十二話
「もちろん、命あっての何とやら。間違ってはいませんが――、あら」
「む」
「あ?」
キティの反応を皮切りに、皆で言い合いを止めて、揃って一方向を見る。
「お客様ですわね。さすが旦那様、大人気ですわ」
「いや、たまたまだろ。単に俺の運が悪いだけだ」
建てたばかりでバルヴァラに襲撃され、一日と置かずにさらに別の相手が来る。これで運が悪いのではないなら、何だというのか。
「心配するな、ラクス、我が付いている」
「……」
自信たっぷり、堂々と言って立ち上がったバルヴァラに、ラクスは奇妙な感じがした。
「何だ?」
ラクスの視線に気が付き、バルヴァラは首を傾げる。
「いや、戦うつもりがあるんだな、と思って」
「敵を守るのは当然だ。ましてお前は我の夫君か臣下の候補であるし」
「待て! いつそうなった!」
「我がお前の味を気に入った瞬間からだ。さあ、行くぞ」
「もう嫌だ。本っ当嫌だお前……」
がっくり肩を落として、ラクスはとぼとぼとバルヴァラの後についてホールへと向かった。そのラクスの肩に、子猫に姿を変えたキティが身軽に飛び乗る。
「お元気出してくださいまし。キティだけは、いつでも旦那様の味方ですわよ」
「……ありがとな」
お前も俺を疲れさせている要因だ――とは、言わないでおいた。余計に疲れるのが目に見えていたので。
今度の相手も、いきなり攻撃してきたりはしなかった。
バルヴァラが訪れたときと同様に、来訪者は入り口すぐの大ホールでラクスたちが来るのをただ待っていた。待っていた人物の姿を見て、ラクスは驚く。知っている相手だったのだ。
「アルテナ……?」
「ごきげんよう、ラクス」
ラクスとバルヴァラが姿を見せても、アルテナは構えなかった。
どころか優雅に礼を取り、ちらりと視線をバルヴァラへと投げかける。そして満足気にうなずいた。
「今度はいい相手と組んだわね」
同じく七大侯爵家出身であるバルヴァラに対して、アルテナは小さく会釈さえして見せる。バルヴァラもそれに無言でうなずき返した。頭は下げなかったが、アルテナが特に気にした様子はない。
これがエリシアなら、嫌悪と侮蔑でさぞ不愉快そうな顔をするのだろうが。
「何の用だ? 俺を見て驚かなかったってことは、たまたま見つけた城を奪いにきた――ってだけじゃないよな?」
ラクスの方にはアルテナに対して特別な思いはないが、エリシアと組んで行動していた時の因縁は少なからずある。エリシアに次ぐ敵意を持たれていたもおかしくない。
ラクスの城を狙って奪いにくることも充分考えられる間柄だが、今のところアルテナにその気配は見えなかった。
「貴方に話があってきたの」
「話?」
「レディに立ち話をさせるの?」
咎めるような口調でアルテナはそう文句を付けるが、それほどきついものではない。
「……分かった」
何を企んでいるにせよ、話があるというのならまずは乗ってみよう、とラクスは結論付けた。何より攻撃の意思を見せていないアルテナを、不意打ちよろしくいきなりどうこうするのは気が引ける。
「来い」
「ええ」
来た道を戻って行くラクスとバルヴァラに付いて、アルテナは大人しく歩いた。
ややあってラクスがアルテナを招いたのは、他にある部屋より少し広めの応接室。椅子とテーブルだけは作ってあるが、装飾品の類はなく殺風景だ。
「昨日作ったばかりで何もないんだ。文句言うなよ」
「言わないわ。約束もなく押しかけたのはわたくしだもの。それに、お城自体がとても美しいわ。さすがに貴方の魔力の映し鏡ね」
満足気にアルテナは微笑み、ラクスの城を褒めた。
「……で、一体何の用だ」
褒められて嫌な気分はもちろんしない。だが今は交渉の席なので、特に応じる言葉を発することなく、ラクスは本題へと入る。
アルテナは赤い唇で嫣然と微笑み、率直に切り出してきた。
「わたくしと同盟を組みましょう」
「は?」
「わたくしは貴方の能力を買っていてよ。……出遅れたのは誤算だったけれど――」
そこでもう一度バルヴァラを見てから、アルテナはラクスへと視線を戻し、話を続ける。
「彼女の得手は近接戦。わたくしは魔術戦。貴方は防御中心。バランス的には丁度いい布陣と言えないかしら?」
「唐突だな。それに、結局はお前も魔王狙いだろ? 後ろから刺されるような味方はいらないぞ」
バルヴァラのように、それでも、という方がおかしいのだ。ラクスはそんなリスクを背負おうとは思わない。
「貴方が魔王となるのなら、妥協してもいいわ。代わりにわたくしを正妃にしてちょうだい」
なるほどそういう交渉かと、一応、納得はした。
(さて……)
ではどう判断したものか――と、ラクスはアルテナの表情を窺いつつ、考える。
アルテナは微笑という名前の、感情の読めない無表情のままラクスの答えを待つ。
やろうと思えばラクスもその手の無表情には結構自信があるが、アルテナもなかなか上手い相手だった。
(いずれ来る、バルヴァラに対抗する時のために、味方がいりゃ有利なのは間違いない。ただ、逆に俺が二人がかりでハメられる怖れもあるからな……)
朝手合わせをした感覚だと、ラクスの地力は決してバルヴァラに劣っていない。勝ってもいないが。お互いタイプが違いすぎるので、先に自分のペースに相手を引き摺り込んだ方が勝機を得るだろう。
正直、もっと圧倒的な差があると思っていたので驚いた。バルヴァラの方はしっかり把握してラクスに声をかけたのだろうが。
然程の実力差がないというのは、喜ぶべき事実だ。だが同時に、そんな勘違いをしてしまうほど、ラクスが戦い馴れていない証でもある。
思い知らされたそれにまた若干落ち込んでいたりするのだが、それはともかく。
「どうかしら?」
アルテナに答えを急かされ、決めた。
「断る」
「……」
ラクスの返事にアルテナは少し目を見開き、驚きを見せる。バルヴァラは逆に、愉快そうに唇を吊り上げた。
「なぜ? お互い損のない提案だと思うのだけれど」
「理由はいろいろあるが、一番はお前の態度が気にくわないから、だな」
「わたくしの態度? へりくだれとでも言うの?」
「それでも多分、俺はうなずかねーな。お前の俺に対する態度は、エリシアと同じだ」
「何ですって!?」
エリシアと同列に扱われることは、かなりアルテナの勘に障ったらしい。柳眉を吊り上げ、席を立ち上がりかけて――寸でのところで留まった。
しかし、抱いた怒りを隠そうともしなかった。
「取り消しなさい。あまりに失礼だわ」
「断る。お前の目は俺を利用することしか考えてない。そんな奴と組んで上手くいくことなんか何もない」
「何を馬鹿なことを……。対人関係が利害で決まるのは当然でしょう? 世の中はそうして回っている」
「……」
冷めきったアルテナの言葉に、ラクスは無言で顔をしかめた。
少し前のラクスなら、鼻で笑ってアルテナの言葉を否定した。哀れみさえ覚えたかもしれない。
――エリシアを、信じていた頃なら。
しかし今のラクスには、アルテナの言葉を否定できるだけの素材がなかった。むしろ逆に、そうなのだろう、と納得してしまう。
(けど、やっぱそれは……)
「我は御免だがな。そんなつまらん生き方は」
「!」
ラクスが抱いた思いそのままを、バルヴァラは尊大に腕を組み、迷いのない口調で言い切った。
「打算で動く臣下など、我には必要ない。我のために命を懸けられる者だけを、我は側に置く。無論、我もその者のために命を懸けよう。それが王だからな」




