で十組あるので、もし総悟が十組だったらなかなかの労力だろう。


「なにか急用ですか?」

「ほら、まだ総悟くんの歓迎会してなかったでしょ? だから今度春晴荘のみんなでしたいなーって思って」


 同じアパートなのだから春晴荘で聞いたほうが手っ取り早いなどとは思ってはいけない。

 きっと早く知らせたかったのだろう、夏葉の優しさがひしひしと伝わってくる。


「歓迎会……やりたいですっ!」

「ほんと? よかったー! 今週の土曜日とかどうかな?」

「大丈夫です、すごく楽しみです!」

「あたしもだよー! 詳しいことはまた連絡するから、じゃーねー!」


 自分の歓迎会をしてくれるなんて夢のようだ。思わず頬が緩んでしまう。

 そして次の授業が体育なのを思い出し、総悟は急ぎ更衣室で着替えて校庭へと向かった。



「準備運動するぞー。二人組になってくれ」


 準備運動なんて一人で充分なのにどうして二人組なんて非情な制度を取り入れるのだろう。

 非情な制度に順応できない総悟は、いつも通り最後に余った一人と組むべく待つが。


「阿多部、組むか?」


 まさかの声をかけられたが名前がわからない。

 少し目つきがよろしくない辺り、同じアパートの住人である根岸を彷彿とさせる。


「え……えっと、きみは」

「片岡だよ。お前の席の一番後ろだ。どーせ組む相手いないんだろ?」

「ありがとう片岡くん、助かったよ!」

「意外と素直だな……」

「だって事実だから」


 片岡の気が変わらないうちに準備運動を始めた。


「お前、結構クラスで浮いてるのわかってるか?」

「薄々感じてたけどやっぱりそうなんだ」

「あの自己紹介はさすがに意味不明だったからな」

「もうその話はしないで……」


 タイムマシンがあれば速攻であの頃の自分を叩きのめしたい。


「あとよく考え事してるだろ? あれはなかなか話しかけづらいぞ」

「そうだったんだ……」


 自分ではよくわからなかった。客観的意見がとても助かる。

 前屈姿勢で後ろから片岡が押すが、総悟は体が硬いのでなかなか前にいかない。


「極めつけは初日から女子……若葉と仲良く登校してきただろ? それで男子からは一目置かれてんだよ。それにさっきの上級生とも仲良さそうだったし」

「琴乃さんは最初にできた友達で、夏葉先輩は同じアパートの住人だよ」

「二人とも名前呼びかよ。ますます遠のくぜ」


 名前で呼ぶことに総悟は抵抗がない。ある種の才能だ。


「片岡くんの名前ってなに?」


 片岡は嫌な予感がした。


「……拓哉だけど片岡呼びでいいからな阿部より早い阿多部くんよ」

「その二つ名で呼ぶのはやめてよ!」


 交代し、今度は総悟が片岡を押す番だ。加減がわからないが押せば押すほどどんどん片岡の身体は前のめりに。


「でもなんで、そんな僕に片岡くんは話しかけてくれたの?」

「なんかおもしろそうだったから」

「本人は至って真面目なんだけど」


 後ろからだと表情は見えないが、片岡が笑っているような気がする。


「あと変な奴だけど悪い奴じゃなさそうだしな。クラスで話せる友達は増やしたほうがいいと思ったんだよ……まあとりあえず一年間よろしくな」

「……うんっ、こちらこそよろしく片岡拓哉くん!」

「フルネームはもっとやめろや」


 この日、総悟に初めての男友達ができた。



「そうちゃん、今日一緒に帰ろーよ」


 一日の授業が終わり、琴乃が手をひらひらさせて総悟を呼んでいる。


「琴乃さん? うん帰ろうっ」


 不定期だが琴乃と一緒に帰るときがある。

 万遍なくいろんな人と下校しているのだろう。交友関係が広いといろいろ大変だ。


「いまのそうちゃんは嬉しそうだねー。なにかいいことあった?」


 帰り道、琴乃が総悟を肘でつつきながら聞いてくる。


「今日、新しく友達ができたんだよっ。あとアパートのみんなが歓迎会してくれるみたいなんだ」

「よかったねー。じゃあ午前中悩んでたのはなにかあったの?」

「あー……そうだった」

「忘れてたんかい」


 新たな友達にはしゃぎすぎの総悟であった。


「僕の前の席、いつも欠席でしょ? その人同じアパートの住人で不登校だったんだよ」

「それはまた衝撃の事実だね」


 そんなことわたしに言っていいの? と琴乃は思うが口には出さない。


「どうすればその人が学校行きたくなるか考えたら頭痛くなっちゃって」

「本人が行きたくないんでしょ? なら無理する必要もないと思うよ」


 もっともすぎる意見だ。

 ただ、それだと話が進まなくなる。


「そうかもしれないけど……」

「そうちゃんはその人と一緒に学校行きたいんだ?」

「……そう、だと思う。うん、そう」

「そうちゃんだけに」

「そのギャグ今度使っていい?」

「わたしが言っておいてなんだけど入学式の二の舞になるからやめようね」


 手で×を描く仕草があまりにも儚い。


「話を戻すけど、そうちゃんの学校での出来事を伝えてみるのはどうかな」

「学校での出来事? 今日の授業内容を熱弁するってこと?」

「それは違うな」


 あっさり否定される。羽鶴になら意外と効果がありそうだが。


「今日はこんなことがあったんだーとか、日記みたいに伝えてみるの。例えば今日だったら新しく友達ができたよーって」

「日記……」

「さっきわたしに教えてくれたいいこと、とっても嬉しそうだったもん。そんなきみの学校生活を伝えてあげればその人の気持ちも変わるかもしれないよ。わたしも学校行ってみたいなーって思うかも」


 総悟の肩をぽんと叩き「どう?」と言わんばかりの笑みを見せる琴乃。

 確かに良い考えかもしれない。自分が楽しい、嬉しいと思えた出来事を話せば、羽鶴も興味が沸くのではないか?


「でも楽しくない学校生活になったらどうしよう」

「きみはときたま後ろ向き発言するよね」


 だが試してみる価値は充分にある。相談してよかった。


「早速やってみるよ、ありがとう琴乃さん!!」

「うんうん、がんばー」


 善は急げだ。

 家に着き、早速羽鶴の部屋のインターホンを押してみるが。


 出てこない。


「寝てるのかな……」


 失礼ながら外出中の線は初めから考えていない。

 わざわざ起こすのも悪いかと今日はやめようとしたとき、不意に思い出す。


 初めて会ったとき、羽鶴は外で倒れていた。


 もしも、今度は室内で倒れていたら。

 それが取り返しのつかない事態だとしたら。


「……」


 手に持っているのは、羽鶴の部屋の合鍵。



「おじゃましまーす……」


 倒れていたら一大事。不法侵入とプライバシーの侵害に恐れず、総悟はこそこそと羽鶴の部屋に潜入した。

 もし熟睡中ならそのまま静かに退散すればいい。さて肝心の羽鶴の姿は……


 いなかった。

 まさかの不在とでもいうのか。靴はあるが別の靴を履いて出かけたのかもしれない。

 仕方ないのでいったん自部屋に戻ろうとしたとき。

 総悟の前に現れたのは、バスタオル姿の羽鶴。

 そして、硬直する二人。


「……!??!?!?」

「ご、ごごごごごごめんなさい!!」


 声にならない羽鶴の叫びと、顔を真っ赤にして外に逃げる総悟。

 相江羽鶴は着痩せするタイプだった。

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