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魅了魔王の最強伝説  作者: 長月遥
第三章 真実の関係
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十七話

「だから、魔王になるんですよね、エリシア様」


 ずるり、とエリシアの影から姿を現したユーグが、そっとエリシアの肩に手をかけて、優しく囁く。


「ユーグ……」


 顔を上げて、縋るようにエリシアはその名を呟いた。最後に残った、自分に価値を見出してくれる相手として。


「魔王になれば貴女こそが唯一になれますから。ラクスさんの方こそ、必要がなくなりますもんね」

「……必、要……は」


 小さくかぶりを振ったエリシアに、ユーグは心に染み込ませるように、そっと毒の言葉を注ぎ込む。抗えない的確さで。


「貴女じゃないと駄目だって言ってほしいんでしょう? だったら魔王になって、もっと沢山のものを手に入れないと。ラクスさんの代わりがいっぱいいる中で、それでも選んでやるんだって言ってやりたいんでしょう? 貴女が彼にそうされた様に」

「エリシア……」


 ぞくりと背中に走ったのか、悪寒だったのか快感だったのか、ラクスには分からなかった。

 愛されるだけ、愛するだけでは足りない。縛りつける力を得ようとする支配欲と執着を向けられることに、慄いた。

 同時に、それほどまでに求められているのだと、歓喜に震える。


「ラクスさんが欲しいなら、彼に負けちゃ駄目ですよ、エリシア様。それじゃあまた、貴女だけが彼のものになっちゃいますよ? 貴女は彼のものになりたいんじゃない。彼を貴女のものにしたいんでしょう」

「欲しいわ」

「!」


 まだ涙に潤んではいたが、顔を上げたエリシアの瞳には、はっきりとラクスの姿が映っていた。


「わたしだけのものに、するの!」

闇の黒霧オーラ・ブラックカーテン!」


 エリシアがうなずいた瞬間、ユーグが魔力で発生させた黒い霧が、ラクスたちの視界を遮った。それがただのめくらまし用の魔法だと知っていたため、ラクスにもバルヴァラにも動揺はない。

 遠ざかって行く二人の魔力の方向へ、一歩だけ足を踏み出して、ラクスはそこで足を止める。


「追わんのか?」

「……ああ。いや、うん。いいかな」


 ぼんやりとしたまま、ラクスは何度か意味のない音を口にしてから、そう答えた。


「お前はいいのか?」

「お前が追わんのに、我が追う理由があるか?」


 エリシアを追うだけの拘りを、ラクスは見せなかった。

 仇を前にしてラクスの心がそれだけ凪いでいるのなら、バルヴァラにはもう追う理由がない。

 エリシアが吐露した本心が、ラクスにとって心地良いものだったことを、バルヴァラは見抜いていた。


「すさまじい女だったな」

「そうだな。……あいつがあんなに俺に執着してるなんて、思わなかった」


 くっ、と小さくラクスは笑う。

 自分が蔑ろにしてもラクスが付いてくることを確認するために、エリシアはわざと、ユーグだけを構う様子を見せつけてきたのかもしれない。

 エリシアがどこまで、ラクスに対する劣等感を明確に意識していたかは分からないが、抱いた感情に嘘をつくことはできなかったはずだ。

 エリシアにとって、ラクスより上位に立てたのは気持ちしかない。それさえも結局、支配されていたものだったけれど。

 分かってしまえば笑うしかない。


(バカな女)


 失うのを怖がっていたくせに、恐れている事実を見つめたくなくて、自分から突き離しさえした。

 離れたことそのものが、最大の復讐だったのだ。


「お前も、なかなか最低な男だな」


 エリシアの泣き顔を思い出して愉悦に浸るラクスに、バルヴァラは呆れたように言う。


「愛想尽きたか?」


(俺はその方がいいんだが)


 バルヴァラの信念には共感するし、貫ける強さは尊敬するが、色恋の相手としては遠慮したい。

 バルヴァラには負ける予感がするのだ。彼女のペースに引きずり込まれ、抜け出せなくなってしまうような、強い忌避感を覚えている。


 ――それは、負けだ。


 自覚はなかった。嫌悪もしていた。それでも、ラクスもまたエリシアによって引きずり出された自分の真実に、気が付いてしまった。


(所詮、俺は淫魔だったってことだ)


 エリシアが可愛かったのは、エリシアには自分しかいなかったことを、ラクスが本能的にかぎ取っていたからだ。自分が支配しているのだと、ラクスは感覚的に知っていた。

 ラクスはエリシアに、支配者ごっこを強要していたにすぎない。エリシアがそれに耐えられなくなった。今の状況はただ、それだけの話。


「いいや? その方が支配し甲斐がある。むしろ我は今、胸が高鳴るのを抑えられん。お前を屈服させる瞬間を思い描くだけでゾクゾクする」


 言葉通り、バルヴァラの眼はらんらんと輝いている。


「……やっぱ、お前も俺を支配したいわけな」

「お前はそれだけ甘美なのだ。側に置き、心ゆくまですべてを堪能したい。そのためには心の底から屈服させ、支配しておかねば心配だろう? ふっ、さすが淫魔だ。惑わし、狂わせ、破滅に追い込む最強種だよ、貴様らは」


 その魅惑の力の前には、いかなる暴力もただ利用されるだけの代物と化す。


「生憎、貪られんのは好きじゃないんだ。俺が欲しけりゃ、お前が俺のものになれ」

「それを決めるのは実力だ、ラクス」


 手に入れるか。手に堕ちるか。

 しばし、互いの視線が絡み合う。

 先にその均衡を破ったのは、バルヴァラだった。唇にどこか甘みのある笑みを浮かべて、足を引く。


「だが、今は時ではない」

「支配するかされるかに、時期なんてあるか?」

「あるとも。ただ力尽くで降すだけでは意味はない。条件の一つではあるが。それより大切なのは、お前の心をへし折り、我なくしてはいられぬようにすることだ。お前があの女にしたようにな」


 そんなつもりはなかった、というのは言い訳ですらないのだろう。

 間違いなくラクスは本能で知っていたのだから。


「……お前、やっぱり俺に似てる気がするわ」

「我もそう思う」

「ただなあ、俺が別にお前を欲しいわけじゃないってのが不利……」

「うん? なんだ、今すぐ両手両足再起不能にされ我に飼われたいかそーか」

「うん、これから互いをメロメロにさせるべく全力を尽くそう! 互いにッ!」

「うむ」


 不穏にコキコキ音を鳴らしていた手を、バルヴァラは満足気に笑って下ろした。ほっと安堵の息をつく。


「ラクス、我はお前となら、それでもいいと思っているのだ。種族上、お前には不安なのだろうが」

「それ?」

「ただ、互いの愛を感じられればいい」

「っ……」


 真摯な瞳で優しく見つめてきたバルヴァラに、どく、と心臓が大きく跳ねる。


 ――綺麗、だったからだ。


 支配するだのされるだの、気持ちに上下を付けようとしたことが馬鹿馬鹿しくなるほど、それは柔らかに温かく、心に沁み込む美しい表情だった。

 理想であり、それこそが本当に愛と呼べる代物なのだと、理性でラクスは知っている。

自分だけは理想を求めているのだと、今までラクスはそう思い込んできた。望んだ通りの清廉さで生きていたかった。

 だが、淫魔の本能が容赦なく打ちのめす。


「……だから、お前は嫌なんだよ」


 ラクスたち淫魔にとって、愛は武器だ。恋情に堕とすことで相手を支配する。

 だから自分が恋に堕ちることは、敗北を意味するのだ。

 違うのだと、ラクスは知っている。知っていても拒否感が強く働き、心が拒む。

 エリシアには抱かなかったこの怖れが、ラクスがエリシアに恋をしていたわけではないという証明だ。

 そんな自分が、堪らなく嫌だと思う。

 嫌なのに、そうしてエリシアを堕としたことには、誤魔化しようなく愉悦を感じる。対してバルヴァラに感じるのは、抵抗感だ。


「俺の方が堕とされそうで」

「堕としてやると言っている」


 する、と横から伸びたバルヴァラの手が首に巻き付き、耳元に囁かれる。誠実な愛という、ラクスにとっては最大の毒が。


「我を堕としたのだからな。当然、お前も道連れだ」

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