第3話:運命の出会いがあることを知りました。
第一ヒロイン登場です。
どうやら破裂音は俺の部屋の前あたりの廊下で起こったらしい。
まさか、今になって不運が殺到しているのではあるまいな。と心配になって破裂音のした方へ向かってみると、どうやらメイドが花瓶を割った音らしかった。
花瓶と言ってもなかなか大きいものだったらしく、かなりの量の大きな破片が周囲に散らばっている。
水と花が散乱していることから、花瓶の重さも含めて相当の重量だったのだろうと推測できる。
ふとメイドのほうに目をやると、向こうもこちらに気づいたらしい。全身を細かく震わせて、瞳に涙を浮かべながらも上目遣いで何かを言おうと必死に嗚咽を我慢している。
見ればかなり、というか物凄く整った容姿をしていた。顔は少し丸っこくて、いわゆる童顔というのだろうか?それでも大きな瞳から溢れ出る小動物のようなかわいさは男子の胸を打ち抜くのには十分だった。身長は俺よりもかなり低く、胸のあたりまでしかない。髪は見事なまでに真っ白で腰の上くらいまである長髪をサイドテールのようにまとめていた。
ちなみに真っ白な髪というのは魔術適性が一切ないということで、彼女には魔術の才がないことを、その圧倒的つややかさを裏切って冷酷に告げていた。
瞳の色は綺麗な黒というのが一番の悲劇だろう。せっかく魔法には全適性があるのに魔術が使えないようでは応用といわれる魔法の適性があってもほとんど意味をなさない。
そうやってしげしげと観察をしていると、どうやら思ったよりも凝視してしまっていたらしい。それが彼女を見定めているように捉えられてしまったのか、彼女は涙をこらえて必死に訴えてきた。
「もっもももっもも、申し訳ありませんっ!コウタ様!コウタ様のお部屋に花瓶を運び込もうとしたところ、あまりの重さに腕の力が抜けてしまって落としてしまいました!今すぐ片付けますのでしばらくお待ちください!」
彼女は一息に言い切ると箒をとるためにかけ出そうとした。俺は彼女を怖がらせるのが本意ではないので、引き留めて謝ることにした。
「ちょっとまって。君の名前は?」
「っ!私の名前は……ソフィ……です。ソフィ=フェメデミナ。そうですよね。私こんなことしちゃいましたもんね。荷物は今日中にまとめますから……」
どうやらまた誤解させてしまったらしい。彼女の名前を聞いた理由を、メイド長に報告してクビにするためだと解釈したらしい。まったく、自分の言葉の足らなさをこれほどまでに恨んだ日はない。
「ごめんね?誤解させちゃったかな?ソフィ、君をクビになんてしないよ。まぁメイド長にこのことは報告させてもらうけどね」
「そうですか……。働けるならどんな罰でも受け入れる所存でございます」
あぁ、またひどい勘違いをさせてしまった。
「いや、メイド長には君に何も聞かずに力仕事を任せたのが間違いだと伝えたいんだ。君の髪を見ればよくわかる。君に魔法は使えない。人というものは実は無意識のうちに少しだけ魔法を使っているんだ。メイド長の髪と瞳の色は確か緑だったかな。その力で重いモノを持ち上げるときに、他人より少しばかり軽く感じてるんだと思う。だから力仕事を他人に任せるときは、ちゃんとその人に確認してから任せるよう少し注意をしようと思ったんだよ」
「ふぇ?そうなんですか……ありがとうございます。あっ!箒取ってきます!」
彼女は一瞬ほっとしたように少しぼーっとしてから顔をほころばせて感謝の言葉を述べた。俺はちょっと気恥ずかしくなって顔を少しそらしてしまったが、彼女が再びかけ出そうとしたので、我に返ってあわててまた呼び止めた。
「まって!このくらいなんでもないからさ。俺に任せてよ」
「え?」
俺はそう言うと魔法を使って破片を集めて、まとめてゴミ箱の中に放り込んだ。
「ね?これくらいなんともないからさ」
「あ、ありがとうございます。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
彼女は破片がひとりでに移動するのをさもありえないことが起こったかのように見とれていたが、俺が声をかけると律儀にも感謝と謝罪をした。
「大丈夫だよ。これくらいのこと。手間でも何でもない。それよりも手を見せてくれないかな?さっき一瞬手に怪我をしているのを見かけてね。ちょっとしたおまじないをかけてあげよう」
「え?はい。こうですか?」
そういって彼女は手を差し出した。そこには慌てて破片に触ってしまったのだろうか、傷口からぷっくりと血が盛り上がっている。さらによく見ると、いつも水仕事でもしているのだろうか。もともとしなやかで、ツヤとハリがあったであろう美しく細い指はカサカサに荒れていた。
俺は彼女の手を包み込むように自分の手を重ねると、少し魔力を放出した。
『回復魔法』。それは常人には決してできない芸当だ。人間の細胞に直接魔力を当ててエネルギーを活性化し、回復を促す。原理はわかってもその調節は極めて難しく、たいていの場合は失敗に終わる。
ただしコウタは確実に傷を回復する手段を8歳の時に確立していた。
本の紙で手を切って、回復魔法がないことに不便さを覚えた時から、なんと1か月もの時間と、小さな自傷と治癒を繰り返し、それを身に着けた。
我ながらなかなかの努力をしたと思っている。
そうして彼女の手の傷を治してやると、予想通り、そこにはとても美しい指があった。
「ありがとうございます!コウタ様はとてもやさしいお方なのですね」
彼女はそう言うと心底嬉しそうに微笑んで、小さく礼をしたあと、廊下の奥へと歩いて行った。
「無理はするもんじゃないよ。辛くなったらいつでもおいで」
俺はそういって彼女を見送ると、自分の部屋に入って椅子に勢いよく腰かけ、深い深いため息を吐き出した。
正直に言おう。惚れた。彼女の笑顔に。
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ソフィと知り合ってから3時間ほどした後、俺は例のことをメイド長のバルバラさんへ報告するために、メイド達の休憩室へと向かった。
休憩室の前に着くと扉が少し開いていた。俺だってさすがに女性たちが気を休めているところにずかずか入っていくほど空気が読めないわけではないので、部屋の扉をノックし――ようと思ったところで、部屋の中から怒声が飛んできた。どうやらメイド長がお怒りのようだ。少し様子を見ようと思って失礼だと思いつつも扉の隙間から中を覗いてみる。
どうやらソフィがメイド長に怒られているらしい。メイド長は左手を腰に当て、右手を数字の1の形にして上を向け、くるくるさせている。一方ソフィはと言えばうなだれて何も言えない様子だった。
「まったく!この家に仕えるものとして恥ずかしいと思いなさい!いくらコウタ様が優しいからと言ってそれに甘えたらメイド失格です!自分で花瓶を割っておいてその後始末を人にやらせるなんて許されるのは子供までです!それに手まで治癒してもらったなんて!魔法を使うのだってタダってわけじゃないんです!あなたなんかのためにコウタ様の貴重な魔力を使わせるなんて言語道断ですよ!」
「すみません……」
これはなんともバツが悪いというかなんというか。俺の親切心で半強制的にやったことで彼女が怒られるなんて思いもしなかった。これは彼女のために一刻も早く誤解を解くべきだろう。
意を決して扉を勢いよくバーンと開いて休憩室に押し入る。ノックなんてこの際些細な問題だ!びっくりしたような視線が突き刺さっている気がするが今はそれを感じている暇はない。
「まってくださいバルバラさん!割れた花瓶の片付けとソフィの手の治癒は俺が判断して行ったことです。バルバラさんの主張もわかりますが、俺がやりたくて勝手にやったことなのでソフィを責めないでやってください。それから、ソフィは一人の人間です。俺のために頑張って花瓶を運んでくれた人を労うための魔力は決して無駄なものではないと、俺は思います」
俺は生まれて初めて年上の人に激しく自分の主張をぶつけた。そうするとバルバラさんは以外にもあっさりと認めた。俺が直接言ったのが大きかったのだろう。
「そうですか……コウタ様がそうおっしゃられるなら、きっとそうなのでしょう。ですが私はメイドとして、主人の手を煩わせることは恥ずべきことだと考えます。どうかこの道のプロの意見としてお納めください」
「確かに、バルバラさんの主張にも一理ありますね……。……ところで話は変わるんですけど、今日来た本当の目的を話したいです。5分ほど時間をもらえますか?」
俺は主人を前にプロ精神を明示したバルバラさんを否定せず、そういう意見もあると受け止めると、今日来た本題についてさっそく切り込んだ。
俺が例の説明を終えると、バルバラさんは少し驚いたように目を見開いたが、すぐ納得したような表情を見せると了解の意を示した。
そこで俺は、ある提案をする。ここに来るのが3時間ほど遅れた理由。それはこのことをずっと迷っていたからである。迷いに迷った挙句俺はそうすることにした。
ヘタレなどとは言う無かれ。
「ソフィ、俺の専属メイドになってくれないか?」
『え?』
その場にいる俺以外の全員がなんとも間抜けな声を漏らした。そう。なんといっても俺の提案は全く下手な冗談と間違えられてもおかしくないものなのだ。
専属メイドとは、一般的に、主人がその人の仕事を信頼し、全幅の信頼がおける相手に依頼するものだ。現代風に言うとマネージャーのようなものに当たるだろうか。もっともその仕事は予定の管理からお茶出しまで多岐にわたる。専属メイドになった者は普段の仕事はせず、起床から睡眠まで、四六時中世話をするのだ。
「それは本気ですか?コウタ様、まだソフィはメイドとして新人です。普通の仕事も満足にこなせないのに、専属メイドなど務まるとは到底思いませんが……」
バルバラさんはなんとも納得しがたい表情で、その場の全員の意見を代表して発言する。
「そうだな。確かにソフィはまだ未熟かもしれない。でも俺は今日ソフィをみて思ったんだ。見ての通り彼女には魔法が使えない。だから普通のメイド仕事はむしろ満足に行かないだろう。だが、専属メイドなら力仕事はない。彼女の至らない部分は、なぁに、俺が教える。俺は今まで全部一人で予定を管理していたんだ。ソフィができるようになるまで見てやることくらい手間でも何でもない。それに俺自身ソフィの成長が楽しみなんだ。なんでも魔法で解決出来ちゃう俺に、それが全く出来ない女の子はどうするのか……ね?もちろんソフィが拒むなら強制はしないさ」
まぁ見事に論理だてたものである。半分本音だが半分建前など口が裂けても言えない。ソフィと少しでも一緒にいたいからという下心から提案したことを決して悟られてはならない。これは男のプライドにかかわる問題だ。
「まぁ理由はわかりました、そういう事情があったのならば確かに納得します。ソフィ?どう思う?」
いきなり水を向けられたソフィは少し顔を赤らめてしどろもどろになりながら答えた。
「あの……私なんかでよければ……喜んでお引き受け……します」
「ありがとう。うれしい」
おっと危ない危ない、本音が漏れかけた。いずれにしろ願いが叶って万々歳だ。今日は人生で一番良い日かもしれない。
よし、今日の夕食の時に早速両親に報告しよう。
「これからよろしくね」
「はい。精一杯尽くさせていただきます」
俺が手を差し出して握手を求めると彼女は少しうれしそうに握手に応じのだった。
実は女の子の髪色をいろいろ理由付ける為に髪色が適正に対応するっていう設定にしました。
ソフィのかわいさちゃんと伝わったでしょうか?一人でも多くの人にソフィのかわいさを想像していただければ幸いです。
いやぁ……実にいいです!……よね?