十三話
「……まだそんなことを言っているの。貴女、それで臣下に裏切られて城を失ったのでしょう」
アルテナの言葉に、ラクスは驚く。城を奪いに来る時点で、自分の物を失っているのは分かっていたが、それが裏切りによってだとは思っていなかったのだ。
なぜなら、いつ裏切るともしれない自分を抱え込むことに、バルヴァラが一切ためらいを見せなかったから。
信用できる臣下となるかもしれないとまで言っていた。
(裏切られてんのに。信じることを迷わないのか)
信じたところで、裏切られるだけかもしれないのに。
だが逆に――自分が信じなければ、本当に信じられる者など永遠に得られないというのも、確かだった。
しかしそのためには、裏切られて傷付く覚悟をしなくてはならない。
「それがどうした?」
ラクスが負うことを恐れたそのリスクを、バルヴァラはあっさりと受け入れたセリフを放つ。さもくだらない、と言いたげに。
自分の信念を一切揺らがせない、強さ。彼女の在りように、ラクスはゾクリと鳥肌が立つ感覚を味わう。
――負けた、と思った。
「確かに我は裏切りに遭った。だがそれは我に見る目がなかったというだけで、忠実な臣下を求めぬ理由にはならん。我がそうなのだから、我と同じ感覚を持ち、心から信頼する主に仕えたいと思う者は、必ずいる」
「……呆れたわ」
アルテナは言ったままの眼差しでバルヴァラを見る。そして、諦めのため息。次いでラクスへ視線を戻し。
「貴方もそうなの?」
「まあ、理想はそうだ」
肯定すればアルテナに呆れられるだけだと分かっていたが、ラクスは認めた。アルテナに呆れられることなど、ラクスにとっては大したことではない。
それよりも、自分の望みを認めてやりたい気分だった。
バルヴァラほど突っ切れる気はラクスにはしなかったが、望みは彼女のそれに近かったからだ。
「それで、私は信用ならないから交渉決裂――というわけね」
「ああ」
「残念だわ」
アルテナは潔く諦めた。あるいは自分のパートナーとして相応しくないという判断を下したのかもしれない。
「どうする? 戦るか?」
「止めておくわ」
そして二対一で事を構えるほど、愚かでもなかった。首を横に振り、長居は無用とばかりに立ち上がる。
「見送りは結構よ」
「そうか」
「それではね」
身を翻して出て行ったアルテナの足音が、コツ、コツ、と規則正しい音を立てて遠ざかって行く。
「逃がして良かったのか?」
ラクスに倣い動かなかったバルヴァラが、肩透かしを食らったような表情で首を傾げて、そう聞いてきた。
「?」
「旦那様、向こうにその気がなくたって、旦那様が仕掛けてはならないということではありませんわよ?」
「……あぁ、そうか」
二人に言われてラクスもうなずく。バルヴァラと二人でなら、きっとアルテナを倒せた。ちょっかいをかけてくる野心家の魔王候補を減らして悪いことはない。
アルテナが早々に出て行ったのも、それを警戒していたのだろう。
命を奪うのには抵抗があるが、覚醒の書を奪い、燃やしてやってもよかったのだ。そうすれば魔族の力の源、魔法を失う。魔法を失った魔族など、人間以下の力しかない。
魅了魔法を使えば、覚醒の書を出させることさえ簡単だ。
だが、ラクスはやはり首を横に振る。機会を逃したとも考えなかった。
「別にいい。今こっちにも向こうにも戦う必要はないんだから、それでいいだろ」
「そうか。まあ、お前が言うならそれでよかろう」
「……」
鷹揚にうなずいたバルヴァラに、ラクスは目を向け――数秒、言うか言うまいかためらった。
「何だ?」
「いや、あのな……」
まったく意識していない目を向けられ促されて、言っておこう、と気持ちが固まる。
バルヴァラにとっては、ごく当り前なだけの言葉だと分かってはいたが。
「ありがとな」
「何がだ?」
「お前の言葉はかっこよかった。裏切られて、なのに信じることの価値を曲げないのが、すげーと思った、から、さ」
あっさり心を折った自分を分かっているので、余計だった。
バルヴァラははちりっ、と大きく目を瞬いてから、得意げに髪をかき上げた。
「ふふん、そうだ。どうだ? 我は良い女だろう」
「ああ、そう思う」
何度目かの自画自賛を、今は素直に肯定できた。
「そうだろう! 我は良い女だ。だが心配するな、ラクス。お前も我に見込まれるぐらいには良い男だ」
「美味いからか?」
それはただの種族上の特性なので、見込まれても嬉しくない。
「それもある。だが何より、お前は裏切られた痛みを知っていた」
やさぐれたラクスの言葉に返ってきたのは、予想外の答え。はっとしてバルヴァラを見たラクスへと向けられているバルヴァラの瞳は、真摯だった。
アルテナとのやり取りをしっかり見られて、考えられていたのだ。
「痛みを知っていたということは、お前は裏切られることに傷付くだけの信を、相手に抱いていたからに他ならん。信を持たぬ者は、傷付かん。アルテナのようにな。始めから何も信じず、利害を計り、上手く立ち回る輩は――賢いのだろうが、我は好かん」
好かないと言ったときだけ、バルヴァラは容姿にそぐわない、子供っぽい、拗ねたような表情になった。賢く立ち回れ、と周りから言い聞かせられているのかもしれない。
だが、彼女には無理というものだ。
その態度が可愛く感じられて、ラクスは小さく笑う。
「何だ、それは。馬鹿にしているのか?」
「いや、嬉しかっただけだ」
「?」
「そうだな、お前の臣下になら、なってもいいかもしれない」
(本気で言ってるなら、な)
決して賢く立ち回れる方ではないラクスから見ても不安になるのだから、バルヴァラの危なっかしさは相当だ。前向きに捉えれば、臣下としてやりがいがあると言えなくもない。
バルヴァラの信念は理想だ。しかしラクスはそこまで夢想家ではない。だから、上手く立ち回らなければならない部分を、担当してやるのもいいかもしれない、と思った。
(どうせしばらくは、一緒にいるみたいだしな)
望んではいないが、それならそれでいいか、と思い始めている自分がいるのも――認めるしかない。
「なあ、お前、城を奪われたって言ったよな?」
「うむ」
「取り返しに行かないのか? 俺も付き合ってもいいが」
「心配いらん。我を裏切った愚か者どもには、すでに制裁を与えている。誤算はその余波で城まで壊してしまったことだな」
「……あぁ、なるほど」
納得した。と同時に脱力した。
「お前、本っ当タフだな。普通、裏切られて城失ったら、もう少しヘコまないか? それとももうだいぶ昔の話だとか?」
「いや、つい三日前の話だ」
「近!」
「何ということはない。慣れているからな」
「……は?」
精神的なタフさには驚かなかったが、さすがに、次に続けられた言葉の方は聞き返してしまった。
慣れているとはどういうことだ、と戸惑うラクスにバルヴァラはあっさりと。
「我が裏切りによって城を失ったのは、これで十五回目だ」
「……」
あんまりな数字に、唖然とした。
「それは……何と言うか、想像以上に……」
「本当に、見る目がありませんわね」
言葉を濁したラクスに代わって、小さく、ラクスにだけ聞こえるような声量でキティがぼそっと引き継いだ。




