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第8話:運命は残酷でした。

 とりあえずサーシャと一緒に坑道を出てきたものの、今後どうするかまでは決めていなかったので、とりあえず彼女に聞いてみることにした。


「そういえばサーシャ、洞窟から出たといっても行く当てがあるのか?」

「さあの、余が何年幽閉されていたのかもわからぬからな。だが、少なくともこの辺りの地は吸血鬼の王国の都であったからな。お主の話によれば吸血鬼は殲滅されたらしいし、当てがない可能性は高いだろうな」

「うーん、そんなボロボロの恰好のまま放り出す訳にもいかないし、そういえば誓約書の内容も俺の言うことには従ってもらうっていうものだしな。よし、いったん俺のところに来ればいい。さっき金を掘り出したことだし、しばらく客人一人を養う余裕位はあるだろう」

「私も、それがいいと思います」

「では、その厚意に甘えることにしよう。余に恩を売っておくと、良いことがあるだろうな」

「安っぽいなあ。別に見返りを求めてるわけじゃないからいいよ。気のすむまで休んでいけばいいさ」


 見返りは別として、とりあえずサーシャを家に客人として迎え入れることにしたので、馬車で一緒に帰ることにした。


 御者はサーシャの恰好を見て相当驚いていたようだが、たまたま坑道に迷い込んだ身寄りのない放浪者を保護すると言って何とか誤魔化した。


 屋敷に戻った後は、とりあえずサーシャを風呂に入れて手ごろな服を着せた。

 もちろん、風呂に入れたり、着替えを手伝ったりしたのはソフィだ。


 ボロボロで汚い身なりをしていても、かわいいと思うほどであるから、ちゃんとした服を着たサーシャはまさに絶世の美少女であった。妹より見た目が若い少女を美しいと思うのは若干問題である気はしたが、やはりそれが吸血鬼の魅力というものなのだろうか。


 ひと段落ついた後、さすがにサーシャを客人として迎え入れるには領主の許可が必要かと思ったので、また夕食の時間で父さんに許可を求めることにした。


「で、今回は何が望みだ。我が領の財政難を救ってくれたんだ。一つくらいなら願いを聞いてやってもいいぞ」


 何も言ってないのに、今回は父さんのほうから切り出してきた。どうやら俺に隠し事は難しいらしい。

 困ったように母さんに目をやると、今回は力を貸してくれるのだろうか、母さんは肩を軽く肩をすくめると、口を開いた。


「まあそんな言い方をしなくても。あの人はプライドが高いですから、本当は自分が解決すべき問題を、息子にあっさり片付けられてしまってちょっと拗ねてしまってるんですよ。ね?」

「ま、まあ。少なくとも感謝しているのは事実であるしな。うむ」


 どうやら母さんの言ったことが図星だったようだ。まったく、女性の勘とは恐ろしいものである。

 必死に取り繕おうとしている父さんに若干同情してしまう。


「じ、実は、その、今日の洞窟探索である女の子と知り合ってね。身寄りがないというから、うちでしばらく客人として迎えようかな……なんて」

「はあ、それくらいなら問題はないだろう。好きにしたまえ」

「何を言ってるんですかお父様!そんなのダメです!ダメに決まってます!だいたい、その女の子って何歳なんですか?」


 予想はしていたが、やはりフィオラが噛みついてきた。

 俺のことを考えてくれているのはありがたいのだが、女性が絡むといつもうるさいので少しうんざりしてしまう。


「え、えっと……9歳くらい……かな?」

「9歳!?そういえば、先日専属にしたメイドも随分と背が低かった気が致しますわね……。ハッ!ま、まさか、お兄様ったら……そういう趣味ですね?そうなんですね?小さいが大好きなんですね!さては、お兄様にとっては私もそういう対象なんですね!」

「そんなわけないだろ!フィオラは実の妹だし……っていうかそもそも俺にそういう性癖はない!あの子のおかげで簡単に金の在処ありかが分かったと言っても過言ではないからそれに報いようとしているだけだ!いらん誤解を招くな!」

「あの子……ですって?もうそんな軽々しく呼べる仲なのですか?私のことはいつも”妹”としか呼んでくださらないのに……。やはりお兄様は小さい娘が好きなんです!」


 状況は最悪だ。とてもサーシャを紹介する雰囲気ではなくなってしまった。この誤解を解くには一体どうしたらいいんだろうか。

 「無い」ことを証明するのは悪魔の証明とよく言うが、この問題はそれよりも無理なのかもしれない。状況証拠はそろってしまっている。完全にこちらが不利だ。

 このままでは辿り着くのは敗訴、有罪、すなわち犯罪者(立派な紳士)であるッ!


 おお、神よ、なぜ私にこのような試練を与えたもうたのか……。あの日、あなたは私を救ってくれたのではなかったのか……まさにオーマイゴッド……。


 そんなことを心で訴えていたら、必死の祈りが届いたのだろうか、届いてはいないのだろうが、母さんが助け舟を出してくれた。


「まあまあ、落ち着きなさい。よく考えてみれば、身寄りのない少女を放り出すほうが問題ではありませんか。それに、コウタがその子に何か感謝したいというのなら、その気持ちを否定することはよくないことだと思いますわ」


 母さん……俺は今、人生で一番、母さんに感謝してるよ。こんな俺を生んでくれてありがとう、信じてくれてありがとう。


「コウタの女性趣味もまた、決して悪いことではありません。貴族の娘は早い段階で婚約をするものですからね。それを意識して育ってきたのでしょう。むしろ良い心構えではありませんか」


 母さん……俺は今、人生で一番、悲しいよ。


「そうだな、コウタの女性趣味もわかったことだし、その子はしばらく家で迎えるとしようじゃないか」

「いや、父さん。その前に誤解を……」

「お兄様のヘンタイ!私の敬愛するお兄様は、もういないのですね!」


 ソフィはそう言い残すと、ソフィを紹介したときと同じように颯爽と走り去っていってしまった。

 誤解を解くのは無理そうだ……。


 まあ、現状を嘆いてもどうしようもないので、とりあえず両親にサーシャを紹介して、俺は眠りについた。


 最近、やたらと疲れるなぁ。




 翌朝、妙な倦怠感と共に目覚める。昨日あれだけの騒ぎがあったのだ。疲れるのも無理はないだろう。もうひと眠りしようか……。


 いや、昨日の報告書をまとめなければならない。別に期限を指定されているわけではないのだが、早いに越したことはないだろう。

 それに、魔獣を使役しているかもしれない者の存在は見過ごせない。


「問題は先送りにしても解決しないか。うし、頑張って起き……ます……か?」


 一瞬まだ夢の中なのではないかと疑う。先ほどから感じていた倦怠感は疲れによるものではないようだ。物理的な(・・・・)意味で体が重かった。


「う……うぅ。あまり早起きすると寿命が縮むぞ……」


 そんなことを抜かして俺の体の上で眠っていたのは、何を隠そう不老不死の吸血鬼さんだった。


 しかも着ているのは肌着一枚。確か寝るときはちゃんと寝間着に着替えていたはずなのだが、と辺りを見渡してみると、ベッドの脇に脱ぎ捨てられていた。

 というかこの下着、無駄に扇情的だ。誰が用意したのかは分からないが、明らかにこの時代の文化からかけ離れているような気もする。

 いや違う!いまはそんなこと考えてる場合じゃない!


「ちょ、サーシャ!?何でこんなとこで寝てるの!?昨日は自分の部屋で寝てたよね!?そしてパジャマは!?」

「なんだ、そんなことか。いやなに、惚れた男のベッドに忍び込むくらい普通のことだろう。朝っぱらからギャアギャアと騒ぎ立てるものではないぞ」

「いや普通じゃないでしょ!ていうか惚れたってなんだよ!」


 慌ててサーシャを起こそうとしたところで、俺の部屋の扉がノックされる。


「お兄様。入りますわよ。私も昨日、少し言い過ぎたと反省しています。謝らせてください」

「フィオラ!?今はダメだ!後にしてくれないか!」


 いくら何でもタイミングが悪すぎる。せっかく昨日の誤解を解くチャンスなのに、こんな場面を見られてはもう弁解の余地すらない。


 しかし、現実ってのはいつだって非情なものである。


「お兄様!そんなことおっしゃらないでください!一刻も早く、このわだかまりを解消したいのです!失礼し……ました」


 フィオラは俺たちを見ると、一瞬の硬直の後、音もたてずに丁寧に扉を閉めた。


 人生終わった。幸多という人間の二度目の人生の社会的生命は、この瞬間をもって終わりを告げたのである。


 一度目は事故死、二度目は妹に性癖を誤解されて死ぬ、か。俺は余程不運に愛されているのだろうか。


 短い人生だったな。どうせなら一度くらい経験したかった……。


「おい!妹御に見放されただけで人生終わったみたいな顔をするでないぞ!一人の男として、あまりにも情けないではないか!」

「この状況を作った張本人が何言ってんだよ!お前がこんなことしたから俺が誤解されてんだろ!お前なんてやっぱり放っておけばよかったんだ!」

「お前とはなんだお前とは!昔のこととはいえ女王であった余に対して失礼であろう!今すぐ訂正せよ!サーシャと呼ぶのだ、サーシャと!ほら!はやく!」

「誰がお前の名前なんか呼んでやるかよ!」


 今思えば、こんな言い争いをしている暇があったのなら、無理にでもサーシャを引きはがしておくべきだった。

 実際、誓約書の内容に俺の言うことには従うって書いてあったから、俺が一言「出ていけ」と言えばよかったんだろう。


 だが、気づいた時にはもう手遅れだった。


 何かが割れる音が響く。見れば、床には白い陶器の破片が散らばっていて、そこから半透明の茶色い液体も飛び散っていた。

 ソフィは、朝が苦手な俺のために、紅茶(カフェイン)をもってきてくれていた。


 そしてその紅茶を落としたのは他でもないソフィだ。それはつまり……。


「大丈夫ですよ。私は何も気にしませんから」


 今にも擦り切れそうな声でそう言うと、ソフィは誰が見てもわかるほど無理に笑顔を作って、走り去っていった。


 コウタの目は捉えていた。ソフィの目からあふれだした真珠のような涙を。


 俺の中で何かが崩れ去った。サラサラと音を立てて崩れ去った。


 頭の中が、牛乳をひっくり返したかのように真っ白に染められていく。


 まるで修正液のように、その真っ白が俺の思考を片っ端から塗りつぶす。


 いろいろな感情が、飛び出しては消え、飛び出しては消えを繰り返す。


 今は何も考えたくなかった。


「ち、ちがっ!余はこんな事がしたかったわけじゃな……」

「うるさい!ほっといてくれ!もう、いいんだ。もう、いいんだよ」


 俺はボーッとした思考の中で、サーシャを押しのけた。


 サーシャが大粒の涙をこぼしていたのだが、そんなことに俺は気付かなかった。

正直言って、どうでもよかった。


 おぼつかない足取りでタンスに歩み寄り、いつもの服に着替えると、無意識のうちに重い足取りで朝食へと向かった。

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