十四話
「お前はどうなのだ?」
「俺?」
「きちんと裏切り者に制裁は与えてきたのか?」
「……いや」
当然のように言われたバルヴァラの言葉に、ラクスは苦い表情を浮かべる。制裁を与えるどころか、こちらが尻尾を巻いて逃げてきたのだ。
いずれはエリシアに落とし前を付けに行くつもりではいる。だが、今行ったところで返り討ちにあうのは目に見えている。
ただでさえ腹立たしい相手なのだ。二度は負けたくない。
「何だと?」
目を逸らしてぼそりと否定したラクスに、バルヴァラの眉がつり上がる。
「なぜ己を裏切った者を野放しにしている。腹立たしくはないのか?」
「ムカつくに決まってんだろーが!」
「ではなぜ放置する」
「放置ってか……。誰でも彼でも力で何とかできると思うなよ。大体、勝つ見込みがあるから裏切るもんだろ」
「理論的に言えば、そうだな。……うん?」
そこで始めて気が付いたかのように、バルヴァラは首を捻った。
「ではなぜ、我の部下は我に牙を剥いたのだろうな?」
「耐え難いほど付いて行けなくなったか、勝つ目算があったからだろ」
バルヴァラが付いて行けないほどの無茶を強いるとは思えないので、彼女の性格の迂闊さから甘く見て、容易く謀殺できると思われたのだろう。
ただ、予定通りに事が運ばなかっただけで。
しかし謀をもって裏切る相手に対し、何も知らないままハメられ、そこから力尽くで状況を引っくり返せる実力の持ち主はそういない。
(いや、それはすげーんだけどな。でもその前にそもそも十五回もハメられんなよっていう……)
バルヴァラの見る目がないのももちろん要因だが、人を信じるということは、常にそのリスクが付いて回る。
十五回の裏切りにも折れない精神力は認めるが、多すぎだ。結局取り返しのつかない被害を被る前に相手を跳ねのけ、何とかなってしまうから反省しないのだろう。
「ではお前は負けたのか」
「そうだよっ。悪かったな」
よく考えなくても、エリシア、バルヴァラと二連敗だ。
「だが制裁を与えたい気持ちはあるのだな?」
「そりゃあ、まあ」
「よし。ならば行くぞ」
「は!?」
ぱんっ、と手を叩いて立ち上がったバルヴァラに、ラクスは唖然とする。
「行くって、何でだよ」
「何だ。我の助太刀でまだ不安だというのか」
「いやそうじゃなくて!」
二対二になれば不利はなくなる。バルヴァラの実力を信用していないわけでもない。
信用できないのは、むしろ自分の力の方だ。
「じゃなくて、何だ?」
自分の弱味を明かすのはためらいがある。しかし、バルヴァラには多分言っても大丈夫だろうという予感があった。
「いろいろあって、ほとんど防御魔法しか使えないんだよ。お前が助太刀してくれても、勝てるかどうか分からねえ」
負けはしない自信はある。次は油断などしないし、防御は散々やっていたので得意だ。
ユーグの相手はしてもらっても構わないが、エリシアとは自分一人で正々堂々、勝った、と言える状況で戦いたい。でなければ後々、「あれはバルヴァラの力だ」などと言われかねない。
負け惜しみであっても、腹が立つのは確実だ。
それを踏まえて考えると、『前魔王の息子を引き連れた、虎の威を狩る種堕ち魔王候補』という言われ方は、エリシアには相当面白くなかったに違いない。自分が同じ立場になるとよく分かる。
(あいつには何としてでも――完膚なきまでに俺の完全勝利で、勝つ!)
そうでなければ意味がない。
「……ううむ」
プライドの話なので、バルヴァラには通じると思っていた。そして彼女はやはり、自分がやるなどと言い出さない。
そんなところがラクスには好ましく映るのだ。バルヴァラは誇りを尊重してくれる。
「当人であるお前が言うのであれば、仕方ないのか。裏切りを犯すような卑怯者が魔王候補を名乗っているのは腹立たしいが、因縁があると分かっていて、我が潰すわけにもいかぬ。――そう言えば、どのような裏切りにあったのだ?」
「うっ」
「?」
何気なく問われて、ラクスは顔を引きつらせた。
「それを訊くのか?」
「興味がある。お前がそんな顔をするなら尚更な。さあ、吐け」
バルヴァラの食い付きっぷりに、ラクスはげんなりと息をつく。こういう目をしたときは断っても無駄だと、こんな短い付き合いにもかかわらず分かってしまう。
それぐらいバルヴァラは真っ正直で分かりやすい。良い意味でも悪い意味でも。
「別に、よくある話だよ。好きだって言われてその気になって、すっげー尽くしまくったけど、用済みになって捨てられたっていう」
ことの全容を簡潔に述べると、簡潔すぎて泣きたくなった。しかも本当によくある話だった。
「……その気になった、のか?」
「あぁ。俺も馬鹿だったからな。世界はエリシア中心に回ってたよ」
「どんな女だ」
「どんなって」
「良い女なのか」
「見た目はな」
いまさらエリシアの容姿にどうこう思うことはないが、可愛いのは否定しない。
「我よりもか」
「いや、どこに食い付いてんだよ」
不機嫌なバルヴァラの態度に、ラクスはようやく気が付いた。
「上か下かだ。簡単な質問だろう。答えろ」
「お前のが良い女だよ」
現段階の、ラクス個人の好感度的には、であるが。
ラクスの答えに、しかしバルヴァラは納得しなさ気だった。
「我に襲われると思って、無難に返しただけではあるまいな」
「自覚はあるんだな……。いや、確かに本心じゃなくてもそう思ってやっぱり同じ答えを返しただろうが、今のは本当だ」
「信じよう」
言葉は平気で嘘をつく。
バルヴァラも疑ったからこそ、ラクスに問い質したのだ。だがバルヴァラは結局、何の確証もないラクスの言葉を信じた。
「やっぱり俺は、お前のそういう所は好きだ」
「……そう言ったのは、お前が初めてだ」
「そうなのか?」
「皆、我の主義は愚かだと言うからな。今のはかなり、嬉しかったぞ」
言って、バルヴァラは顔全体で豪快に笑う。
「我ははっきり言って見る目がないが、今度は間違いでないと思う。ラクス、我はお前が好きだ。常に我の側に在れ。お前を、我の半身として認めよう」
「見る目ないこと自覚してる奴に見込まれても、微妙な気分になるだけだからな?」
「はぐらかすな、男らしくない。我は今、お前に告白したのだぞ」
「っ」
今のはバルヴァラの言う通り、なあなあではぐらかそうとした意図があった。指摘されると気まずい。
ラクスを射るバルヴァラの瞳は、真っ直ぐで――痛いほどに真剣だった。その視線は曖昧に逃げることを許さない、意志の矢とでも言うべき強さを備えている。
彼女の強さに対して、ラクスは。
「……悪い。無理だ」
応える覚悟を持たなかった。
「我では不服か」
「そうじゃねえ、けど――……」
怖れが、信じることを拒ませる。
「お前を裏切った恥知らずと、我を一緒にするというのか?」
ラクスの抱いた拒否感の正体を正確に見抜いて、バルヴァラは不快気にそう言った。
「それは……」
言われて、大層失礼なことをしているのだと気が付く。エリシアとバルヴァラは別人だ。エリシアの行いをバルヴァラに重ねる方がどうかしている。
いや、理性の部分ではラクスも分かっているのだ。
しかしやはり、感情の部分が信用するのを嫌がった。
(大体、会って二日で告白とか、そういう方がどうか……してない。それは別にどうもしてないな、うん)
自分に置き換えて、ラクスはバルヴァラの告白自体を否定するのは止めた。幼い頃、手を差し伸べてくれたエリシアに、ラクスも一目惚れしたからだ。
バルヴァラにとっては、自分の主義を認められることが、それだけ大きなことだったのだろう。
ラクスが自分の存在を肯定してもらって嬉しかったのと、同じように。




