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魅了魔王の最強伝説  作者: 長月遥
第二章 竜女の咆哮
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八話

「旦那様は、魔王試験のことをちゃんと知っていらっしゃる?」


 隣に座ったキティから、窺うように下から覗き込まれた。

 ラクスが魔石の仕組みを知らなかったことに、キティは不安を覚えたようだった。基本から確かめていくつもりらしい。


「お前が納得するまで魔王城を育てれば合格。その後で魔王に負ける、もしくは魔力が枯れたら失格、ってぐらいだ」

「ええ、大まかにそんなものですわ。では早速、キティから旦那様への試練です」

「ああ」


 何を言われるのか、緊張してごくりと喉を鳴らす。


「まずは、全属性の攻撃魔法を中級クラスまで使えるようにいたしましょう。何をするにしても、それからですわ」

「そ、そうか」


 少し、拍子抜けした。自分の努力でなんとでもなる範囲だ。『まずは』だが。


「魔王が魔族最強である必要はありませんけど、そこそこ一人でも戦えないと、いろいろ危険ですものね。けど旦那様、ずいぶん偏った習得をしていらっしゃいますわね」

「言わないでくれ」


 理由も口にしたくない。

 キティはふふ、と小さく笑う。幼げな外見にそぐわない、大人びた色香を感じさせる笑い方と表情だった。


「ご心配なさらず。旦那様の魔力の天井はまだまだ先ですわ。本の九割は何もしなくても余裕で埋まります。すべてを埋めるには努力が必要でしょうけど」

「すべて!? 埋まるのか!?」

「埋めてみたいですか?」

「そりゃ、興味はある」


 長い歴史の中で、誰もすべてを埋めたことはないと言われる覚醒の書。神話として語られる初代魔王でさえ叶わなかったと描かれている。

 それを完成させた一人目になる――というのは、歴史に名を残す偉業だ。


(それに間違いなく、エリシアも悔しが――)


「違っげええええ――っ!!」


 ゴッ!


「だっ、旦那様!?」


 いきなり叫んで、壁に額を強打したラクスに、キティの引きつった声が上がる。


「ど、どうされましたの!?」

「何でもねェ!」


 強い口調で、ラクスはそれ以上の追及を遮った。


(落ち付け俺! 確かにエリシアはムカつく! あの高慢な鼻っ柱は絶対叩き折ってやる! だが! 俺の人生はこれからだ! あんな馬鹿女に費やすのは、復讐だけで充分だ!!)


 何度か深呼吸を繰り返し、ソファに座り直す。


(エリシアが悔しがるどうのは置いておくとしてっ、俺が覚醒の書を埋めることに興味があるのは本当だ、うん)


 自分の心に確認してみて、ラクスはうなずく。それから改めてキティを見た。


「努力って、例えばどんなだ?」

「成長期に強敵とたくさん戦うことですわ」

「簡潔な答えをありがとう」


 答えはこの上なくシンプルだった。

 ただし、実際にやるのは面倒くさい。


「俺、努力ってあんまり好きじゃないんだよなあ」


 やろうと思えば、何でも人並み以上にさらりとこなせてしまうがゆえの、ラクスの傲慢な呟きに、キティは深々とうなずいた。


「分かりますわ。キティから見ても、旦那様はとっても器用。得手不得手がありませんもの。基本能力も高いから、一流だと勘違いされがち」

「……勘違い」


 中々に辛辣な一言がキティの口から発される。表情も相変わらずにこやかなままだが、内容は容赦ない。


「ええ、勘違い。努力なくして磨かれる才能などありません。今のままでは、旦那様の行きつく先はただの器用貧乏ですわ! 一流所が集まれば、一気に役に立たなくなるタイプですわね」

「役に立たないって言うな!」

「それを避けるためには、ミスターパーフェクトになるしかありません! 大丈夫、旦那様にはその才格があります。キティも手取り足取り腰取り全力で応援いたしますわ!」

「親父かお前はッ。幼女にセクハラ受けんのとか、すっげえ妙な感じになるからやめてくれ!」

「そんなわけで、まず第一歩、攻撃魔法を覚えましょう!」

「分かった」


 キティにうなずき、ラクスは覚醒の書を取り出す。

 ページ後半の、大量の魔力を注がなくてはならない魔法まで到達することはできないが、属性基本魔法であれば、即死防御を覚えた余りで解放できるだろう。

 エリシアが強固に拒んだので、攻撃魔法には一切魔力を振り分けなかっただけだ。


「あら旦那様。魅了魔法も覚えていらっしゃいませんの?」

「嫌いなんだよ」


 吐き捨てるように答えて、しかし、とラクスは思い直す。


(どうせ使おうが使うまいが、同じじゃないか?)


 魅了魔法にかかっていなかったエリシアとて、結局、ラクスを愛してなどくれなかった。それどころか、信頼さえ最悪の形で裏切った。

 ――だったら嫌な思いをする前に、魔力による偽の愛に溺れた、従順な下僕にしてしまったほうが自分にはいいんじゃないか、と沈んだ気分で考える。

 そもそも、真の友愛を育むことなど、感情がある者同士、不可能なのかもしれない。

 自分の意思がある限り、無償で相手に尽くすことなどあるはずがない。いや、一時ならあり得るかもしれない。何となくそんな空気だった、ということもあるかもしれない。

 だがそれは、所詮その場限りの偽りだ。

 エリシアを愛して尽くしたいと思っていたラクスとて、結局のところ、エリシアを繋ぎとめておきたくてそうしていたにすぎない。

 それは自分のためだ。純粋にエリシアのためだけ、とは言えなかった。


(案外、使われるだけだったのも仕方ないのかもしれねー……)


 ラクスはエリシアが欲しがった物は何でも与えてきたが、本当に彼女が欲しがったのは、そんなものではなかったのだろう。

 言葉にされなかった彼女の欲求を、ラクスは何も見抜けなかった。

 何しろラクスは彼女が自分の生まれや能力に嫉妬していたことを、本人の口から言われるまでまったく気が付けなかったのだ。どうでもいいとすら思っていた。

 そんなラクスの態度は、エリシアにとってまた腹立たしいものだっただろう。それは持っている側の傲慢だからだ。


(俺が気付いてりゃ、もしかしたら変わったのかもな)


 だがそれはそれ、これはこれだ。


(そう思ってたなら思ってたで、言やいいじゃねえか!)


 プライドゆえに言えなかったのは、エリシアの都合だ。総合すると、


「やっぱ許せねえんだよあのクソ(アマ)あァ――ッ!!」

「なっ、なんですの!?」


 いきなり立ち上がり、壁を殴り始めたラクスに、キティはびくっとして身を竦め、ちょっとソファの端に寄った。それはそうだろう。


「はーっ、はーっ。悪い。何でもない。悪い発作だ」

「……キティは今、真剣に精神安定剤の投与を考えましたわ」


 肩で息をしつつ、ラクスはソファに座り直す。掻いてもいない額の汗を手の甲で拭って。


「俺は、魅了魔法を覚えるべきだと思うか?」

「ええ、思いますわ。魅了魔法はとっても便利ですもの。弱い淫魔は強者のオモチャですけど、旦那様は強い淫魔。絶対に裏切らない捨て駒は、あった方が便利ですわ」


 キティの瞳が深い冷酷な光りを帯びる。それは今、ラクスが考えたそのままだと言っていい。

 だが改めて他者の口から発されると、やはり拒否感が勝った。

 そのおかげで使うことへの抵抗感は紛うことなく自分の心の本当だ、とラクスは実感する。


「……俺は、そういうふうには使いたくない」

「あら」


 目を伏せてぼそりと言ったラクスに、キティは直前までの冷酷な光りを消し、ぱちぱちと目を瞬かせる。


「馬鹿だと思うか?」

「いいえ。キティが失礼を申し上げました。旦那様は高潔な方だと思います。できるのにやらない、これは大変な精神力を使うことですもの」


 強力なアドバンテージを捨てようとしていることを、笑われるかと思って構えていたラクスだが、予想外の言葉が返ってきてびっくりする。

 そのラクスに、キティはふんわりと優しい笑顔でうなずいた。


「気高き敵にはそれでよろしいでしょう。けれど世の中、話すことさえ馬鹿馬鹿しい相手もいます。戦闘中、ちょろっと魅了するだけでケリが付いたりしますわよ? そのまま囲うのはお嫌なんでしょうけど、敵の術中にハマるのはただの実力差ですわ」

「……そう、だよな」


 子供の頃とは違う。

 今はラクスも意識して魅了魔法をコントロールできる。

 あまりに地力に差がある相手だと、ラクスの魔力に触れるだけで魅了にかかってしまうのは、生まれた瞬間から宿している体質上、もうどうしようもない。

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