06.まずはお友達から
「というわけでお話しにきました!」
「ほんとに来た……」
入学式から一週間後、総悟は満を持して羽鶴の部屋に突入。インターホンは鳴らしてあるため合鍵はまだ使用していない。
「何度来たって私は学校に行かないよ」
「違うんだよ。今日は説得するために来たんじゃないんだ」
「……そうなの?」
じゃあなにしに来たんだと言わんばかりに羽鶴は怪訝な顔をしている。そんなに怪しまないでほしい。
「今日は羽鶴さんと友達になるために来たんだよ!」
「…………私と?」
よもやの目的に羽鶴は目をまんまるくしていた。
「そう。ダメかな?」
「……別にいいけど……私と友達になってもつまらないよ?」
「それはわからないよ。楽しくなるかもしれないんだからさ」
「じゃあ、うん……よろしくね」
「よろしく! これで友達二人目だよ!」
「一週間経っても友達増えなかったんだね」
「そこは指摘しないでほしいな」
あの自己紹介が尾を引いているのか、周りはもちろん総悟自身もクラスメイトに話しかけられないでいた。
極めつけは、自席の周り全て女子なのが余計総悟を孤立させている。せめて男子が一人でもいればなんとかなったのかもしれない。
「ところでなに読んでたの?」
話題を変えるべく、ベッドに置かれた読みかけの本に注目すると。
羽鶴の表情が少し緩くなったのがわかった。
「これ? これはアメリカのガイドブックだよ」
「アメリカ? 羽鶴さんアメリカに行くの?」
「実はもう行ったことあるよ」
「え、そうなの!?」
「小学生の頃、夏休みにお母さんが連れてってくれてね、とにかくすべてが広くてびっくりしちゃった」
「そっか、子どもの頃に海外なんてすごいなあ……また行きたい?」
「うん、やっぱり生の英語を学びたいからいつかは長期滞在したいな」
さすが翻訳家志望だ。総悟は海外に行ったことないし、行きたいとすら思わなかった。
「そういえば羽鶴さんのご両親っていまどこにいるの? 一人暮らし……だよね?」
「お父さんが外交官であちこち海外に飛び回ってて、お母さんもサポートでついていってるよ。それで両親が元々住んでた家をいまはお姉ちゃんが借りてるの」
外交官という響き、なんてかっこいいのだろう。
テキパキと交渉する羽鶴一家を想像し始める総悟だが、ここでまた疑問が沸きあがる。
「どうして羽鶴さんは管理人さんと住まないの?」
「お母さんが、ひきこもるなら一人で生活できるようになりなさいって言われたの。生活費はもらってるけど」
「そうだったんだね……」
厳しいのか甘やかしているのか判断がつかないが、そうやって中学は過ごしてきたのだろう。
一人暮らし歴では先輩の羽鶴がやけにたくましく見える。
「どうしたの?」
急に元気がなくなる総悟。羽鶴は首を傾げている。
聞くか聞かぬか迷っていたが、やはり羽鶴に聞いてみたい。
「……羽鶴さんは、一人暮らししててさびしいって思ったことはない?」
「んー、もともと両親があまり家にいなかったからそんなさびしくは……」
そこで羽鶴は勘づく。
もしや総悟は。
「総悟くん……ほーむしっく?」
赤面する総悟。
図星も図星、一人暮らしを始めて約二週間の総悟はホームシックに陥っていた。
ついこの前まで中学生だったのだから、家族が恋しくなるのも仕方がない気もするが。
「だ、だってまだ一人暮らし全然慣れてないし、そりゃ少しは物悲しい気持ちになったりならなかったりするよ!」
「そんな焦らなくても……別に悪いことじゃないしからかわないよ」
無性に恥ずかしくなり総悟がうつむくと、羽鶴は自然と総悟の頭をなでてしまう。
「……子ども扱いされてる?」
「してないしてない。私やなっちゃんはともかく、他の人はみんな最初はさびしいと思うよ?」
なすがままにされている総悟だが、あまりにも優しくなでるものだから抵抗できない。
「そう、なのかな」
「きっとそうだよ。根岸さんなんて最初は大泣きだったと思う」
「根岸さんそんなキャラじゃないよね?」
根岸の泣き顔は皆目見当もつかないが、想像すると失礼ながら笑いを堪えるのが難しい。
羽鶴は総悟の頭をわしわしといじりながら、励ますように囁いた。
「大丈夫、すぐに一人暮らしも慣れるよ。それにここのみんな優しいしにぎやかだから、そのうちさびしくなくなるよ」
「……羽鶴さん」
長く住んでいるからわかるのだろう。羽鶴の言うとおり、ホームシック克服もそう遠くはないのかもしれない。
それはそうとしても頭の感覚がこそばゆい。
「そろそろなでなくてもいいんじゃないかな」
「あ、ごめんね。なんかなでやすくて……」
気分はさながら犬のよう。尻尾があればかなり振り回しているところだ。
「ありがとう羽鶴さん、なんか元気づけてもらっちゃった」
「ふふ、どういたしまして」
顔を上げた先に、初めて見る羽鶴の柔和な笑顔。
改めて総悟は思った。
綺麗な人だなあ、と。
このあとも意外と話が合い、話題がほぼ尽きることなく時間が過ぎていく。
特に勉強関連では異様なまでの盛り上がりを見せた。これが隣人の凛太朗やクラスメイトの琴乃だったらおそらくこうはいかない。
「じゃあたまに夏葉先輩と遊んでるんだね」
「うん、なっちゃんとはゲームとかいろいろ……夜に庭でキャッチボールとかもするよ」
「夜にキャッチボールってボール見えなくない?」
「夜目が利くほうだから平気」
ふと何気なく腕時計を見ると、気づけばもう夕暮れ時。
「もうこんな時間だったんだ。ごめんね長居しすぎちゃったよ」
「平気だよ、今日はもう勉強しないでのんびりするつもりだったから……それより総悟くんこそ勉強時間減ったんじゃないの?」
「大丈夫! 睡眠時間を削れば余裕だよ」
「私が言うのもあれだけど不健康極まりないね……」
玄関先での別れ際、念のため確認してみる。
「今日はありがとう。また来てもいいかな?」
「たまにならいいよ」
「今度は説得しに来るから!」
「それこそたまにならいいよ……」
総悟は自分の部屋に戻り、夕食の準備よりも先に授業の復習に取り掛かる。
「…………」
あのとき見せてくれた羽鶴の笑顔。
それがとても、総悟の心に強く残っていた。