六話
(さて。どこに設置するか)
魔族の支配する西大陸には、町と呼べるものは少ない。集団で寄り集まって暮らす、という習性を持つ種族が少ないためだ。
竜族などは山に棲み、大気中にある魔力を食べて暮らす。木の実や肉、水なども食べることは食べるが、デザート感覚に近い。つまり、なくてもいい。
人型に近い吸血鬼族は、町を作るのではなく、僻地にぽつんと自分だけの屋敷を建て、一族と配下の者だけで暮らす。特に、近くに深い森がある地形を好む。
町を作ってそこに住むのは、楽をしたい怠惰なラクスたち淫魔や、庇護を求める弱い者など。利益が発生すれば共存する。
だが、その数は決して多くはない。
土地開発や何かということをしない魔族の支配する西大陸には、魔王城を建てるに相応しい土地が探せばいくらでもある。
――あるのだが、ラクスは探す手間を面倒がった。
エリシアのために色々していた頃はまったく気が付かなかったのだが――どうやら自分は怠惰らしいと、今更ラクスは自覚した。
幼少期からエリシアにこき使われる生活を送っていたのだ。自覚が遅くても仕方ないだろう。
(淫魔には多い性質だけどな)
普通は、たぶらかした相手に自分の世話をさせる。できてしまうから余計に怠惰になって行ったのかもしれない。
(別に、城なんかどこに建てたって大した違いはないんだし)
なので、カイアスの城の跡地に建てることにした。
建っていた、ということはきっと何かしらの好条件があったのだろう。景観だったらエリシアの魔法で台無しになっているが、まあ、元々自分で選んでもいないので文句はない。
風の包翼で一気に飛び、今は荒れ果てているだけの、カイアスの城跡地に降り立つ。
エリシアの魔法によって生み出された溶岩が冷えて固まり、そこら中でボコボコになって転がっている。豊かさの面影擦らないが、整備も後でいい。
「さて」
独り言ちて、服の内側から魔石を取り出す。
形は直径五センチほどの球形。一見すると、無色透明なのが少し珍しいだけの石ころに見える。
「古き契約に則り、汝を呼ぶ。我が名はラクス=シュテーゼ=ミリアン・アスガフトス!」
決められた文言を唱え、魔石に魔力を注ぎ込む。
すると無色透明だった石ころは、内側から色を塗り替えていく。硬度を増し、光を強く輝かせ、内側で増幅させる性質を新たに持つ。透明度の高い黒色に、星を散りばめたような様々な色合いの混合物。
ブラックダイヤモンドだ。
ふわりとラクスの手の中から浮かび上がると、魔石は一瞬強く発光した後、トッ、と身軽に両の足で地面に着地した。
「はじめまして、旦那様。わたくしはブラックダイヤモンド。まずはわたくしにお名前をお付けください」
膝上スカートの裾をちょっとだけ摘まんで、可愛らしく――しかし優雅に、少女の形をした魔石はそう言ってラクスへと一礼した。
黒髪金目で、白い肌。大きな吊りがちの瞳。小生意気そうな雰囲気だが、容姿の可愛らしさがそれを彼女の魅力に変えている。
年の頃は十一、二。幼女だ。そして――
「何で猫耳……。人猫族?」
「違いますわ。でも、可愛いでしょう?」
「……まあ」
可愛くない、とは言えなかった。
「でも俺、本物主義なんだよなあ」
人猫族は可愛いが、猫耳カチューシャには萌えない。彼女の場合はおそらく本物なのだろうが、自前ではなく、化けてるなり何なりの作り物ということだろう。やっぱり萌えない。
冷めたラクスの物言いに、しかし魔石はまったくめげなかった。
「ふふふ。わたくしの真の姿の愛らしさは、こんなものではありませんわよ。わたくしの真の姿を見たければ、わたくしをたーっぷり、たーっぷり、可愛がってくださいましね、旦那様」
「……」
ラクスは目の前の魔石を見ながら、ぼんやりと思った。不愉快ながら、エリシアと同じことを。
――俺の魔石、壊れてんじゃねーかな……
しかし魔石の交換は一切認められていない。当たってしまった以上、コレと付き合っていくしかない。
「……で、何だよ、名前って。他の魔石を見たことあるが、そんなこと言ってなかったぞ」
エリシアの魔石は琥珀に変化し、化身は穏やかで理知的な老人の姿をしていた。化身出現にラクスも立ち会ったが、名前を付けろとは一言も言っていない。
なので、ラクスもエリシアも魔石の化身のことは、そのままで『アンバー』と呼んでいた。現れた化身をルビーと呼んでいたカイアスも同じだろう。
しかし魔石はクスッ、と笑って。
「それは魔石に好かれなかった証ですわね。よくお考えになって、旦那様。わたくしの姿は、貴方の魔力の結晶ですわよ? わたくしが何であるかを知られるのは、貴方の魔力の質、人柄を知られることと同じ。敵に知られるかもしれない情報は、少なければ少ないだけよろしいでしょ」
「そう……か?」
知られたところで、どうということのない情報のような気もするが。
「わたくしは見目麗しい男性が大好きですの。だから旦那様には特別に教えて差し上げたのですわ。さ、わたくしに名前をお付けになって?」
「……名前、か」
すべてに納得したわけではなかったが、いきなり魔石とケンカするのは避けたい。名前を付けるぐらい、大した手間でもない。
何にしようか、と悩むラクスの目の前で、魔石の猫耳がぴくぴくと震え、楽しげに尻尾が揺れる。
その様子は、確かに、間違いなく、可愛かった。
「じゃあ、キティで」
「仔猫? ままですわねー。……でも、旦那様に呼ばれる名前としては、ちょっと意味深で悪くないですわね。では、わたくしは今日からキティ・ブラックダイヤモンド。よろしくお願いいたしますわ」
言って、キティは再び一礼をして。
「では、いつまでも外にいるのもどうかと思いますし、そろそろ魔王城を作りましょう。場所はここでよろしいんですの?」
「ああ」
「んー……」
辺りを見回し、キティは少しだけ首を捻る。
「元の土地としては悪くなさそうですけれども……。困った魔法を使う子がいるんですのねえ。大地に息を吹き返させるのは、結構手間がかかりますのよ」
細い眉をしかめて言ったキティから、ラクスはそっと視線を外した。
焼いて溶岩を転がした当人はエリシアだが、ラクスもその場にいて黙って見ていたのだから、同罪だ。
「まあ、旦那様ほどの魔力があれば、すぐに緑豊かな庭園が作れるようになりますわね。社会貢献にもなって丁度いいですわ」
(壊されるとき、また誰かに焼かれなきゃあな。いや! 焼かせねーけど!)
魔王試験に合格するのは難しいが、落ちる条件も少ない。
ラクスの目的――『エリシアが魔王になるのを断固阻止する』を達成するには、自分が魔王になってしまうのが一番安全だ。
(それに間違いなく、すっげー悔しがる)
ニヤリ、と唇につい、薄暗い笑みが浮かぶ。
「旦那様。悪いお顔になっていますわよ。それはそれで魅力的なのは大変素敵ですけれども。ああ、やっぱりお仕えするのは美形に限りますわね――……っと、いえいえ、ではなくて。さあ、それよりどのようなお城がよろしいですか?」
キティに訊ねられて、ラクスはきょと、と目を瞬いた。
「どのようなって、選べるのか?」
エリシアの魔王城創成にも立ち会ったが、選んだような記憶はない。何種類かから選べるのなら、エリシアがあの城にするはずもない。
(なんか、細かくちょいちょい違うな)
意外な様子の絡子に、キティは得心したようにうなずいた。
「魔石が勝手にお城を創造したところを見たのですわね? どのような試練を魔王候補に課すのが適当かを判断するのは、それぞれの魔石。きっと魔王城を通じて、伝えるべきことがあったのですわ。住まいが気にならない方はいらっしゃらないでしょう?」
「そうかもしれないな」
キティの読みは外れていない気がした。
嫉妬に凝り固まって、鬱屈した心を何とかしろと、そうアンバーは言いたかったのかもしれない。エリシアの心を城の形に具現化すればああなるだろう、とラクスも当時から思っていた。