プロローグ
初投稿です。至らない部分もあると思いますが、何卒生暖かい目で見守ってください。
暗い……。
いや、これはただ単に暗いと表現すると少し違うのかもしれない。どちらかと言えば「何も感じられない」のほうが正しそうだ。
試しに手足を動かそうとしてみる……が、動かない。否、動かせない。
手足の感覚がなかった。
いや、まてよ?そもそもなぜこんな状態になっている?俺はただどこにでもいる日本人だ。命を狙ったところで大損害を受ける企業や組織なんて存在しないし、俺の身内も、ただの一般市民だったはず。身代金目当てってわけでもないだろう。まさか誰かに私怨でも持たれたか?いやそんなことはない……はず。
そもそも平和にだらけきっている日本という国において、ちょっとやそっとのことではそこら辺の人をさらったりしない。騒ぎになるだけだしな。うん。
ああ、そうか。これは夢か。そういえば夢って人の記憶とか深層の願望とかっていう説があったな。前者でないのは確実だから、これが俺の願望なのか?暗闇に放置されるのが?いや。そんなわけない。きっと疲れてるんだ。今度自分をいたわってやろう。高級な肉でも食おうかな。いやー、スッキリした……よな?
そこまで考えたところで……ふっと自分から何かが流れ出していく気がした。驚いてそこに意識を向けると、見覚えがある映像。あ、これ、俺の記憶だ。
そう、まるで人生を遡るように記憶が流れ出していた。しかも、かろうじて察知できるくらいの超高速で。いわゆる走馬灯のようなものなのだろうか。
人はよく走馬灯の話をするがまるっきり流れが逆方向じゃないか。まったく、自分が注目されたいからって嘘は良くないな。うん。
しかし、そんな俺を2度目も裏切るかのように、記憶の奔流は止まった。見てみると、少しずつ本来の時間方向に映像が流れ出している。どうやら本当に赤ん坊のころから記憶が再生されるらしい。
あ、ごめん、さっき噓つき呼ばわりした人。お前、正しかった。誰か知らないけど。出来心だったんだ。許せ。
ん?てことは俺死ぬのか。そうか。ま、しょうがないよね。何事にも終わりっていうもんはある。それこそが絶対の自然の摂理なのだ。
でもさ、俺まだ18歳なのに……これから始まる、「自由の免罪符」っていう別名を持つ「大学生」って肩書きが目の前まで迫っていたのに。
不運だなぁ。
おっと、これは俺の悪い口癖なんだ。友達に「不運不運なんていってる奴が隣にいたら俺まで幸運が逃げかねないんだよ疫病神さん」ってよく言われてたな。この口癖だって好きで身についたんじゃないんだけどねぇ。ま、人生を振り返ってみるのも悪くないかな?いや、俺の場合気分悪いだけか?いや迷ってても仕方ねぇ。これが人生最後だし、見てみっか。
そうして覚悟を決めると今度は、割とゆっくりとまるで見せつけるかのように記憶が流れ出した。
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「お?その子か?かわいいなぁ。俺たちの初めての子供だ」
「そうね、あなた。抱っこしてみる?」
「いいのか?よしよし”コウタ”。”幸せが多い”って書いて”幸多”だ。俺に似て立派なハンサムになるんだぞ?」
「ハンサムって……少し古いわよ。それに―」
「赤ちゃんにいきなり名前の由来を教えるなんて、相当舞い上がってるのね」と言おうとした母親の目が病室の入り口へ向けられた。
そこにはバタバタと病院には似つかわしくない音をたてながら、(生まれたばかりのわが子を見てはしゃぐお父さんはご愛嬌)よほど慌てていたのだろうか、出入口で息をハァハァ乱しているきれいなお姉…女医さんがいた。
「すみません!赤ちゃんを取り間違えました!」
え?
二人は硬直した。ありえないのでは?そんなこと。
「どうやら検査のために一時預かったときに新人が取り違えてしまったようです。先ほどついているタグを見てみたところ名前が違うということがありまして。お二人の本当のお子さんは今私たちが預かっています!すみません!」
女医さんはガバッと頭を下げて駆け寄ってくる。そして母親の腕の中の子を抱き上げると強い衝撃を与えないように、しかし全速力で、まるで着物を着ているかのようにすり足で行ってしまった。ピューという音が聞こえてきそうだ。
二人が固まってから約10分。赤ん坊が運ばれてきた。どうやら「本当の子供」らしい。なんとも自分の不運を嘆いているかのように泣いていた。
その後てんやわんやがあったがなんとか事件は無事収束した……が、二人の心境は微妙なのもだった。自分たちの子供だと思って名前まで呼んで大騒ぎしたのである。なんだか無性に後ろめたい気持ちになった様子が顔にはっきり見える。
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これが俺の生誕秘話かよ。しょうもねえっていうかなんていうか。おれの不運体質はやっぱり先天性のものなんだな。
そう彼、不喜幸多はとってもとっても不運体質なのである!
その伝説は数知れず、保育園にいた時は急に飛び出して車にひかれそうになるなんていうことは日常茶飯事だったし、怪しい人に声をかけられて危うく無理やり連れ去られそうになったこともしばしば。小学校に入ってからはさらにひどく、一週間に1回はガビョウを踏んでいたし、大好きなパン給食の日はどんなに気を付けたってパンをのどに詰まらせ、むせて、手に持っている汁やらなんやらをこぼす。掃除のときは足が滑って、雑巾を絞った後でかなり汚いバケツの中の水に顔から突っ込んで周囲をびちゃびちゃにしたりしていた。
中学校に入ってからはもう有名人で、「風が吹けば薬屋が儲かる」と言わんばかりに、ひとたび強い風が吹いて体が冷えると見事に風邪に感染して周囲に振りまくし、キャンプファイヤーの時は火だるまになるところだった。あんまりびっくりしたもんだから友達を追いかけてしまった。それはもう恐怖体験だったらしい。病気を媒介し、炎に飲まれかけても死なないので「ファイヤーゾンビ」とか言われた。
そこまできてやっと思い出した。なぜ自分がここにいるのか。
そう、自分はすっかり油断していたのだ。
実はコウタの不運体質は高校に入ってからは割とましになっていた。それこそ一週間に1回ほどタンスの角に足の小指をぶつける程度で済むくらいには。
それを他人が聞けば「え?まし?ドユコト?」と思うが昔のコウタは毎日の激突により小指の骨を粉砕させ、一世代にして未来人に至る危機に遭っていた(人類から小指はそのうち消えるらしい。必要ないので)。家のタンスによって。母親が本気でタンスを処分しようと思うほどに。
しかしそれが周1回で済むなどコウタにとっては大きな変化だ。この不運はだんだん収束してくれるのかもしれない。
だから周囲の人々はみな「これでやっと普通の生活ができる……」と安堵した。
だがそれはいわゆる「嵐の前の静けさ」だったらしい、いまコウタの目の前の記憶ではコウタに向かって大型トラックが迫ってきていた。
不運とは蓄積するものらしい。その高校生活でたまりたまった不運の塊が一気に放出されてしまったのである。そんなもの、それこそ、不運でしかない。
だってコウタはちゃんと歩行者専用道路を歩いていたし、車道と歩道の間には鉄パイプの柵があって時々街路樹も生えていて、その間には衝撃を緩和しそうな腰くらいの高さの植え込みもあった。
普段は真面目で、全く文句の付け所もないような模範社員であった運転手。
たまたま飲み会で寝不足気味。
たまたま同級生の酒に付き合って二日酔い気味。
たまたまどうしても今日中に届けられなければいけない荷物がある。
たまたま彼以外の数少ない従業員はインフルエンザで運転不能。
たまたま抗っていた睡魔は冷酷にもその瞬間に、強烈に彼を襲った。
たまたまアクセルにかかった足と倒れこんだ拍子に回されたハンドルは、そのトラックの巨体を妙技のごとく、わずかその間隔3メートルという街路樹の隙間へと吸い込まれるように導いたのである。
かくしてコウタはなすすべもなく大型トラックの餌食となった。