第三話「選抜試験①」
第三話「選抜試験①」
なんでも、 ポリス・イリスには、 想像力の使徒「アポストロス」と呼ばれる人々がいるらしい。
彼らは、 流浪の文士や楽士、 画士で、 ポリス・イリスや、 支部都市を創造物排除執行組織、「アナンケ」から守り、 ポリス・パイオスの市民の救済活動を行うようだ。
えーと、それで………、 アポストロスになるには、 十五歳から十八歳の間に訓練を受け、 入隊試験に合格しなくてはならない。
ふむふむ……。よし、 私がなりたいのはこれだ!
そうと決まったら、即訓練だ!
◇
ユラが初めて訓練に向かったあの日から、 早くも2年と11ヶ月が経とうとしていた。
◇
「おいッ!そこの最後尾!
またお前か、ユラッ!」
「そんなにタラタラしてると、
救える人も救えんやろ!
さっさと走らんかい!」
というわけで、 今日も王教官の、私への罵声が訓練所に響いている。
私がパレス・イリスに来て初めて出会った、 無精髭の巨漢。あれが、王教官で、訓練生を指導している。
「はッ、 ハヒッッッッ!!」
正直、 訓練は辛いし、 私は想像以上にとろいし、 踏んだり蹴ったりの毎日だ。
今だって、 ポリス十周(一周は約三キロある)とかいう謎の体力ゲーをやらされている。
同期は何故か、 優秀なやつばかりで、 なんならもうゴールしている人もいる。(私は後、 3周もある……)
なんとか走りきり、 四足歩行になりながらも同期の元に向かう。
「ユラ!遅い!前回も最下位だったじゃないか。このままだと選抜試験も危ういぞ!」
「はいッッ」
そんなこと、 私が一番焦ってるっつーの。
心の中で、 苛立ちをぶつける。
あくまでも、「心の中」で。
(口に出た時には命はない)
汗をかきすぎて、 ポニーテールにした髪の毛先からも雫が垂れてきた。気持ち悪い。
「……えー、というわけで、 選抜試験は明日行うこととする!」
「以上ッ、解散ッ!」
……?ハッ?え?!今、何ておっしゃいました?!
アポストロス小隊選抜試験は、 通常訓練生が訓練を初めて、 2年と12ヶ月目に行われる。
そして、今はまだ訓練開始から2年と11ヶ月。つまり、あと一月は余裕があるはず…?
「教官!王教官ッ!日付、間違われてますよ」
教官が私を睨みつける。
しかし、 ここで怯んではいけない!
「我々はまだ、訓練開始から2年と11ヶ月しか経っておりません!」
そう発言するやいなや、 教官はため息をつき、 踵を返して去って行った。
え、何、嘘…無視??まさかの論破??
歓喜に震える私に痛烈な一言。
「誰か、その馬鹿を訓練所の外に捨ててきてくれ。本当は今すぐにでも受験資格剥奪にしてやりたいんだが…」
なんですと…?!
すると、私の前にいた気の弱そうな訓練生が言う。
「今年は、 アナンケの侵攻が盛んで、 現役のアポストロスの人数が足りないから選抜試験を早めるって…」
なんですとッッッッ……
戦闘訓練で溝落ちに一発食らった時のように、視界が真っ暗になって、 周囲の音が遠くなっていく。
私は、 その場にヘナヘナと座り込んだ。
「おい、 ユラ。しっかりしろ。
どうせ落ちるもんは落ちるんだ。
早く結果が出た方が良いだろ?」
同期のヤン・リンは本当に歯に衣着せぬ物言いをするなぁ。
たしかに、 座学もイマイチだし、 実践訓練もご覧の通りトロい私だけども、 傷ついてることくらい分かるでしょうが!
あんたは、 想像力をアナンケに取られたんか!と言いたくなる気持ちを堪える。
「ちょっと、言い過ぎ。
ユラ、楽士のクラスではダントツ
トップなんだよ?」
ああ、 女神だ…。
楽士のクラスが同じ、 ロサリアちゃんがなんとか庇ってくれた。
たしかに、 楽士のクラスでは、 成績に関してとやかく言われた事はない。
むしろ、「あなたの声には力がある」とか「素晴らしい記憶力ね」だとか褒められたこともある。
それでも、 明日に突然夢が決まる試験が来るなんて、 不安すぎるよ…
時計の針は午前零時を回っている。
寝られる訳がない。
自分が出来の悪いことなんて自分が一番よく分かっている。
楽士以外の成績を見た感じ、 アポストロスに向いていないことも承知している。
それでも、私は、 初めてこの場所に来た日に見つけた夢を諦めたくはないんだ…!
色々考えているうちに涙が止まらなくなった。
気づいたら、 泣き疲れて眠っていた……
◇
「それでは、ただ今から第150期、
アポストロス小隊選抜試験を行う。
まず初めに、 試験内容を説明する……」
試験監督によると、 今年の試験は、 例年通り、 筆記試験、 実践訓練、 実技試験で構成されるようだ。
筆記試験は、 約三年間、 座学のクラスで習った知識が問われる。
実践訓練は、 試験官の前で、 実際に陣取り合戦や、 戦争ゲーム、 救護活動を行うものだ。
最後の実技試験は、 受験者が文士、 楽士、 画士の中から好きなものを選び、 試験官の前で披露するのだ。
午前十時、筆記試験が始まった。
寝不足で、 全然集中できない。
周りの音が気になる。
焦るな…、 焦るな…、 焦るな…、
「____ジリリリリリリリリリッッッッ」
「筆記試験、やめっ」
終わった。
終わってしまった。
正直、 運を天に任せるしかない出来だと思う。切り替えて、 実技頑張ろう。
「えー、実技試験では、戦争ゲームを行う。チーム分けはこちらで行ってあります。治療メンバーもチーム内から各々選抜して下さい。…えー、
各々、 好きな武器をあちらの倉庫から選んで、 使用して下さい。」
「なお、今回使用した武器は、 合格者は実戦で今後も使っていくものとなりますので、 慎重に選んでください。選択時間は三分間です。」
「それではッ、始めッッッッ。」
「ウウオオオオオオオッッ!」
叫び声と共に一斉に各チームの倉庫に向かう同期たち。
私も「ウウオオオオオオオッッ」と声をあげてつっこんでみたは良いものの、いつものトロさが災して、 倉庫内でもみくちゃにされる。
(ちょッ……、 押さないで、苦しい…!…まずい、 これ圧死するわ…)
チームメイトにより圧死するのを避けるため、 一度撤退し、再び倉庫に足を踏み入れると、 そこにはもはや、 武器と呼べるようなものはもうなかった…。
錆びた短剣数本と、 先程の倉庫内戦闘でつるの切れた弓、 私の身体には圧倒的不釣り合いな大剣…。
使えないよりはマシか…と大剣を選び、 チームメイトの元へ向かう。
「……というわけで、メリッサが医療班。
偵察隊がアンバーと、 ハンニバルね…」
私が到着した時には、 既にリーダーらしきチームメイトが役割分担を終えた時だった。
「あ、 ユラは大剣持ってるし、 とりあえず 前線ね。」
「あ…、 」
まじかよ〜、 前線は基本的に大柄な隊員が担う役割で、 訓練生同士のやり合いでは大体、最初にやられて医療班のお世話になり、 見せ場なくして終了となるポジションなのだ…。
なんで、 お前のほうがデカイだろ!やれよ!
とばかりに、隣の男を見つめたが、 一向に目が合わない。
イライラを隠し、 索敵開始の合図を待つ。
「ピーッッッッ」
偵察組の指笛が聞こえた。
今だっ!!
どうか、巨漢が来ませんように、来ませんように…と願いながら、 敵陣に向けて、ひた走る。
「____ズコッッッッッ」
突然足元の地面が消えた。視界が茶色一色になる。
…え、何。何が起こったの?
見上げると、 青空が丸く切り取られて見えた。
あ、落とし穴か…。
しばらくすると、声が聞こえた。
「おー…かかったかかった。
あー、でも一番トロい奴だ。残念。」
見上げると、敵チームのヤン・リンだった。
いつもに意地悪な茶色の瞳がこちらをニヤニヤしながらのぞいている。
「他は、かかってないの?」
「他は一つもかかっていませんでした。ヤンさん。」
必死に上に登ろうとしていると衝撃的な光景が目に入った。
同じチームの奴らも笑みをたたえながら、 私を除いているのだ。
中には、 同じ前線組のやつもいる…。
「アッハハッ、おっかしい。
こんな見えすいた罠に引っかかるんだ!」
「ちょっと〜、誰か〜助けなよ〜」
「え〜もう、トロいし、助けても
役に立ちそうにないから置いていこうよ…」
「は〜、また、ユラか…」
王教官の姿まで見えた…
もう限界だった。
私だって、 好きでこんなトロいわけじゃない。
何より、「助けても意味がない」という仲間の言葉に自分自身が一番納得したんだ。
情けなくて、 情けなくて、 穴があったら入りたかった。(後から思い出したら、 この時、既に物理的に穴に入っていた。)
ボロボロと涙が溢れる。
それを見て、 さらに冷やかしが加速する。
私は無我夢中で穴を登った。
恥ずかしくて、 消えてしまいたかった。
こうして、最悪な成績、最悪のメンタルで実践訓練は幕を閉じた…
ここまでお読みいただいてありがとうございました。
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