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小鬼 第三話 死、近距離



「駄目だぁ!無理無駄無謀だよ!!角ウサギ早過ぎるだろ!!!」


 バロンとニコが狩猟成功後に、俺は狩りをしたことが無いと伝えると、バロンは呆れつつも狩りの練習をしようと言ってくれた。

 だが何度挑戦しても掠りもせず、俺は剣を投げ出して倒れ込んだ。


「目デミルカラダ。考エルナ……感ジロ。」


 ちくしょう!どこのリーだよバロンめ!!!そんな精神論じゃ今時の男子は成長しないぞ!!!


「う-。もっと初心者向けの簡単な狩りって無いの?」


「アルニハアルガ……ニクショクダゾ。」


 何それ。肉食だぞっていう脅し付きなのに、角ウサギの狩猟より簡単なのか?


「コノ先ノ、川ニヨクアラワレル、ヤバメト言ウ魚ダ。動キガ遅イカラ、簡単デハアルガ、オイシクナイ。」


 肉食魚か……。怖いな怖いなぁ。稲垣さんっぽくなっちゃう位怖いなぁ。ヤバメって名前が既にヤバめだな。


「まぁ、角ウサギよりも簡単ならやってみようかな。」


「喰ワレソウナラ、助ケルカラ、アンシンシロ。」


 あははっ!あははははっ!!喰われそうなら助けてくれるって!!やったぁ!!!スーパーラッキーだぜぇい!!!


 バロンの後を死地へ赴く気持ちで着いていくと、やがて川のせせらぎが聞こえてきた。ニコは一足先に洞窟へ角ウサギを置きに戻った。


「我々ハココデヨク水浴ビヲシテイル。イツモ邪魔シニクルノダ。レイモ、水浴ビシテコイ。」


 なるほどなるほどなるほどねー。水浴びしてるといつも来るのねー。ヤバメは脳筋とみたぞ!!!!


「よ、よし!!行ってくる!!!」


 剣を構え川へと入水していく。水面に全神経を張り巡らせながら川の中腹で待機していると、バロンが声を上げた。


「キタゾ!」


「え、もう!?どこ!!見えないけど!!どこよ!?」


 俺からは全く見えないにも関わらず、キタゾと言うバロンの言葉に尋常じゃない恐怖を覚えた。精神的にかなりヤバめだった。


「ドコヲミテイルンダ?反対岸ニイルダロ。」


 バロンの言葉を聞き顔を上げると、反対岸に佇む不格好な魚がいた。

 何で魚が陸にいるんだよ。分かりにくいわ!つーか、川に入る必要ないだろ!!


 ヤバメの姿形を現すならば人魚とも半魚人とも違う感じだった。でもイメージで言うと有る意味半魚人寄りだろうか。

 

 ゴブリンである俺よりも背丈がある。

 胴体は魚だ。尻尾もある。そして頭も魚だ。

 簡単に言うと魚が縦になっている感じ。


 しかし、ヤバメには手足があった。ムッキムキの手足が。


 二足歩行のようで、手はブラリとしていて足で立っている。気になるのはその立ち方だ。


「何で斜に構えてんの?斜にというか半身というか、殆ど横向いてるけどこいつ。」


「眼ガ横ニツイテイルカラダ。マッスグデハ、レイガ見エナイダロ。」


 ほー。一体何がどうなったらそんな無駄な進化を遂げるんだろうか。

 水の中にいないなら魚的な部分を完全に諦めたらいいのに。せめてヒラメっぽくするとかさ。


 でも、ヤバメのヤバめな欠点だらけの進化論のおかげでこいつなら倒せそうな気がしてきた。


「待ッテイテモ、レイガ見テルカギリ、逃ゲナイシ向カッテモコナイゾ。」


 何だそりゃ。どんなスタイルだよ。


「分かった。レイ、いっきまぁーす!!!」


 剣を上段に構えながら水飛沫をバシャバシャと上げて走り出すと、ヤバメは横向きになって逃走しだした。人が横向きで走るのと同じ位の速度で。金ちゃん状態だ。


 分かるよ。半身なら俺の事も進行方向も確認出来るもんな。でも、そのおかげでスピードが犠牲となり死んでるぞ。


 何だかテンションが上がらなくて立ち止まると、何故かヤバメも立ち止まる。


 なにこれ。ヤバメの奴めっちゃ見てくるんですけど。キモイんですけど。逃げるのか逃げないのかどっちだよ。挑発か?


「バロン、質問がある。」


「ナンダ?」


「あいついつもあんな感じ?」


「ソウダ。イツモ見テクル。追イカケルト逃ゲルガ、イズレ転ブカラ、簡単ニ狩レル。ダガ、マズイカラ、相手ニシナイケドナ。」


 何なんだよ。最早ヤバメの存在意義が分かんねーよ。何だよその陰湿で無意味なヒットアンドウェイ作戦は。生態謎すぎるだろ!!


「肉食なんだよね?」


「ニクショクダ。」


 こんな消極的な肉食生物初めてみたぞ。生きていけるのか?もしかして屍肉を漁る専門か? 


 「ぐぬぅ……大変申し訳ないんですけど、やっぱり角ウサギにしても良いですか?」


「何ダソノ喋リカタハ。変ナヤツダナ。」


 チクショウ、またしてもヘンナヤツにされたぞ。言っておくが変なのは俺じゃ無くて、あの魚人間だからな。



 とりあえず川から出て来た俺は、バロンの後ろについて角ウサギの狩り場に戻っていく。かと思いきや、住処の洞窟に戻ってきていた。


「今日ノ狩リハオワリダ。今カラデハ日ガオチル。」


 あぁ、そういうことか。夜の森は危ないって言ってたもんな。


「ソロソロ飯ノ準備ヲシテイルコロダ。アッテナイ奴等ニモ紹介シタイ。」


 「そうだね。お腹も空いたしね!」


 かなり腹ペコペコだ。だが何故か食欲が全く湧いてこない。

 理由は分かっている。俺はゲテモノを食べられる自信がないのだ。

 駄目だ……耐えられない。いっその事聞いてしまおう。


「なぁバロン。ゴブリンって何喰ってんの?」


「マァ、肉ガオオイナ。木ノミヤ果物モヨクタベルゾ。」


 よし、木の実と果物があれば最悪どうにかなる。


「因みに気持ち悪い虫とか幼虫とか、あと人間とかも食べたりってするの?」


「虫ハタマニダナ。人間ハ肉ガ少ナイクセニ、筋バカリデウマクナイカラ喰ワナイ。」


 あれー?あれれー?何で筋ばかりで旨くないとか知ってるんだろー。バロンは食べた事あるのかな-?知ったかぶりだといいなー!意外と煮込めばうまいかもなー!牛スジ的な料理で大儲けだぜ!!




 はっ。……いかん、いま訳が分からなくなったぞ。

 バロンの過激な発言のせいで自分を見失ってしまったが、人肉メインじゃ無いようなので聞かなかったことにしよう。


「中ニハ人間ガ好物ノ者モイルガナ。」


 ……やっぱり聞かなかったことにしよう。


 


 俺の心の中で何だかんだありながらも、結局夕食は普通に捕獲した角ウサギを食べた。

 手は加えてあったが、調理とは呼べるものではなかった。生だし……なんか胡椒みたいなのが振りかけてあるだけだった。

 人の手とか出て来たらどうしようかと思っていたので、その時の俺には充分な夕食だった。


 生肉を手で持って齧り付いていると自分が野獣サブボップになったような気分がして、少しだけ強くなれたような気がした。


 そして骨付き生肉の半分程を齧り終え顔を上げると、リアルなパーツを美味しそうに頬張るゴブリンの姿が目に映る。

 ……レイ、アウトー。もう食べられません。


「レイノ部屋ヲドウスルカ………トリアエズ今日ノトコロハ俺ノ部屋デモイイカ?」


 ゴブリン達の就寝は早いようで、夕食を食べ終えてすぐの事だった。

 俺としては一番親しくなれたバロンの部屋が今の所落ち着きそうだったのだが、ここでとんでもない横やりが入った。


「レイ……ワタシノ部屋ニクル?ニイサンノ部屋ハ狭イカラ。」


 ニコ……俺の心はまだ人間なんだよ。か弱くて情けない人間なんだ。ゴブリンレディーの部屋で一夜を明かすにはとてもじゃないけど精神力が足りてないんだ。


「ハッハッハ。レイハ色ゴブリンダナァ。」


 だから色ゴブリンって何なんだよ!!妹に甘いときのバロンは役立たずにも程があんだろ!!!心中察してくれよ!!!


「俺はまだまだヒヨッコだからバロンに色々狩りの事を聞きたいし、バロンの部屋で勉強させてもらおうかな。」


「ソウ……ワカッタ。」


 おいおい。悲しそうな顔すんなよ。俺が悪者みたいじゃないか。ただの人間なだけだぞ!!


「コロニーノアイドルカラノ誘イヲ断ルトワナ……レイ、ミナオシタゾ。」


 バロンは俺の肩に手をポンと置き褒めてきた。でも俺は喜ばないからね。

 そもそもなんでゴブリンがアイドルなんて言葉知ってるんだよ!!ツッコんでもきりがねーよこのゴブ達!!!俺の特殊な言語処理能力が俺風にアレンジしてんのか?翻訳蒟蒻か?


 人間がゴブリンレディーからの誘いを断るという前代未聞で至極当然の事をしたら見直されるという……最早それだけで疲労。

 狩りに、恋に、疲れるぜ……ゴブリンライフ。こんな異世界転生が待ってるとはな。Good-byeマイライフ。



 バロンの部屋で寝ることになった俺は、狩りの事を色々と質問しようかと思っていたのだが、結局特訓のせいで疲れ果てていた為にすぐに眠ってしまっていた。


 だが微睡みの中、どこかから聞こえてくる騒々しさで目が覚めてしまった。


「ふわぁ。……あれ?バロン?」


 隣の藁のようなベッドで寝ていた筈のバロンの姿が無い。何かあったのだろうか。

 慌ててベッドから這い出た俺は、とりあえず洞窟の出口を目指していく。


「あの、何かありました?」


 出口付近まで辿り着くと沢山のゴブリンが集まっていた。どうやら近くに人間がいるらしいとのことだった。

 

 一瞬だけ明日の朝食が心配になったが、ゴブリン達の険しい表情に事の重大さにようやく気付く。


 もしこの世界に魔物を倒す職業などがあり、人間が強大な力を持っているのだとしたら、この後すぐにこのコロニーが滅びる事だってあり得る。


 日本にいるわけじゃない。いつどこで突然殺されてもおかしくないのだ。

 実際この世界に来てすぐ、人間に矢で足を撃ち抜かれている。

 たまたまバロンに助けられ、そして仲間が出来てついついそれが日常だと思っていた。


 多分……これから先、様々な場面で思い知らされる事になるのだろう。死が常につきまとう世界の厳しさを。

 覚悟をしなくてはいけない……そんなものでどうにかなるか分からないけど、少なくとも気持ちの切り替えがしやすくなる程度には役立つだろう。


「……どの位の数の人間が来てるんですか?」


「今バロンサマガ確認シテイル。……心配ダナ。」


 ……バロン。このコロニーのトップなのに自ら率先して危険な偵察に出るなんて、男前過ぎるだろ。バロン大丈夫かな。


「そうですね。」


「オマエモダッタカ。心配ダヨナ……朝食ガ逃ゲナイトイイナ。」


 ふざっけんなよ!人肉好きはお前だったか、このゴブ野郎!!!

 お前の心配はただの楽しみじゃねぇか!!!俺の深刻を返せ!!!!俺の思慮に謝りやがれ!!!!バロンに首を差し出せ!!!!


 ハヤク食ベタ~イグフフとかほざくゴブ野郎を置いて洞窟の出口に歩を進める。

 すると月明かりの射す出口が見えてきた時、見たかった顔の一つが確認出来た。


「ニコ!!」


「レイ。」


 俺はニコに駆け寄り現在の状況が分かるか確認すると、先程までニコも前線にいたとの事だった。


 人間は一人。戦力的にも大したことは無いようで、バロンが念の為動向を確認しているらしかった。


 それにしても、戦力の無い人間が一人で夜の森に現れるってのはどういう事なのだろうか。この世界では普通にある現象なのか?


「ニコ、バロンの大体の居場所を教えてくれないか?」


「……ナゼ?レイハ戦エナイ。夜ハ本当ニ危ナイ。」


 何故?そんなの……そんなの。あれ?何でだろう。

 でも命をかけてまで飛び出していく理由はよく分からないけど、一つだけ感じていることがある。


「多分……困ってる気がするんだ。その人。」


「……人間ナノニ?」


 分かってるさ。俺はゴブリンなんだ。分かってるけどーー


「あぁ、人間でもだ。」


 気になるもんは気になるんだよ。


「……ワカッタ。デモワタシモ行ク。レイヲ、死ナセタクナイカラ。」


「ありがとう。」


 ニコはゴブリンなのに、思いやる気持ちを知ってる。自分だって危険なのに案内を名乗り出てくれた。バロンの妹ってのも納得の甘さだな。


 剣を手に洞窟を飛び出す。ニコの後を追い木々を避け走り抜けた。


「ッ!!トマッテ。……シズカニ。」


 しばらくすると、突如ニコが手を広げ動きを制してきた。ドキリとしてニコの言うとおりにする。

 木の陰に隠れ息を殺しニコの合図を待っていると、何かが動いている音がした。


「っ!?」


 地を鳴らし堂々とした様子で現れたのはトリケラトプスのような角と刺々した襟巻きみたいなのを生やしたトカゲだった。


 歩いていく姿は、まるで向かうところ敵無しだと言っているようだった。ゆっくりとのしのしと進んでるが、餌だと認識されれば逃げられないだろう。

 ゴブリンになって少しずつ生まれてきた野性の感みたいなのが警鐘を鳴らしてそれを教えてくる。


 角ウサギを待っている時は狩る側として息を潜めていたが、今回は立場が真逆だ。手足が痺れるような感覚に冷や汗が流れ落ちる。


 恐らく、見つかるような事があればニコは俺を見捨てないだろう。むしろ身を挺して俺を逃がそうとする気がする。


 だからこそ、俺は決して見付かるわけにはいかなかった。

 


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