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小鬼 第五話 夢ト現実ノ狭間



「待ってくれ!!」


 俺の声は虚しく響き、女の子は振り向く事も無く歩き続ける。


 だが追い掛けている俺の足はまるで神経が通っていないかのように言うことを聞かない。


「行っちゃダメだ!!」


 駆けても駆けても進まぬ足に苛立ちよりも恐怖を感じた。

 だが進まぬ足以上に呼びかけに応える事無く歩みを進める女の子が何故か恐ろしく感じていた。


 それでも俺は叫び続けた。縮まる事の無い距離に何かを求めて。


「ねぇ。」


 女の子は立ち止まった。


「何でついてくるの?」


 そして俺に問う。


「それは君が人だからだ。」


 考えすぎるが故に優柔不断な筈の俺が、考える事も無く勝手に答えた。

 すると女の子が続ける。




「……こんな顔でも?」




 振り返った女の子は光の失った虚ろな目をしていた。そして冷たそうな青白い肌と口元から滴る鮮血。

 それを見た俺は尻もちをつき後ずさる。


「何をそんなに怯えているの?」


「うあぁっ!」

 

 不安の中でも僅かな理由無き希望を感じていた。それがただの絶望でしか無かった事に気づく。


「どうして?私は貴方の言う人間なのに、どうして逃げるの?」


 下を向いているせいで表情は分からない。だが歩み寄る女の子の感情が穏やかなものではないことだけは確かだった。


「それは君が人だった(・・・)からだ!!」


 またしても意図せず俺の口が勝手に喋る。すると歩み寄って来ていた女の子が俺の一歩手前で立ち止まった。

 


 そしてゆっくりと上げた顔は醜悪で野蛮なゴブリンの顔になっていた。





「オマエダッテ………人間ジャナイダロ!!!!」





 怯えて動けなくなった俺の首に少女のか細い手が掛かる。


「俺ハ人間ダ!ヤメロッ!……グッ!?」


 少女の手に力が込められていく。だが、体を動かそうと思ってもまるで動く気配は無い。


「私ハオ前ニ殺サレタ。オ前モ死ネェ!!!!!!」


 怒気とも怨嗟とも取れる表情で俺を見上げる。





ーーーレイ。





 その時、誰かが俺を呼ぶ声がした。


 益々力が込められていき喉が潰されたかのような激痛が走る。口からは涎が流れ落ち、今にも意識が飛びそうになる。


「シネ!シネシネシネシネッ!!!!!!」


 俺は少女の叫びを受け入れて抵抗するのをやめた。動かない体と救ってあげられなかった悲しみから少女の怨嗟を全て受け入れようと思ったのだ。




ーーーレイ。




 また……誰かが俺を呼んでいる。


「ヤメロッ!邪魔ヲスルナァ!!!!」


 ふと呼吸が楽になり前を見ると、何か眩しいものでも見ているかのように少女は手を翳し後退っていく。




ーーーレイ。




 誰かが手を引く。暖かい手が俺の手を握り走り出す。


 取り残される少女が可哀想だと俺は想ったが、包まれた手がポカポカと気持ち良くて振り返ることはしなかった。





「レイ。……レイ。」


「………ニコ?」


 気付くと横たわる俺の手を握っているニコの姿が見えた。ずっと呼んでくれてたのはニコだったんだ。


「レイ、ダイジョウブ?酷ク(ウナ)サレテイタヨ。」


「……ここは洞窟?」


「ウン。レイ、倒レタカラ運ンデキタ。」


 どうやら俺は墓を造り終えた安心感からか、ぼってり倒れたみたいだ。無理を通して2人を付き合わせたのにも関わらず、まったくもってだらしがないな。


「そっか。ニコ、色々とありがとう。あと……ごめんね。」


「ニンゲンヲ助ケル気持チハ分カラナイ………デモ、レイガソウスルナラ、私モ人間ヲ助ケルノ手伝ウ事ヲ否定シナイ。」


「ニコ…。」


 ニコはゴブリンとは思えない程に思慮深い。そして相手を思いやる気持ちを持っている。


 俺はその優しさに触れて、陰鬱な気持ちがあっという間に晴れていった。


「ありがとう、ニコ。」


 起きて少しして朝食を取った後、俺はバロンにワガママを言った。もう一度昨日の墓へ連れてって欲しいと。


 バロンは嫌な顔もしなかったし、躊躇うようなそぶりも無かった。俺の意思を尊重してくれているのだろう。

 俺なんかよりもよっぽど人格者だ。ゴブ格者?


 バロンに案内してもらい森を進んでいく。そしてやがて墓が見えてきた。


「あれ?これって……。」


 俺は穴を掘って埋めただけの筈だったが、半円の形をした大きめの石が置いてあった。

 バロンには何も言わなかったのに、こんなことまでしてくれていた。


 ゴブリンにとっては人間は敵の筈なのに。


 俺は不完全な魔物だ。怪しい奴め!といって追い出されてもおかしくない事をしているのだろう。いや、殺されてもおかしくなかったかもしれない。


 それなのにバロンがしてくれたのは、俺の気持ちを汲んで手伝ってくれたような内容だった。


 ふいに目頭が熱くなる。突然こんな世界に落とされて、不安で押し潰されそうだった。

 でもバロンとニコが救ってくれた。居場所を用意してくれた。


 今にもこぼれ落ちそうになる涙を我慢していると、さっきまで隣にいたバロンが反対側から歩いてきた。

 手には数本の美しい花があった。


「レイ、コレヲ。」


「……ありがとう。」


「ソンナニ悲シカッタノカ。」


 下を向き、とうとう溢れ出た俺の涙を見たバロンが言った。



 そうじゃないんだよ。これは優しさが嬉しくて泣いてるんだ。



「ありがとう、バロン。」


「気ニスルナ。レイノ、好キニヤルトイイ。」


 バロンから花を受け取り、墓へ手を合わせた。優しさが目一杯詰まった花を添えて。

 


☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 墓参りが終わった俺はバロンに訓練を申し出た。


「バロン。剣の鍛錬と狩りの練習がしたい。つきあってもらえないかな。」


「アア。モチロンダ。」


 努力が好きでは無かった俺の中で心境の変化が生まれていた。


 優しさに報いたい。もっと具体的に言えば、何かあったときにバロンの助けになりたくなったのだ。


 その為にも最低限の力が欲しくなった。


 昨日件で疲れてないかとバロンに聞くと、問題ないと答えてくれた。その言葉に甘えてすぐに鍛錬を開始してもらった。


「レイ、モット脇ヲ絞メロ。」


「はい!!」


「視線デ狙イガ簡単ニワカルゾ。」


「はい!!」


 

 真剣では危険な為、木の枝を使ってはいたが気付けば全身ボロボロになっていた。


 バロンも本気で俺を鍛えようとしてくれているようだった。そのおかげで訓練の最後の方にはまともに打ち合える程度にはなっていた。明らかに手加減はされていたが。


「レイ、今日ハコレデ終ワリニシヨウ。」


 バロンの言葉でようやく日が暮れ始めていることに気が付いた。がむしゃらになっていたんだな。


「ニイサン、レイ。オツカレサマ。」


 住処の洞窟へ戻ると、入口の前でニコが待ってくれていた。


「ニコ、レイニ薬草ヲ使ッテクレ。」


「ハイ。レイ、ツイテキテ。」


 全身痣だらけの俺にバロンが甘やかし攻撃を仕掛けてきた。


「ニコ、俺は大丈夫だよ。」


「デモ……。」


「大丈夫。この位へっちゃらだから。」


 笑顔でそう答えると、ニコは分かったと言って洞窟へ入っていった。

 実際は筋肉痛も酷いし全然へっちゃらじゃないんだけど、簡単に痛みを消しちゃったら今日の気持ちを無碍にしてるような気がした。……変態なのかな。


 バロンの部屋に戻ると、限界を迎えた俺は晩飯を食うこともなくすぐに寝てしまった。


 それからの日々といえばひたすら剣の鍛錬と狩猟の練習に明け暮れたのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 


「やった!!成功だ!!!!」


「……完璧ダ。コレデレイモ一人前ダナ。」


 5日目にしてとうとう俺は角ウサギの狩猟に成功した。大きな体躯と、それに見合わず俊敏な角ウサギは力とスピードの両方が必要だった。


 最初のうちは力任せに剣を振り下ろし、剣が角ウサギを捕らえるよりも早く機敏に回避された。

 今度はスピードを意識すると擦るだけでまともなダメージを与えることが出来なかった。


 3日目には慣れてきてリラックスして動けるようになり、4日目には体の使い方が徐々に分かってきた。


 木の上から飛び降り剣を振り下ろし、反応するよりも先に肩口に剣が当たり左の前足が使えなくなった角ウサギは転げる。それを見てすぐに追撃を行い、首に剣が深く刺さってようやく角ウサギは動かなくなった。


 狩り方が完全に分かったぞ!と完全に調子に乗った発言をしてもう一度挑戦したら、失敗に終わってかなり恥をかいたのだが。


 その後昼までに6回角ウサギとエンカウントしたが、成功したのは2回だけだった。


 昼になり洞窟へ戻ると、角ウサギを背負う俺を見たニコが駆け寄ってきた。


「レイ、オツカレサマ。」


「ニコもおつかれー。」


「ソレ、レイガ狩ッタノ?」


「おうよ!初めて狩れたんだ!」


「オメデトウ。」


 ニコが微笑み、俺も微笑み返す。だが先程ニコが立っていた付近に狩られてきたであろう獲物があった。


「あれ……ニコが狩ったの?」


「ソウ。大変ダッタ。」


「何あれ……カエル?デカくない?あんなが昼の森にいるの?」


「ケーロッピ。少シ深イトコロノ湿地マデ行ケバイル。」


 ケーロッピという名前のひっくり返った茶色い蛙は牛のような大きさだった。間違いなく俺を丸呑みする事も出来るのだろうな。


 ケーロッピね。きっとケロケロ鳴くんだろうな。


 それにしてもニコは凄いなぁ。これだけデカい魔物を狩れちゃうんだもんな。俺なんかトータルで角ウサギ2匹とキノコを少しだけだもんなぁ。


「ケーロッピの狩りは難しいの?」


「イツモナラ、ニイサンガイルケド、今日ハヒトリダッタカラ、中々倒セナカッタ。見タ目ヨリモ凶暴ダカラ、剣デ戦ウレイハマダ挑戦シチャ駄目。」


「したくないから大丈夫。簡単に食べられて消化されそうだもん。」


 昼飯を食べている最中、ケーロッピについてバロンに教えてもらった。

 ケーロッピは大きな体を利用して跳び上がり潰しにきたり、長い舌で攻撃してくるらしい。

 戦闘や回避に慣れている者じゃないと危険な魔物だから、レイにはまだ早いとバロンにまでクギを刺されてしまった。

 大丈夫。俺はまだ食べられたくないんだ。


 飯を食べ終えた俺は軽い食休みの後にバロンと剣の鍛錬をするために洞窟を出た。最近狩りの時間の方が多かったから、鍛錬ももっとしたいと伝えると快く受け入れてくれた。


 洞窟のすぐ近くにある少し開けたところで剣を構える。


「レイ、行きまーす!!」


「ナンダソレハ。……コイ。」


 今日のバロンの得物は斧を模して作った木斧。俺のお手製だ。対して俺は木刀。これもお手製の自慢の一品だ。バロンもニコも器用だと褒めくれたからな。


 いくら木とはいえバロンの斧を参考に造ったので当たれば相当痛いはず。それを想像してしまいバロンの重い一撃に神経を磨り減らす。


 先に動いたのは俺……じゃなくてバロンだった。行きまーすとか言いながら動かない俺をバロンは待ってはくれなかった。


 斧を担いで走るバロンの戦いをイメージする。バロンは真っ直ぐな男だ。このままきっと猪突猛進に強引なドリブル的な感じで来るはずだ!!


「フン!」


 やはりバロンはただ真っ直ぐ走り、跳び上がると斧を上段から俺の頭目掛けて振り下ろしてきた。

 イメージ通りだ。このまま斧を受けるフリをしてギリギリの所で半身になって斧を空振りさせたところでバロンの背中に剣を下ろす。これでいこう。


 今まで頑張って鍛えてきた俺ならやれる!そう思い木斧から目を反らさなかった。


 ガードのポーズを限界のところで解き、半身になってギリギリで木斧をかわーーーーー


「ぬんべらぁッ!!?」


「ッ!?ダダ…大丈夫カ!?レイ!……オイ!レーーイ!!!!」




 俺は死んでから度々経験する気絶を、またしても最高にクールに決めたのだった。

 

ひゃっほーい!ヾ(^▽^)ノ


角ウサギの狩猟を見事と会得したレイ。一体次は何を狩るのか!?


レイ「角ウサギです。」


以上、現場のレイさんでした!

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