テレビ
キッチンに移動してきて冷蔵庫を開ける。
とりあえず、さっきの不可思議で非現実的な現実を一旦忘れることにした。
正直言って、今にもパンクしそうな頭で考えても何が何だか分かったもんじゃない。思考がショート寸前だ。それに――ルフと同様、俺も腹減った。
冷蔵庫の冷気が俺の思考を冷やしてくれる。
覗き込むと中には肉や野菜や卵が豊富に、とまでいかないが、野郎の一人暮らしならそれなりに入ってる方だと思う。
その中から、今から作るご飯に必要な食材を取り出すと、俺はリビングの方を振り向き、こう聞いてみた。
「ルフー、今日焼きそばでいい?」
ソファーの背もたれからルフが顔を出す。
その顔はきょとんとしていて、頭に?マークがいっぱい浮かんでそうだった。おそらく、焼きそばが何なのかが分かってないのだろう。
なので俺は焼きそばが何なのかをざっくりと説明した。
「美味いぞ焼きそば」
美味いよね、焼きそば。それに美味いだけじゃない。早い、簡単も揃った俺の中で最強の料理だ。高校の時から数えると作った回数が断トツで多い。いつもお世話になってます!
すると俺の思いが伝わってくれたのか、ルフはにっこりと笑って、うん、と頷いてくれた。
そんなルフの顔がとても可愛らしく、俺は見栄を張るようにこう言った。
「俺が作るんだ、最高に美味しいぞ」
まあ、誰が作っても一緒だと思うけど。そこはほら、隠し味に愛情をたっぷりと……それはそれで嫌だな。何処ぞの野郎の愛情が入った料理なんて食えたもんじゃねーよ。
ああ、そうだ。
冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックを取り出す。
そして、俺がいつも使っているコップを念入りに洗った後、オレンジジュースを注いだ。
それを持ってリビングに戻り、ルフの目の前にあるテーブルに置いた。
「すぐ出来るからちょっと待っててな」
俺を見上げるルフの頭をぽんと一撫でし、テレビを点ける。
チャンネルを変えていくが、面白そうな番組は無さそうだ。
そもそもルフが見ていて面白い番組があるのかは疑問だが、困った時のあれだ。教育番組。
鬼といってもまだ子供。教育番組なら空腹を紛らわせる時間くらいは稼いでくれるだろう。そう思い、チャンネルを回す。
『テレビの前のみんな! 元気良く挨拶をしようか! せっーの、おはようっ!』
『おはよ〜!』
朝の再放送でもやっているのだろうか。
テレビには全身タイツのおっさんと進行役であろうお姉さん、マスコットキャラクターだと思われる翼の生えた猫? 虎? のようなものが映った。
『んー? 聞こえないぞ。さあ、もう一回! せーのッ、おはよう!』
『はい、おっはよ〜!』
両手を使い、呼びかけるようなジェスチャーを交えたおっさんとそれに続き声を出すお姉さん、棒立ちのまま動かないマスコットキャラクター。
そんなアンバランスな映像を、ルフは不思議なものでも見たとでも言いたそうな表情で食い入るように見ている。
面白そうかどうかは別として、興味を持ったのなら上々なんじゃないか。
『よおし、みんないい返事だ。さあ、今日も元気に始めよう! お子様体操~!』
俺はキッチンへ戻ると、テレビから聞こえるおっさん達の声をBGM変わりに、料理を始めた。
なんだか懐かしいな。俺もちっちゃい頃、テレビをかじりつくように見ていては、親父によく叱られたっけ。
そんな昔のことを思い出し、なんだか照れ臭くなりつつも肉と野菜を切っていく。
それにしても、お子様体操か。捻りも何もねーじゃねーか。
『足を半分開いたら、後ろに回し、そこから一気に弧を描くように、高らかに。はい、キック、キック』
『はいキック、キック』
たん、たん、と一定のリズムを刻んだ曲が流れ、おっさんがそれに合わせて掛け声を上げ、お姉さんがそれに続く。
『相手の首を切り落とすみたいに、はいワンツー、ワンツー』
『はい、ワンツー、ワンツー』
それとは逆に俺の握る包丁の音がダンという音をたてて止まる。
『次は相手の急所を蹴り上げるように足を上げていくよー、はい、キック、キック』
俺は聞こえてくるおっさんとお姉さんの声を幻聴だと言い聞かせ、再度手を動かそうとしたが、次に聞こえたフレーズで俺の我慢が限界を突破した。
『急所に男も女も関係ない、一発必中の力がそこにある』
『相手の急所は潰れてるっ』
な、何ちゅーもん放送してんだよ! ぶっ壊すぞ!
何だよ⁉ 首を切り落とすみたいにって⁉ 危うく自分の指切り落としそうになったわ!
大体これ何の体操何だよ⁉ お子様体操だよね⁉ お子様に何急所狙わせてんだよ! 既にこっちは食らったんだよ、一発必中の力ってやつをな!! それとまだ潰れてねえよ! いい加減にしろっ!!
俺はあまりにお下品なこの放送を消すため、リビングに戻ってリモコンを握ると、ルフは名残惜しそうに声を漏らした。
「……あっ」
え? もしかして見たいの? まじ?
いや――思い出してもみろ。ルフくらいの時は俺もこういう下品な番組が好きだったじゃないか。
下品な番組を見ては親父と笑い合い、ちょっとエッチなシーンになると二人で鼻の下を伸ばしてたじゃないか。
もしかしたらそこも男も女なんて関係ないんじゃないか。勿論、人と鬼っていう垣根も存在しない。
そもそもちっちゃい子なんて、うんちやち○ちんで爆笑するようなもんだぞ。
それを一緒に笑ってくれる大人が側にいて、初めて子供は成長をするんじゃないか。俺もそうだった。あんな大人にはなりたくねーなって歳を重ねるごとにそう思った。
あれ? 結局それってダメなんじゃね?
『最後はヒットアンドラン。全速で逃げるためにダッシュをしよう』
テレビに映ったおっさんとお姉さんは全速で走るようにももあげをしている。
マスコットキャラクターは相変わらず棒立ちだ。
そんなカオスな場面をルフはかじりつくように見入っている。
ははっ、ルフを見てると何だか昔の俺にそっくりだ。
そう思ってしまい、俺はリモコンをテーブルに置き戻す。そう、邪魔されるのが一番嫌だってことを自分がよく知ってるからだ。
「あとちょっとで出来るからな」
俺はルフにそう告げ、料理を再開するのであった。