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第1話:神様はいい人でした。

 思わず目を覆いたくなる惨劇。実際ぐっとまぶたを閉てしまった。飛び交う悲鳴も遠ざかっていく。自分の死が迫っているのだと伝えてくる。


 ふいに記憶の映像が終わった。死んだということだろうか?走馬灯を一通り見終えて、彼の心境は……以外にも穏やかだった。

 それは昔から覚悟していたことだった。自分にとって不運とは、常に引きはがせないもの、呪いのようなもの、一生背負っていく枷だと思っていた。

 だからむしろ他人より幸福を最大限感じ取り、最大限喜ぶことができるようになっていた。彼の心はそうして正常に保たれていたし、周りも決して彼の心を壊すようなことはしなかった。


 思えば俺の友達は、俺が明らかに不運で、周りにそれを振りまいていても俺を責めるようなことはしなかった。確かに「疫病神」なんて呼ばれたこともあったし、不運関連の二つ名なんて次から次へと生まれてくるので覚えていないほどだ。ただそこには害意なんてなかった。彼らはコウタのことも一人の友達として接した。

 コウタはその事実に気づいた日、感動で眠れなくなった。翌日、寝不足でできたクマと泣きはらした赤い目で学校へ行ったら「ついに人外になりやがったか」とか言われたけど、結局そのあとも絡んでくれる友達が嬉しくて仕方なかった。なんで俺なんかに構ってくれるんだ?など無粋だろう。聞けなかった。そこにはきっと、海より深い人間の、いや子供の純真さが詰まっていたのだろう。


 それは両親も同じだった。俺が飛び出して轢かれそうになった車の運転手とはいちいち30分以上は話し合っていたようだし、学校で大きな問題が起こるたびに謝罪と対策をお願いをするために学校に行っていた。「あの子の不運は生まれつきなんです。そのうち命すら危うくなる事態に巻き込まれるかもしれません。何卒、何卒よろしくお願いいたします」と。

 コウタはそれを迷惑とも思わなかったし、そこまで自分を心配してくれる両親に感謝していた。


 コウタがそんな感傷に浸り、涙をこぼそうとすると、頬を熱いものがよぎる感覚があった。それは間違いなく涙だった。


 いつの間にかコウタの体は元に戻っていて、問題なく動けるようだ。周囲の世界は暗い空間から一転、何もないことは同じだが、今度は白っぽい光に満ちた世界になっていた。


 コウタがあまりの変化に瞬きをして自分の体を触ったりしていると、声が聞こえてきた。


「なんてかわいそうに」


 声は水面のようにとても静かで、でも、どんなに周囲がうるさくても、たとえ耳をふさいでいても確かに響いてくる気がして、人とは一線を画すような威厳があったが、相手を言葉だけで抱きしめるような包容力もあって。

 コウタはそんな声のした方向を振り返る。


 そこにはあごにひげをたっぷりと蓄えた80代くらいのおじいさんがいた。顔はヨーロッパ人らしい、さぞ若いころはイケメンだったであろう彫りの深い顔で、かなりしわが入っていてその深いしわの1本1本から長い年月を感じさせた。

 純白のヴェールをまとっただけのような体はかなり露出度が高く、彼の老人のような顔には似合わない、まさに筋骨隆々と言った感じの、その健康的な肉体を惜しげもなくさらしていた。


「おじいさん、誰ですか?俺は死にましたか?」


 コウタはしばらくその「男」として完成しているような人物に同じ男として尊敬にも似た深い感慨を受けていたのだが、ハッと自分の状況に気づいて尋ねた。


「私の存在は一言で表すのが極めて難しいが、端的に言ってしまえば神だ」

「神?やっぱ俺は死んだんですね……お迎えに来てくれたというわけですか」

「ああそうだな。コウタ、お前は死んだよ。少なくともあの世界の肉体ではね」

「肉体ではって意味ありげですね」


 コウタが現代日本人の共通スキルと言っても過言ではない、超常的な現象への冷静な理解と対応力で質問すると、神はこの世界の真相を話し出した。


「そうだな。人の魂というものは基本的に不滅なんだ。輪廻転生の如く、古い肉体が死ぬと新しい肉体へと定着する。その中継をするのが我ら神の仕事なのだよ。そしてその段階で神はその人間の魂に刻み込まれた人生を呼び覚まして見極め、善行を重ねたものは良い家庭へ、悪行を重ねたものにはすこし苦しい状況へ生まれさせてやるのだ」


 突然告げられた転生の真実にコウタは少し戸惑ったが、すぐに理解して、単純な疑問を告げた。


「俺の人生はどうでしたか?次はどんな環境に飛ばされるのですか?」


 神は目を細めて数秒考えるそぶりを見せると口を開いた。


「いや、わたしも君のような不遇な人生を歩んできたものは見たことがないから、正直に言って対応を決めかねているのだよ。君は確かにその体質のせいで周りに迷惑をかけていたが、それには悪意があったわけではないし、むしろ事あるごとに自責の念に苛まれていたようだな。実に可哀そうだ」

「はぁ、そうなんですか。俺から言えることは何もありませんが、神様からも同情されるほどの不運って……俺って本当に可哀そうなやつなんだな」


 コウタが一目見てわかるほど落ち込み始めたのを見て、神はいたたまれなくなったように判決を下した。


「それでは、君に来世では目いっぱいの幸運を送ってやろうか。しかし、今の君(・・・)はそれでは救われない。だから特例として君の記憶を魂に残したまま転生させてやろう。残念ながら混乱を避けるため君が暮らしていた元の世界に戻すことはできないが、ある程度文明が進んでいる他の世界へと送ってやる。おお、そうだ、一つ願いを聞いてやろうか。なんでもいい。言ってみなさい」


 コウタは刹那の逡巡の後にこう答えた。


「では、来世でも”幸多”の名を引き継ぎたいです」


 すると神はまるで予想もしていなかったとでも言うようにように目を大きく見開いた。


「そんなことでよいのかね?私は君に何者にも勝る力を与えることだってできるのだよ?」

「神様。お言葉ですが俺の名前を”そんなこと”というのは少し心外ですね。この名前は俺の大好きな両親が何日も何日も頭をひねって考えた大切なものなんです。それだけ込められている願いも深い。俺はこの名前が気に入っています。だからどうしても、来世でも”幸多”として生きていきたいんです」


 神は途端にすべてを包み込む優し気な表情になると、こう言い放った。


「すまなかった。その願い、聞き届けてやろう。詫びと言ってはなんだが、君に二つ、力を授けよう。まずは一つ、”どんな言葉も理解できる”ようにしてやろう。人と人の間の身近にして最大の障壁、言語の壁を破ればどんな人とだって分かり合えるチャンスがあるということになるだろう。そして二つ目、君には”最強の可能性”を託す。君が本気で鍛えれば、どんなものにも勝る力を得られよう。もちろん、平穏に暮らしたいならその力は獲得せんでもよい。自由に、君の幸せのために使いなさい」


 神がそこまで言うとコウタの体が光に包まれ、徐々に下へと下っていく。コウタは感謝を伝えようとしたが、もうしゃべることはできなかった。

 代わりに最後にこんな言葉を聞いた。


「神の名において、かの者に幸福があらんことを」


 それは、この気の遠くなるような長い長い人類史の中で初めて人間に与えられた「神の加護」だった。

次回、転生します。少しの間彼の周りの状況を説明するために文章が書かれると思いますが、ご容赦を。

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