レイト
「遅いな・・・・・」
スマホの画面に視線を落とし、俺は顔をしかめる。
またこのパターンだ。
アイツが俺を呼び出すくせに、俺はこうして待ちぼうけを食らう。
幾度となく繰り返されてきたこのルーティンに、俺はいい加減飽き飽きとしていた。
アイツの気まぐれな性格は今に始まったことではない。
なんせ俺とアイツは古くからの仲。物心ついた時から、俺はアイツに振り回されてばかりだ。
こちらの呼び出しをアイツは無視するくせに、アイツの呼び出しに俺は抗うことができない。
それは生まれた時から既に決まっていたこと。覆すことのできない自然の摂理のようなものなのだ。
「間に合うか・・・」
タイムリミットがすぐそこに迫る。
あと5分。それ以上は、俺はアイツを待つことができない。
アイツがそれまでに姿を見せなければ、俺はアイツを見捨てることになる。
それは俺も望むところではないが、長年の経験がアイツは今日も間に合わないことを知らせていた。
「はあ・・・」
内側から鍵がかけられた完全なる密室。
アイツさえ来てくれれば、俺はここから出ることが出来るというのに。
アイツを待つこの時間。
俺はいつもくだらないことを考える。
今日は何を食べようか。今度の週末は何をして過ごそうか。あの頃は楽しかったな。疎遠になったあいつらは元気にしているだろうか。
俺はどうしてこんな仕打ちを受けているのだろうか。何か悪いことをしただろうか。
いつから俺は、夢を見ることを止めたのだろうか。
そして決まって最後に思い出す。
「迷路を解く裏技を知っているかい?」
あの人の言葉を。
「ううん。知らない」
彼女の問いかけに、俺は首を横に振って答えた。
「それはね、ゴールから始めることさ」
「え!?そんなことしていいの?ずるじゃない?」
当時の俺は無邪気にそう尋ねた。
彼女は少し考える素振りを見せ、それから優しい顔でこう告げた。
「いいんだよ。人はゴールが見えないと不安になる生き物だからね」
そんな彼女の不思議な言葉を、俺は時折思い出すのだ。
(ゴールから、か・・・)
果たして俺はゴールに近づいているのか。ふとそんなことを考える。
そもそもゴールは何処にあるのか。あれから歳を重ねた今も、それすらピンときていない。
未来の自分はゴールに辿り着いているのか。
未来の自分は今の自分を見てどう思うのか。
そんなことを考えていた時。点と点が繋がるような、そんな不思議な感覚があった。
(・・・・・そうか、逆だ)
あれから年月を重ね、あの頃の自分から見れば未来の自分となった今。
なぜあんな事をしたのか。なぜあんな事で悩んでいたのか。そんな風に思うことが多々ある。
しかし、それらが合わさったことで今の自分がいる。
今の自分と過去の自分は、一本の道で繋がっているのだ。
今の自分の行動の全てが、ゴールへと繋がる一本の道を築いている。
(そうだ、手遅れなんてことはないんだ)
無数に伸びる道。その内の一つだけが光りだす光景が頭に浮かび、体が自然とリラックスするのを感じた。
丁度その時。
(!)
新たな気づきを祝福するように、アイツが顔を出した。
それから少しして、ポチャンと綺麗な音色が奏でられる。
「・・・・・・やばい、遅刻だ!」
押し寄せる快感に身を震わせた後、我に返った俺は慌てて飛び出した。
アイツの存在を、綺麗さっぱり水に流して。