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第13話:先生は尊敬できる人です。

 あれから、キュリオを屋敷まで連れてきたところまでは良かったのだが、勝手に動物を連れてくるなとジーヴスさんに軽く怒られてしまった。

 何らかの病気を持っているかもしれないとの心配だったのだが、俺が病気を治せるからと説得して、なんとか許して貰った。


 隠し事はあまりしたくないのだが、キュリオの正体を明かすのはまだやめておきたい。

 「降霊術が使える少年と、その降霊術によって生み出された知能ある猫がいる」なんて噂が広がったら、国の魔術師や秘密結社なんかに狙われる可能性がある。

 家族や領民の人たちをトラブルに巻き込みたくないし、裏世界の住人に追いかけ回される生活もしたくない。


 皆の安全のためにも、当面はキュリオに普通の猫の振りをしてもらうにした。


 ついでに、使用人に猫アレルギーの人がいないのか確認して、今後は猫のエサを用意して欲しいとジーヴスさんに言付けを頼んでおいた。


 それから、キュリオをあまり人の目にも触れさせたくないので、俺の部屋へ一直線で向かうと、基本的にキュリオはずっと俺の部屋にいてもらうように頼んだ。


 それだけでは、キュリオを監禁しているみたいで悪いので、とりあえずは窓際にクッションを積んでちょっとした寝床を作ってあげた。

 普通の猫と違ってそこらに排泄物をまき散らす心配がないので、その点は非常に助かった。


 こうしてひとまずキュリオに関わる心配の種を解消した俺は、早速カール先生に事の次第を報告することにした。


 カール先生は自分の部屋で何やら怪しげな液体を混ぜ合わせていたのだが、半ば強引に俺の部屋へと連れてきた。


「坊ちゃん、私も決して暇なわけではありませんのじゃ。早くあの薬の納品をしないと、私の生活費がピンチなのですじゃ」

「薬づくりなら俺が後でお手伝いしますから。今日は新しく作った魔術について、少し話し合いたいと思ってるんです」

「ほっほっほ、なるほどそういうことでしたか。坊ちゃんの魔術をこの目で見られるのならば、少しとは言わずいくらでも時間を作りますのじゃ。先に言ってくれればいいものを、坊ちゃんも意地悪な人ですじゃ」


 カール先生も悪い人ではない、というかむしろ凄く良い人なのだが、魔術や魔法のことになると周りが見えなくなるタイプの人なので、俺の部屋に来るまであえて話さずにおいたのだ。


「それで、今回俺が作った魔術は、先日話していた使い魔を作る魔術です」

「まさかまさか、使い魔は理論的に不可能という結論が出ましたのじゃ」

「うーん、見てもらったほうが早そうですね。キュリオ」


 キュリオの名前を呼ぶと、今まで窓際で日向ぼっこをしていた黒猫が、まずは四つ足で俺と先生が対面して座っている机の下までやってきた。

 それから、猫特有の脚力で机の上に飛び乗ると、今度は二本足で立って先生の方を向き、片方の前足を胸に当てて恭しく一礼した。


 よく訓練された普通の猫ではなく、知能ある使い魔だと証明するためのキュリオなりの配慮なのだろうが、これはいささかやりすぎな気もする。


 俺は嫌な予感がしたので、慌てて先生に目をやる。


 案の定、先生は毒殺死体のように白目をむいて気絶していた。


 一瞬心配になったのだが、どうやら命に別状はないようなので、先生の名前を呼びかけながら肩を叩いて起こそうとする。


「先生、起きてください。カール先生、まだ話は始まってもいないんですよ」

「はっ!私としたことが、坊ちゃんの魔術によって作られた猫の使い魔が私に向かって一礼した夢を見ましたのじゃ」

「いや先生、それは夢じゃないです」

「なんと!では坊ちゃんは本当に、伝説級の魔術を作ったということですか」

「ええ、伝説級かは分かりませんが、使い魔の魔術を作ったのは俺です」

「私は何というべきか……」


 先生の反応には楽しませてもらっていたのだが、今回は流石に少し焦った。

 これ以上驚かせると本当に死んでしまうかもしれないので、キュリオに座るように指示して、本題に入ることにした。


「今回は、先生の見解も聞きたいと思ってお呼びしたんです。実は……」


 俺は、どういった魔法陣を組んだのかから、キュリオがケットシーがであることまで、一通りのことを説明した。


「私が聞く限り、あり得ないことがいくつかあるのですが、実際に魔術が成功したことを考えて、そこは納得しましたのじゃ。しかし、ケットシーという生物、それ以前に精霊という存在すら、私でも聞いたことがありませんのじゃ」


 確かに、何となく軽く流してしまっていたのだが、精霊とは具体的にどういった存在なのか、俺にもよく分からない。

 百科辞書みたいな役割も果たしている『魔導書』にすら記述が無かったくらいだから、古代文明より更に昔の種族だったのだろう。


「キュリオ、精霊ってどういうものなんだ?」

「それは人間に言わせれば、人とは何なのか、という物凄く抽象的な質問なので答えにくいのだが、強いて言えば、優れた知能によって魔法を習得した動物、と言えるかな」

「じゃあキュリオは魔法が使えるのか?」

「この体で使える魔法は前世にも及ばないだろうが、全く使えないわけではなさそうだ」

「具体的にはどんな魔法を?」

「吾輩は風を操ることが出来る」

「風を?ってことは大気エネルギーに適性があるってことなのかな?」

「残念ながら精霊は魔法の得手不得手がはっきりしていて、起こせる現象もかなり限られている。人並みの魔法は期待しないでおくれよ」


 とりあえず今わかったことをカール先生に通訳する。


 先生は意思の疎通が出来ることにも驚いていたのだが、魔法が使える動物がいたと聞いて、さらに驚いていた。


「精霊とはなかなか面白そうな存在ですじゃ。ぜひ、ゆっくり話し合いたいものですじゃ」

「キュリオは人語を話せるようになりたいらしいので、そのうち人語を習得したら、また話せばいいですよ」

「ほっほっほ。それはそれは、また生き甲斐が増えましたのじゃ」

「ははは、それなら何よりです」


 そうしてしばらく二人で笑い合っていたのだが、先生は急に真剣な顔になると、明るかった声色を急に低くして俺に話しかけてきた。


「ところで、坊ちゃんはこの魔術を報告しようと思われますか」

「ええ、これまでも、技術的に制作不可能ではない魔道具のいくつかは国へ報告しましたから、今回もそれでよいのではないかと」

「残念ながらそれはやめておいたほうがよろしいのですじゃ」

「どうしてですか?」

「まず、魔術を新しく作った、という時点で追及は免れないのですじゃ。報告した魔道具は既存の魔法陣をいくつか組み合わせた物だったので、新たな魔法陣の使い方を思いついた、と言えばごまかせましたが、今回の魔術は明らかに説明不可能ですじゃ」

「たまたま思いついた、と言うのは流石に無理がありますか」

「ええ、それに、この魔術には魂を支配する部分が含まれていますのじゃ。坊ちゃんが作った誓約書しかり、意思の支配は禁忌と言っても過言ではないのですじゃ。気付かれたときに説明がつかないですし、最悪の場合、仕組みに気づいた者に悪用されますのじゃ」


 確かにそこまでは気が回っていなかった。


 ちなみに、精神支配系の魔術に適性はなく、自分の魔力を直接相手にぶつけることで相手の精神力を介して魂を支配する魔術だ。

 対象の精神力を利用するという特性上、相手よりも強い精神力を持っていないと効果がないのが難点ではあるのだが、サーシャの時のように、相手の合意や名前を用いれば、比較的低い精神力でも支配が可能になってしまう。

 その仕組みがバレれば悪用されることは避けられないだろう。

 そういったことは絶対に起こってはならない。


「今度から気を付けます」

「分かれば良いのですじゃ。まあ、もしその問題が解決したとしても……」

「何かほかに問題があるんですか」

「ええ、国家魔術師ですじゃ」

「国家魔術師?」


 国家魔術師とは、国内の魔術士の精鋭たちが集められた組織で、例の非効率的な魔術研究をさせられている集団だ。


「国家魔術師たちは攻撃魔術にしか興味がありませんのじゃ。恐らく坊ちゃんの考えた新しい魔術より、古文書に記されている微妙な威力の攻撃魔術の解読の方が評価されると思いますのじゃ」

「そこまでひどいことになっていたんですか」

「そうですじゃ。冷静に考えればわかることなのですが、長年の自分たちの努力を否定したくないという意識が働いていると思いますのじゃ」


 そう考えると、国家魔術師たちは一種の被害者ともいえるのかもしれないな。

 となると、俺の魔術の実力を示すには、攻撃魔術を解読したりするのが手っ取り早いわけか。

 だからと言って攻撃魔術は出来るだけ作りたくない。


「坊ちゃんは攻撃魔術の事を考えなくて良いのですじゃ。それよりも、人々の役に立つ魔術のほうがよっぽど価値があるのですじゃ」

「それは先生が昔からずっとおっしゃられていることですよね」

「そうですじゃ。残念ながらこれは魔術師たちの中では異端の考えなのですが、坊ちゃんには間違った道には進んでほしくないのですじゃ」

「いえ、先生には感謝してますよ。先生がそう言ってくれなければ、俺は高威力の攻撃魔術を発表してしまって、それが軍事利用されたりして、自責の念に苛まれる運命だったのかもしれないですから」

「そう言ってもらえると、私も救われますのじゃ」


 先生には悪いのだが、あくまでも自衛の手段として、俺は高威力の攻撃魔法をいくつか作ったことがある。

 しかし、それを今まで先生にまで隠しているのは、ひとえに先生の言いつけがあったからだ。


 事実、世界を俺のせいで戦争の海に巻き込まずに済んだのは、先生の影響も大きい。だから、先生には感謝している。

 『魔導書』で、古代文明が滅んだ原因が魔法のせいだと知ってからは尚更だ。


 これ以上攻撃系の魔術を作ってしまうと、先生の信念を冒涜しているようで気が引ける。


 だけど、自衛手段はもう少し確保しておきたい。


 何故かと言えば、例の声の主が去り際に不吉なことを言っていたからだ。

 敵の言ったことを鵜呑みにするわけじゃないし、恐れているわけでもないが、だからと言って事態を甘く見て後で後悔したくない。


 攻撃魔術が駄目なら、防御系の魔術を研究してみようか。とはいえ防御魔術だけだとジリ貧になってしまう可能性は否めない。


 攻撃も防御でもないとなると、逃亡できる魔術も開発したいものだ。


 となると……。


「決めました。俺、転移魔術を作ります」

「なんなのですじゃ?その転移魔術とやらは」

「ええ、任意の場所に、全く時間をかけずに移動できる魔術です」

「またとんでもないことを。私には全く想像がつきませんのじゃ」

「そうですね。今回の降霊で魂が呼び出されたときに、空間に歪みを感じたんですよ。その歪みが魂の居た世界と繋がっていて、魂が呼び出されたんだと思います。変なものを呼び込まないないために、異世界に繋げる魔術の開発は出来ればしたくないですけど、この世界の中だけで移動できるとしたら、役に立つだと思いませんか?」

「確かに便利になると思いますが、そこまでして移動を短縮して何かしたいことでもあるのですか?」

「はい、移動と言うよりは逃亡です。敵に出会ったときに攻撃魔法で倒すのも一つの作戦ですけど、今の俺には守らなければならないものが多いんです。大切な人を危険にさらさないためにも、確実に逃げられる手段は確保しておきたいと思って」

「なるほど、成功を祈っていますのじゃ」

「ありがとうございます」


 まあ、転移魔法自体はもっと昔から作りたかったんだけど、空間を歪めるなんて想像もつかなかったから、作ることを諦めていた。

 しかし、今回、空間を歪める魔術の糸口を発見したのだ。是非とも開発したい。


 他に空間歪曲系統で思いつく魔法と言えば、超空間収納と空間隔絶型防御結界くらいだろうか。


 超空間収納は正直言って必要ないと思う。俺にはほぼ無限に収納できる例のバッグがあるからな。

 召喚で使い魔を呼び出すのを諦めたのと同じ理由だ。無駄に超空間に手を出して世界を危機にさらしたくない。


 空間隔絶型防御結界の方は、確かに魅力的ではあるだが、今まで使っていたのと同じ系統の結界の方が、遥かにコスパがよさそうだ。

 絶対的な防御が欲しい時は手を出すかもしれないが、今のところそんなに大層なものは必要ない。


 それに、転移魔法を開発するのは逃亡を図るためだけじゃない、いつか叶えたいと思っている夢を実現するために。


 この世界で日本に行くために。

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