第6話:更なる面倒ごとが降りかかってきました。
「捕食1000匹超えの熊魔獣が吹き飛ばされた?詠唱は聞こえなかった……無詠唱、つまり魔法?いや、だとすれば人間が発動し得る魔法の威力を明らかに逸脱しているではないか……。貴様、何者だ!」
簡単に捻りつぶせるとでも思っていたのであろうか。声の主は今だ高圧的な態度を取りつつも、全く動揺を隠せていなかった。
「個人情報を聞かれて『なるほどこれは失礼した』とか言ってバカ正直に名乗ることなど有り得ないのだが……実は今、私は気分が良いからな。今回だけは特別に教えて差し上げよう。私はコウタ=バロン=シャロン、領内最高の魔法使いだ。ちなみに、あの魔獣を吹き飛ばしたのは間違いなく私の魔法だ」
「魔法だと?ふざけたことを抜かすな!」
「いやはや、私が読んだ本は半分は正しかったようだな。どうやら捕食数の見分け方は完璧らしいが……魔獣の強さがまるで参考にならない。相当強いとか書いてあったものだから警戒していたが、まさか捕食1000匹の魔獣があれほど弱いものだとは思いもしなかった。これはあとで、執筆した者に改訂を依頼しなければならないかな」
声の主はよほど驚いたのだろうか、しばらく返事は帰ってこなかった。
その代わり、今まで信じられない光景に思考が停止していたソフィがなんとか意識を取り戻して話しかけてきた。
「コウタ様……えっと、助けていただきありがとうございました。でも、びっくりしてしまいました。コウタ様があんな挑発をされるなんて、意外です」
確かに、今までは問題が起こると面倒だったので、なるべく目立たないように、反感を買わないように気を付けていたからな。
前世で俺の不運が原因で起こったトラブルについて友達と皮肉をぶつけあっていたからだろうか、こと相手を苛立たせる言動について、俺は非常に高い技術を要しているらしい。
今まで抑圧されていた皮肉りたい欲求が解き放たれてしまったのだろう。
「ま、まあ、敵に弱気な態度をとるわけにもいかないしな。うん。これくらいでちょうどいいと思うよ?」
「疑問形ですか……コウタ様は戦闘になると性格が変わられる方のですね……」
「確かに普段の俺の印象からは似合わないかも……やっぱ変かな?」
「い、いえいえ、とてもかっこいいと思いますよ?」
「疑問形……」
取り返しのつかない黒歴史を刻んだかもしれないが、ソフィが少しでも気を休められるのなら、やりがいはあったというものだろう。
「貴様……たかが村一番程度の魔法使い風情が調子に乗りやがって!魔獣どもっ、さっさとあいつを食い殺せ!」
動揺から回復してもなお感情が隠せていない声の主がそう指示すると、自分が吹き飛ばされたことに混乱していた熊魔獣が正気を取り戻して襲い掛かってきた。
さらに加えて、先程熊魔獣が出てきた穴から、魔獣化した虎と狼が各1匹づつ、同じく魔獣化した蝙蝠が10匹程度飛び出してきた。
虎のほうは熊と同じく捕食1000匹程度だろうか、狼は捕食100匹ほど、蝙蝠のほうは捕食数自体は多くないようだ。
「なかなかの量の魔獣を用意したものだな」
「フハハハハハ!いくらお前でもこの量では防ぎ切れまい!」
「……フラグ?」
俺はそんなことをつぶやくと、大気エネルギーに働きかけながら、右手を手刀の形にして体の真正面で右上から左下へ、空気を切り裂いた。
すると直後、右手が描いた軌跡にそって風刃作り出され、そのまま直進すると、ちょうど飛び込んできていた熊魔獣を袈裟切りするかの如く真っ二つにした。
断面から血を噴き出しながらそのままの勢いで飛んできた熊魔獣の死体を先程と同じように吹っ飛ばす。
するとその死体の陰から意表を突くように虎と狼の魔獣が襲い掛かってきた。
また風刃を作り出す時間はなかったので、今度は両腕を伸ばして手を開き、それぞれの両掌を魔獣にかざした。
2匹の魔獣は目の前に差し出された獲物に噛みついてやろうと口を大きく開いたが、獲物を口に入れることは叶わなかった。
魔獣が食いつくその直前に、俺は熊魔獣を吹き飛ばすのに使った衝撃波を少し弱めに放ち、魔獣たちの勢いを殺して空中に磔にすると、そこ向かって掌から炎を噴き出して浴びせかけた。
ちなみに炎を噴き出す直前に空気中の水分を集めて水を作り出し、手全体にまとわせていたので、熱いということはない。昔この魔法を使ってやけどしかけたことがあるので、そこら辺は抜かりなく対策してある。
あとは蝙蝠魔獣がキイキイ鳴きながら一斉に襲い掛かってきたのだが、炎を出したまま掌を左右にスライドさせて無慈悲に焼き払う。
「おーい!声の主さんよ!全部倒しちゃったけどどうすりゃいいんだい?」
俺はソフィが戦慄しているのに気が付くと、肩に手をかけて少し抱き寄せて、落ち着かせながら声の主に話しかけた。
「ありえない……ありえない……こんなことあっていいはずがない……」
声の主は魔獣がいとも容易く倒されてしまったのがよほどショックだったのか、俺の呼びかけにも答えずにブツブツと何かつぶやいている。
「あ、あの、コウタ様、守っていただきありがとうございます。コウタ様の魔法が凄いのは十分理解していたつもりなのですが、これほどまでにお強いなんて思いもしませんでした……」
見ればソフィは軽く震えている。
魔獣に襲われた恐怖だろうか、目の前で生き物が殺されたことにショックを覚えたのだろうか、あるいはそれを為した俺に畏怖の念を抱いているのかもしれない。
とにかくここは安心させてやらなければならないだろう。
「大丈夫、ソフィは俺が責任をもって守るから。俺を信じてよ。ね?」
「あぅ……はいぃ……わかりました」
俺はソフィの頭に手を置いてポンポンと軽くたたくと、優しく髪を撫でつけた。
少し恥ずかしかったが、効果はバツグンだったようで、ソフィは顔を赤く染めると、零れ出した涙を隠すかのように俺の胸に顔を押し当ててきた。
俺が理性を完全に手放してソフィを抱きしめそうになった時、タイミングが良いと言うべきか悪いと言うべきか、あの声が響いてきた。
「このこと、覚えておけよ。近いうちに貴様に災いが降りかかるだろう。せいぜい恐怖して待つことだな」
どうやらどこかで監視していたらしい声の主は、このままでは自分が危ないと思ったのか退避することにしたらしい。
「なんだかセリフが小物っぽいし、とりあえず部下をけしかけておいてやっぱヤバいから逃げるとか、完全に子悪党の大将がやりそうなことだな」
俺はそう呟きながら、先ほど倒した魔獣から魔石を取り出した。
魔石は大体胸の真ん中ほどにあり、熊魔獣を両断したときに一緒に切らなくてよかったと安心した。
さすがに蝙蝠魔獣からは採取できなかったが、捕食1000匹の魔石が2つと、捕食100匹の魔石が1つ手に入ったのだ。
これは思わぬ臨時収入として期待できるので、かなりうれしかった。
取り出した魔石をバッグにしまいつつ、ふと気づいてポケットにしまっていたマジック・サーチャーを取り出して見てみると、まだ反応は消えていなかった。
「これはやはり希少鉱石があるということで間違いなさそうだな」
「本当ですか?なら今日の調査は大成功というわけですね!早く確認しに行きましょう!」
短い間に激しい感情の波にさらされたソフィは、今度は喜色満面といった様子で俺の手を掴んで一刻も早く鉱石のある所へ向かおうとする。
「おいおい、急ぐと碌な目に合わないぞ。まだ魔獣だって出てくるかもしれないんだ。十分気を付けて進もう」
「そうですね……私、少しはしゃぎすぎたかもしれません。ハッ!すみません私としたことがつい!失礼お許しください!」
少し冷静になったソフィは自分がコウタの手を握っていることに気づくと直ぐに
手を放して謝ってきた。
俺は内心では手が離れるのが物凄く惜しかったのだが、そんなこと言えるわけがないので、何食わぬ顔で大丈夫と告げると、洞窟の先へと足を踏み入れた。
洞窟の先は少し1本道が続いた後、道が2つに分かれていた。
というより、右の道は上り階段のようになっていて、その先に少し光が見えることから、この洞窟のもう1つの出入り口だと思われる。
マジック・サーチャーによれば、やはり左の道を行った先に鉱石があるとのことだった。
しばらく進むと、ドーム状の小部屋のような場所があった。
はて、こんな場所に希少鉱石などあるのだろうか、とも思ったがマジック・サーチャーは壁の1点を示してピクリとも動かない。
どうやら鉱石の場所はここであっているらしい。
とは言ったもの見ただけでは何の鉱石なのか皆目見当もつかない。
「そういえば鉱脈ってそもそもどんな見た目をしてるんだ?マジック・サーチャーが示している以上鉱石があるのは間違いないと思うんだがなぁ」
そういって何気なく壁にもたれかかってみると……ガコン!
どうやら体重をかけた時に仕掛けを発動させてしまったらしい。壁を見ればもともと何もなかったと思われる壁が、10センチ四方にへこんでいる。
「まずい、何かのトラップが作動したかもしれない、いったん離れるぞ!」
そう叫んでソフィのほうを見る。
ソフィとて何かが作動する音を聞き洩らしたわけではないはずだ。だが、なぜかソフィはその場から動こうとしない。
「ソフィ!早くこい!本当に危険かもしれないんだ!」
「まってください!コウタ様!ここの壁、なんだか隙間があいたと思うんです!」
ソフィが指をさしているので、その先の壁を見てみる。すると、なんと、今までマジック・サーチャーが示していた方向の壁にうすっらと縦線が入っている。
「まじかよ……壁のこの部分が扉になってて、俺がさっき押したのはいわゆる鍵みたいなものか?だとしたらどうやって開けるんだ?」
「とりあえず押してみますか?」
意外と現実的なソフィの意見に従って、壁を押してみる。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
おお、物々しい音が鳴ってはいるが、キャスターがついているかのように岩の扉は簡単に開いた。
よく見てみると、扉の下の床に溝が彫ってあるみたいでそれに沿ってスライドしていき、最終的に真横にずれて新たな道が出来ている。
そして道の先を照らしてみるとそこにあったのは……いや、いたのは……
「どうしてこんなところに人が……?」
初めての戦闘(?)シーンでした。