動き出す時間 #6
今回は少し長くなりました。いよいよ新キャラの登場です。
最深部から歩き始めて2時間くらいだろうか。徐々に木々が低くなり始めたところから鑑みるに、外縁部に差し掛かったところか。幼少の頃、ルージュとよくここに遊びに来ていた事を思い出し、自然と笑みが零れる。
どっちが速く外縁部まで辿り着けるか、よく競争していた。行きは空を駆け、帰りは樹海の地を駆けた。その過程で迷子になったルージュを探しにいった事もあったな……
「――――もう、戻れないんだよなぁ……」
願わくばあの頃に戻りたいと何度思ったか……夢にまで出る程に。
ああ、ダメだな。ここに来ると要らない妄想を掻き立てる、さっさと帰ろう。思考を振り払うように頭振り、龍に戻ろうとする。しかしその時、ふと視界内にこの環境に似つかわしくないモノが映り込んだ。
――何だ?
俺は気配を消して静かに近寄る。そして対象から最も近い樹木に背を預け、ゆっくりと覗いた。
――騎士のような男1人、あれは人間か?弓を持った女と魔法使いらしき女……エルフか。
耳の形状から直ぐに察する。
そして今にも死にそうな人間の男が1人、か。
怪我をしたのだろう。地に倒れ伏した男からは大量の血が流れている。そんな男に治癒の魔法をかけ続ける魔法使いと、深刻な表情で見守る2人。
男の呼吸が浅くなっている。治癒力が弱いのだろう。あれでは長くは持たない。
「まあ、俺にはどうでもいい事だが」
俺はそうつぶやきながら、見つからないようにその場を立ち去ろうとする。人族を助けてやる義理はないし、寧ろそのまま死ねとさえ思う。俺たちの種族を滅ぼしたクソ共にやる情などない――――しかし、
――――本当にこのままでいいのか?
俺の中で何かが訴えた。
また同じ過ちを繰り返すのか?
憎しみのままに全てを失うのか?
あの時の悲劇を忘れたのか?
そして――
《ルージュならどうする?》
俺の中で何かが割れる音が聞こえた。
その音を感じ取った時には既に俺は彼らの前に姿を見せていた。
「君は――」
「乗れ」
騎士の男が放った言葉を遮り、俺は静かに告げる。そして変身を解いた。
眩い光と甲高い金属音と共に白銀の龍が姿を現す。10年前の大戦で負ったであろう傷あとが所々に見えた。2本あった角は片方が折れ、翼もあちこちが破れている。それでも、十分過ぎる程の圧倒的な威圧と風格を漂わせていた。
「なっ!ドラゴン!?そんな、馬鹿な!!ドラゴンはあの戦いで……!」
「あ……あぁ……」
騎士の男が驚愕と恐怖の入り混じった表情を向けている。他の2人は腰を抜かしたのか、その場に座り込みこちらを見上げている。予想通りの反応に少々苛立ち、俺は声を荒げる。
『早く乗れ。そいつを死なせたいのか!』
そう言い放ち、手の平を差し出した。
彼らは震えながら重症の男を抱え、俺の手の平に乗った。完全に思考が停止しているのか、3人は虚ろな瞳を宙に向けている。
『行くぞ』
落としてしまわないように、ゆっくりと飛び立つ。樹海外縁部は龍のサイズにはかなり狭い空間だ。成体の龍は入るだけで翼や角をぶつけてしまう程である。羽ばたかせる翼が木々をバキバキとなぎ倒す音が響き渡る。そうして狭い天井を突き破り、大空へ駆けた。
初期のあらすじから知っている方もいらっしゃると思いますが、ホントは樹海で会う相手は人間の少女という設定にしていたんです。先の展開に行き詰ったので急遽変更しましたが……