小鬼 第二話 新タナ生活
洞窟の入り口は広く、3匹のゴブリンが横に並んでも出て来る事が出来ていた。
だが高さはそれほどなく、大きな魔物は入れそうにないし、ゴブリンなら普通に歩けるが人間では屈んで進む事になるであろう高さだった。住処にするなら最適だな。
様子を見ていると、入り口付近で警備してるゴブリンや、角の生えたウサギのような生き物を捕まえて洞窟へと入っていくゴブリンがいた。
他にも果物や葉っぱやら色んなものを持ってゴブリン達は洞窟を出入りしていた。
「ドウシタ?オモシロイノカ?」
洞窟の手前で俺を降ろしたバロンが不思議なものを見るような目で俺を見てきた。
「あぁ、ゴブリン達も頑張って生きてるんだなぁと思ってさ。」
「変ナヤツダナ。オマエモゴブリンナノニ。」
確かに今はゴブリンなんだけど、まだまだ心は想のままなんだ。でも、ママゴブリンが子供をおんぶしていたり子供同士で走り回ってるのを見るとゴブリンになっても考えさせられるものがあった。
ゴブリンが人間と大して変わらない生活をしている。愛を育んでいる様相さえ見れた。
これはむしろ人間に転生していたら気付けなかった事なのかもしれない。
「レイ。コノコロニーハオレノ宝ダ。」
「見れば分かるよ。つーかバロンのポジションってなんなの?宝って事はバロンがこのコロニーを作ったの?」
「オレガツクッタ。タイヘンダッタ。」
やべぇぜ!村長に名前授けちまった!!やっちまったな!!!なんなら村の名前も任せとけ!!!
「そりゃそうだよな。これだけのゴブリンのリーダーなんだもん。ここにはどのくらいのゴブリンがいるんだ?」
「マダ60位ダナ。」
「すごっ!」
……バロンは凄い奴だ。一代にしてこれだけのゴブリンを集めてコロニーを作るなんて、とてもじゃないけど俺には出来ない。
他のゴブリンリーダーを知らないけど、バロンはゴブリン界のカリスマなんじゃね?
「中ヘ入レ。ショウカイスル。」
バロンが歩き出したのでそれに続いて洞窟へと入っていく。やべぇ、紹介とか言われると緊張してきたぞ!!!
洞窟の入り口を入ると、数メートル進んだ所からは手で掘ったような洞窟となり、何カ所も分岐があった。恐らく襲撃があった時の為に入り組んだ設計にしたんだろうな。バロンは仲間を守るためによく考えているようだ。
通路を進んでいくと、やがて開けた空間に出て来た。そこにはメスゴブリン達が特に多く見られ、育児をしている者や肉を捌いて分けられるようにしている者もいた。
ゴブリンめっちゃ人間っぽいな。やはり想像とかけ離れてるぞこれ。
するとバロンに気が付いたゴブリン達が集まりだし、バロンは口を開いた。
「ミンナ、アタラシイ仲間ダ!レッドゴブリンノ‘レイ’トイウ!!!名前ガアル!!!」
「レッド?」
「レイ?」
「フギャッフギャッ、レイ!レイ!」
ゴブリン達は各々好きに反応を示す。だが名前という文化が無いここでは不思議なようで、皆してレイ!レイ!と口ずさんでいた。ホントは想なんだけどね。
怪しい新参者に対して敵対的な反応を示すゴブリンは居らず、とても友好的に見えた。これが魔物だなんて信じられないな。
でも人間は俺を狙っていたところからして、ゴブリンは人間の標的なのだろう。
すると、まだ成人には見えないメスゴブリンが歩み寄ってきた。
「ナマエッテナニ?」
名前ってなに?うーん。この手の質問はこれから先沢山ありそうだけど、言葉を言葉で説明するのって難しいんだよな。
「名前っていうのはねぇ……。そうだなぁ。このコロニーで特定のゴブリンの話をしたいときに無いと不便なものだし、自分の名前も無かったら自己紹介も出来ないから中々覚えてもらえないし。呼び名があればより親密になれるもんだし。要するに、仲間をより深く繋ぐためのものかな?」
「ヨリフカク……?ジャア、ナマエホシイ。ドウシタライイ?」
名前欲しい。どうしたらいい?
うーん、これは困ったな。バロンがいる以上勝手に名付けられないし、ゴブリンのセンスも分からない。
俺が戸惑っていると、バロンが助け船を出してくれた。
「レイニ、名ヅケテモラエ。オレモ、バロント言ウ名前ヲモラッタ。」
助け船では無かったようだ。バロンめ、俺はセンスが無いんだ!責任取れないぞ!!!
「レイ。ナヅケテ。」
「…わかったよ。じゃあ君は好きな食べ物は何?」
「ニク。」
ニクか。そうだよね、肉美味しいもんね。もういいや、肉からつけちゃおう。
ニック……んー、悪くないけど女の子だからもっと可愛い方がいいか。関係ないけどニコにしよう。
「じゃあ君の名はニコだ!」
「ニコ?ッテ、ドウイウイミ?」
そうきたか。ニックにしなくてよかったぜ……。肉から取りましたじゃ怒られそうだし。
「いつも元気で素敵な笑顔っていう意味だよ。」
「ワカッタ。ワタシハ、ニコ。レイ…ヨロシク。」
「ニコ、よろしくね!」
ニコはゴブリンにしては静かで大人しく、バロンのように他のゴブリンよりも高い知性を感じさせた。
「ニコカ。良カッタナ、ニコ。」
「ハイ、ニイサン。」
兄さん?
バロンとニコは……兄貴!!角ウサギのタマ取ってやりましたぜ!!みたいな関係なのかな。
「兄さん?」
「アァ。ニコハオレノ妹ダ。ニコガレイデヨケレバ、レイニナラ、クレテヤッテモイイゾ。」
「ニイサン!?」
ニコは突然のバロンの言葉に、緑色の頬を赤らめながらプンプンしていた。激おこぷんぷん丸だ。
ニコはゴブリンである。ニコはゴブリンである。ニコはゴブリンである。
「仲の良い兄妹だね!!そういえば他のオスゴブリンは狩りに行ってるの?」
俺は強引に話をユリゲラーの如くねじ曲げる。ねじ曲げなくてはいけなかった。だって……まだ心は人間なんだもの。
「明ルイウチハ、狩リニイク。日ガシズムト危険ダカラ、ミンナモドッテクル。レイモ夜ハ外ニデルナヨ。」
「わかった!じゃあさ、今なら狩りを見れるかな?」
するとまたバロンは不思議なものを見るような目で俺を見てきた。
「狩リガ見タイダナンテ、レイハ変ナヤツダナ。」
変……だね。狩りも出来ないゴブリンが今までどうやって生きてきたんだよって話だもんな。
「ニコ。今カラ狩リニイク。ニホン、ヨウイシテクレ。」
「ハイ、ニイサン。」
バロンはニコに声を掛けると、ニコはダッシュでどこかに走り去っていった。
2本?武器の話かな?
渋い声でコイとだけ言ってバロンは洞窟の出口へと向かって歩き出した。
「仲間ガ少ナイトキ、自分ヨリデカイノガイタラニゲロ。アト、ニンゲンモ危険ダカラデアッタラ逃ゲロ。」
確かに。人間は俺を見つけたら間違いなく襲ってくるだろうな。レッドゴブリンの角と牙ゲットだぜ!!とか言いながら襲ってくるんだろうな。
そしてその後、俺のあまりの無知さにもバロンは呆れること無く色々教えてくれた。
「ゴブリンハ爪デ戦ウ。」
ふむふむ。爪が武器か。鋭いもんな。
「咬ミツクコトモ時ニハアル。」
咬むこともあると。牙も中々だもんね。
「イチブノ者ハ武器ヲツカウ。」
ほほう。気になるな。続けてくれたまえ。
「ヨワイ者ハ木ノボウヲヨクツカウ。」
「確かに使い易い武器ではあるね。バロンは?」
「俺ハ人間カラウバッタ斧ヲツカウ。レイハ頭ガイイカラ、武器モツカエソウダ。」
武器って頭でつかうもんなの?ゴブリンの知能はやはり平均的に低いみたいだなぁ。もしかしたら出会ったのがバロンってのはラッキーだったのかもしれない。
「ニコハ弓ヲツカウ。イチバンノ弓使イダ。」
ニコ弓使いだったのかよ!すげぇな!
「マァ、自慢ジャナイガ、俺トニコハ、皆トオナジ種族デモ少シダケチガウ。」
ほほう。実に気になるな。続けてくれたまえ。
「俺ハ、ゴブリンソルジャー。ニコハ、ゴブリンアーチャート呼バレルモノダ。」
ゴブリンの戦士にゴブリンの弓使いだと!?凄い兄妹だったんだな!!!
「我々ノコロニーニハイナイガ、他ニモ魔法ヲツカウゴブリンモイルトキク。マァ、珍シサデ言エバ、レッドゴブリンノホウガ上ダケドナ。レッドゴブリンハ初メテアッタカラナ。」
魔法を使うゴブリンか。今のところ魔法を見たこと無いから実に気になるぜ。ゴブリンウィザードかなぁ。
魔法の事をもう少し質問してみるも、バロンはよく分からないとのことだった。
そうこうしている内に洞窟の出口が見えてきた。
「ニイサン、オソイ!」
「スマン。」
「ニコごめん!バロンに色々と教えて貰ってたんだよ。」
「………レイハ、マダワカラナイ事アルダロウカラ、シカタナイ。」
「クハハ。レイハ色ゴブリンダナァ。」
何よ。ニコ。何よそのツンデレみたいな反応は!!顔はフンッ!って感じに横を向いてるけど、頬は赤緑になってるし発言も伴っていないぞ!!!
そして何より重罪なのはバロンだ!!何だよ色ゴブリンって!!!聞いたことねーぞ!!!前から思っていたが、バロンはニコと関わるとブルータスだぞ!!!
「あれ?弓を持ってるって事はニコも行くの?」
「ウン、イク。ハイ、コレ。」
「剣……剣だ!!これ使っていいの?!」
「レイ。コレヲオマエニヤル。ツカイコナセ。」
2本持って来いって言ってたし、バロンは斧使いだから斧かと思ってた。
本物の剣……興奮するぜ!興奮すること変態の如しだぜ!!
これで俺はゴブリンナイトだ!レッドゴブリンナイトだ!!!略してレゴナだぜ!!!
「レイ。カマエテミロ。」
「おうよ!!って、重っ!!!剣ってこんな重いの!?」
「……斧ハモット重イゾ。」
なるほどなるほど。見るからに重そうだもんね。これは鍛えないと駄目そうだ。ゴブリンの上位種だからって簡単じゃないんだなぁ。
ガックリと肩を落とす俺を見てバロンとニコは笑いながら励ましてくれた。
くそっ、頑張らなくては。
バロンが狩り場に行くぞといって動き出したのはいいが、バロンとニコは足まで早かった。何なんだろう。もう、何て言うか、体の使い方とかからして別物だった。
生まれ持った種族的な性能の差で無いことを祈りたいものだ。
「ツイタゾ。気配ヲケセ。」
走るのをやめて、木の上に登らされた。そしてバロンは気配を消せと命じる。
はい。消します。消しました。消えてます?
「ダメダナ。」
何こころを読んでんだよバロン。
「チカラヲ抜ケ。草ヤ樹ニナッタツモリニナレ。」
野性的な感は無いんですよ。こう見えてシティボーイなんすよ。シティなハンターでも無いし。
「マァ、ソノ位デイイダロウ。」
バロンの言うとおりにして、息を潜めて10分ほど待っていると、茂みの中で何かがガサゴソと動いているのが見えた。
「ニコ。」
「ハイ。」
バロンの声に反応したニコが弓を引く。その時、茂みの中からヒョコッと角の生えたウサギが顔を出した。
あれ?弓を引いてるけど、結構距離あるぞこれ。まだ早くないか?
ヒュンッ。
わずかな風切り音に気付いた角ウサギが茂みから飛び出した。だが放たれた矢はその動きをも見透かしていたかのように、角ウサギの背に突き刺さった。
「ハズシタ。ニイサン。」
外した?あれで失敗なの!?
「マカセロ。」
バロンは斧を振りかぶりそのまま木の上から飛び下りた。そしてそのまま走っていた角ウサギの首へと真っ直ぐに斧を振り下ろすと、角ウサギは二つに分断された。
凄すぎ。正直ビビりました。
だって角ウサギって勝手に名付けたけど、実際には中型犬位の大きさはある。だが、動きはウサギそのものと遜色ない俊敏性を持ち合わせていた。
それを狙い澄ましたかのように斧でジョパーンッだぜ?信じられるか?同じゴブリンとして尊敬するし落ち込むわ!!
「次ハ、レイノ番ダナ。」
「出来るわけあるか-いッ!!!」
俺の見事なツッコミは、空しくも森を木霊し響き渡っていったのだった。
とうとう緑色のツンデレ風ヒロイン登場。
……。