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魅了魔王の最強伝説  作者: 長月遥
第一章 裏切りも日常茶飯事
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三話

 二人の本拠であるエリシアの魔王城は、漆黒の、重厚な雰囲気の外観だった。ぐるりと城全体を囲む城壁は高く、侵入者避けに、常に冷気が流れている。


「今日も侵入者はあったみたいだな。まあ、入られてはいないけど」

「みたいね」


 城壁の近くに、凍りついて落下している数十人の姿を見下ろして――しかしすぐに興味を失って視線を戻し、エリシアは庭に降り立った。

 庭は見栄えのする造園を可能とする充分な広さがあったが、現在、そこに華やぎは欠片もない。じっとりと湿った黒土に、ぬるつく苔と僅かばかりの雑草が生えるのみで、雰囲気も薄暗い。庭を整えようとしても、土が草花を枯らしてしまうのだ。

 自分の城ながら、いや自分の居住する場だからこそ、エリシアはこの城の姿を大いに嫌っている。


「わたしの魔王城の核石、壊れてるに決まってるわ。わたしの魔力を受けて形成させる城が、こんな陰鬱なわけないじゃない。種堕ちだからって、どいつもこいつも」


 べちゃりと柔らかい土を踏まずに済むように、と敷いた石畳の道も、早、成長の早い苔に侵食されつつあった。

 イライラとエリシアが靴の爪先で苔を抉る。――と。


「あ! エリシア様、ラクス様、お帰りなさい!」


 庭の一角で花壇を作り、園芸には向かない土と悪戦苦闘した様子が窺える、汚れた作業着の少年が立ち上がり、駆け寄ってきた。

 途端、ふてくされたエリシアの顔が、ぱっと輝く。


「ただいまぁ、ユーグぅっ!」

「わっ」


 自分が汚れるのも構わず、エリシアは駆け寄ってきた少年――ユーグをぎゅうと抱き締めた。そのまま頭を思いきりなでくる。

 その様子を見て、ラクスは溜め息をついた。

 ユーグ・ヴレドア。十三、四ほどの外見の、吸血鬼族の少年だ。エリシア唯一の部下でもある。

 濃いめの金髪と、赤い瞳。白雪の肌。少女のように可憐な桜色の唇。中性的な雰囲気の、甘やかな顔立ちの美少年だ。

 近寄りがたさを覚えるほどの、作り物めいたラクスの美貌とは違い、ユーグのそれは血の通った、安心できるレベルの美しさだった。例えるならば、神が手ずから作り上げた、現世に二つとない最高傑作の彫刻と、新進気鋭の彫刻家が作った最新作。

 ラクスの一族である淫魔ほどではないが、吸血鬼族にも魅了を得意とする者が多い。種族的な特性からいっても、美形が多いのも特徴だ。

 いくら子供で、分類的には同性から見てすらも『可愛い』になってしまう容姿ではあっても、現実問題として男だ。重要な所は一切揺らがない。そこに美醜など関係ない。

 エリシアが抱きつく様を見るのはラクスには大変不愉快だ。しかしエリシアは自他共に認める大の可愛いもの好き。外観は暗鬱なエリシアの魔王城だが、内装はファンシーだったりする。

 可愛いもの好きのエリシアが、自分の城の外観に普通よりも大きな不満を持つのは、無理もないだろう。


(……ま、まあ、アレは犬猫を可愛がってるのと同じなんだし……ッ)


 イラつく気持ちを抑え、ラクスはそう自分に言い聞かせる。

 確かにエリシアはユーグを猫可愛がりしているが、愛しているのはラクスだけだと言ってくれている。彼女の趣味嗜好を否定したくはない。

 エリシアは、ラクスの存在をそのままで認めてくれた初めての女性だから。


「エリシア、先に部屋に戻ってる」

「うん、分かったー」


 振り向きもせず、エリシアはおざなりな口調でそう言った。

 せめてもの自己主張に聞えよがしに溜め息をついてみたが、聞こえた様子すら見せてくれない。諦めて、ラクスは城内へと戻る。

 エリシアに対する不満に苛立っていたはずなのに、部屋に戻る途中で、ふとラクスの脳裏にまったく別のことが過った。


(ああ、そうだ。マジックマテリア作っとくか)


 今日の相手は大したことがなかったので、まだ魔力がたっぷり余っている。魔力を緊急回復するための魔法道具の残数を思い出し、練成しておかないと、と極めて事務的なことを考えた。

 思考が別のことにシフトすると憤りも収まって、今度はまったく人気のない、広い通路が気になった。


「他のことはともかく、使用人や兵士は何とかしたほうがいいのかもなあ。部下一人の魔王とか、虚しすぎる。……けど」


 ラクスは自分自身のことは部下には数えていない。あくまでもエリシアのパートナーだからだ。

 ここ、西大陸を支配する魔族の国――セラクファムハイムでは、主である魔王の座が常に争われる状態にある。魔王候補と呼ばれる者が常に複数存在していて、エリシアもそのうちの一人だ。

 魔王候補とは、魔王となれる可能性のある実力者が選抜され、魔王試験を受けている間の呼称である。

魔王試験を経て合格した魔王候補だけが、現魔王への挑戦権を得て、戦うことが許される。勝利すれば新たな魔王の誕生だ。

 魔王試験の課題はただ一つ。魔王城を完成させること。

 何をもって完成となるのか、その条件は明らかにされていない。前魔王の父を持つラクスでさえも、答えを教えてもらえなかった。

 ただ、城の大元となっている魔石の化身が、やるべきことを教えてくれるので、それに従い魔王城を育てていけば、いずれは合格を言い渡される――ことになっている。

 だが、エリシアは魔石の課題をもう聞いていない。

 配下十人を集め、尊敬されるようになること。そう言われて募集をかけ、集まった数十人が数ヶ月で辞めていったときから、魔石の課題を無視し続けている。

 魔石も頑固で、課題を変えてくれないらしい。

 もっとも、その辺りのことはエリシアから愚痴交じりに聞いただけで、ラクスは今、魔石がどこにあるのかも化身がどこにいるのかも、まったく知らないのだが。


(仕方ないとは思うけどな)


 エリシアは人から馬鹿にされることが嫌いだ。もちろん好きな者の方が少ないだろうが、一般的な範囲より過剰に嫌悪していると言っていい。

 才能溢れる人材だったにもかかわらず、下民出身だというだけで、エリシアは差別と嘲笑を一身に受けてきた。

 魔族の力関係はほとんど実力――暴力で決定するが、概ね『種族』を持つ貴族の血統の方が強大な力を持ちやすい。

 魔族の始祖といわれる七大侯爵の血統は特に、生まれた直後から強大な魔力を持ち、覚醒の書で術を開花させるコストが少なく、魔王を排出することが多い。

 七大侯爵と、彼等と同じ種族を持つ魔族は『純血』と呼ばれ、敬われる傾向にある。ラクスの淫魔も純血に属する。

 それ以外の種族持ちは『雑種』と呼ばれる一般市民。最も数が多いクラスである。

 そして種族特性を持たない者、『種堕ち』。魔力も弱く、肉体的強度も低い、魔族国家における最下級市民。エリシアは種堕ちに相当する。

もしエリシアが純血――せめて雑種であったなら、彼女の現在はもっと華々しいものになっていただろう。

 ほとんど暴力で決定する権力構造ではあるが、だからこそ、新しく異物が入ってくることを上流階級は認めない。自分たちの権力を維持するため、徹底的に排除する姿勢を取る。そしてそれができる実力者が純血には揃ってしまう。

 あったかもしれない未来を、エリシアは常に歯がゆい思いで見てしまっている。

 自尊心も虚栄心も強くて、他人より少しでも優位に立ちたがる。自分の立ち位置を人と比較してでしか確立できない。そういう少女だ。だがそれは、生い立ちゆえに仕方がないことだろう。

 ゆえにエリシアには、誰も付いてこないのだ。自分のことしか見ていないから。


(種堕ちの連中にしてみれば、エリシアは希望の星に等しかったはずだ)


 だから、始めは何十人と人が集まった。

 しかし現在は人気のない、寂れた廊下が広がるばかり。

 エリシアが他人の見る目のなさに悪態をつきつつ、傷付いていることをラクスは知っている。

 自分がエリシアを説得できる立場にあることは分かっていた。言い含める自信もある。

 だがラクスは可哀想だとは思いつつ、積極的に動こうとは思わない。

 その理由はただ一つ。


(俺は、このままでもいいんだけどな)


 『でも』、というよりも、『が』と言うべきか。

 エリシアが誰もが認める魔王になったら、彼女はラクスだけのものではなくなってしまう。エリシアが腹を立てているのは分かっているが、ラクスは現状をそう嫌っていない。

 自室を通り過ぎて、魔道具生成工房へと向かう。エリシアの高い魔力を表し、城は広いし設備もしっかりしていた。

 だから余計に薄暗さの漂う雰囲気と、湿った空気の重苦しさが強調されてしまう。

 エリシアは魔石が壊れていると言って一切認めようとしないが、この魔王城は主の心の映し鏡だ。


(いいんだけどな、俺は。エリシアが性格悪かろうが、趣味が偏ってようが、自分の欠点見せつけられるとマジギレする子供でも)


 エリシアの欠点を見るぐらいの冷静さは、ラクスにもまだ残っている。

 それでもエリシアは、ラクスにとって世界で一番可愛い少女だ。自分を愛してくれた、誰よりも何よりも大切な相手。ラクスにはそれで充分だった。

 在庫の怪しくなっていたマジックマテリアルを、流れ作業で練成していく。ラクスは魔力操作も手先も器用なので、錬金術はわりと得意だ。

 というよりも、何かを始めるにあたって、これは苦手だというものに当たったことがない。


(あ、そういやユニコーンの上毛手に入ったんだったな。ローブの刺繍にするか、ブーツの紐にするか。どっち優先させるんだ?)


 専属の職人がいないのと、下手な相手に頼むよりもラクスの腕いいのとで、身に着けている衣服もほぼ全て、ラクスのお手製だ。広い城内の掃除はさすがにゴーレム任せだが、そのゴーレムすら、ラクスが生成した。

 料理もラクスが担当している。無給で使用人に近い扱いだが、ラクスはそれを不満に思ったことはない。エリシアの笑顔がすべてである。

 作業を中断し、立ち上がる。どちらを優先するか確認しようと思ったのだ。ついでに、まだ側にいるようなら、ユーグを引き離すつもりでもいた。


(べ、別に、いいだろ。それぐらい)


 一応、互いに気持ちを確認し合った恋人同士なのだから。


(大体、本当はエリシアの方が行きすぎなんだ。いくら可愛いもの好きっていったって)


 文句を言っても、どうせ流されるだけなので言わないが。

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