妖猫 第四話 翻訳を翻訳
「何故薬草なの?」
「怪我させちゃったから動けないんだ。案内して貰わないといけないからさ。」
「……レイは甘い。」
そう言いながらもピピンさんは薬草探しを手伝ってくれた。一応リーダー君以外の奴等が出血性ショック死しても目覚めが悪いので、多めに薬草を集めた。
「よし、これだけあれば充分かな。さすがはピピンさんだね!ありがとう!」
ピピンさんの知識のおかげで薬草探しはすぐに終わった。俺一人だったら相当かかっただろうな。
無駄に見分けにくいし。
「ぐあぁぁ!!!」
リーダー君の元へ急いで戻ろうとした時、突如叫び声が聞こえた。
「やばっ!やっちまった!!」
逃げられないように全員をロープで縛ったのは良いが、魔物の存在を忘れていた。
叫び声を聞いた俺は、捕まえた冒険者達が魔物に襲われたのだとすぐに連想し走りだした。
「レイ……これは。」
距離はそう遠くなく、冒険者達の元へ数分後には辿り着いた。そこで見たのは首から血を流し、だらりと力を失った頭を下げる冒険者達の姿だった。
「なんだ……何があった。……あいつがいない。」
凄惨な殺人現場には、最後まですばしっこく動き回り戦っていたマークと呼ばれていた男の姿だけが忽然と消えていた。
仲間同士じゃなかったのか?元から仲違いしていて、リーダー君をマークが裏切ったのか?様々な考えが脳内を巡る……そしてこれもまた俺のせいなのか?
その時、ぎゅっと強く俺の手をピピンさんが握ってきた。
今にもネガティブな考えに陥りそうだった所をピピンさんに支えられ、どうにか気持ちを切り替える事が出来た。
「ピピンさん、今なら逃げた奴を追えるかもしれない。上手くいけばプップさんの捕まっている拠点まで案内してもらえる。急ごう。」
マークが風の鎚をくらったときに頭に巻いていたバンダナが落ちたのを覚えていた。そして幸いな事に今の俺の鼻は野生動物並みだ。
まぁ正直なところ、野郎のバンダナの臭いを嗅ぐなど罰ゲーム以外の何ものでも無いのだが。幸いということにしておこう。そう思い込もう。
「臭っ!もげる!!」
バンダナからは汗臭さや人間の油の臭いがして吐き気がした。だがこれで臭いは覚えたぞ。
スタートは足跡と武器から滴り落ちたのであろう血を頼りに走りだした。
「ピピンさん!ついてこれる?」
「当たり前。」
猫となった俺はゴブリンをも凌駕するスピードで大森林を駆けていく。ピピンさんは羽を羽ばたかせ、木々を縫うように華麗に空を飛んでいく。だが少し大変そうだったので、気付かれないようにスピードを緩めた。鋭いピピンさんは気付いてそうだなぁ。
少し進んでは足を止め臭いを辿る。ここまでは順調だ。
「臭いはあっちにいってる。ん?……何かいるよ。」
「魔物。」
念のため身を隠すと、俺の倍はあるであろう大きさの猿のような魔物が僅かに視界に入る。
木の枝に捕まる猿は、手足が異様に長く全身に毛が生えておらず気持ち悪いという形容がまさにうってつけのような見た目だった。顔は猿のそれとはまるで別物で、口が大きく鼻は潰れてしまったように平たく、丸く小さな目が6つある。肌色よりも濃い茶色がかった肌をしており、枝にも見える手足のせいで目だけで捉えるのは難しいだろう。
「どうするの?」
「可能ならスルーしたいかな。」
「だめ……気付かれた。」
流石は魔物だ。人間とは索敵能力が雲泥の差だ。
俺達に気付いたキモ猿は、大きな鳴き声を上げた。それが威嚇なのか仲間を呼ぶようなものなのか。出来れば前者であってほしい。
「ダメそうだね。闘うしかないか。」
猿は雲梯を行くように手を伸ばし枝を掴んでは、グングンと距離を縮めてくる。その姿を見て俺は観念することにした。
ピピンさんの安全を確保しつつプップさんを助ける。それが今の最重要事項。だが、出来れば誰とも戦いたくないのが本音だった。
今日の敵は明日の友。今日の敵は明日の転生先。もしかしたら転生したときに仲間となる存在かもしれない。または仲間となる存在の大切な人かもしれない。
その気持ちもあって角ウサギも敵として対するまで手出しするのを躊躇ったのだ。転生したら父ちゃんの仇とかになってるかもしれない。
ここにいればゴブリンにだって襲われる可能性だってあるし、ヘタしたらバロンに命を狙われる可能性だってある。もしゴブリンと対峙したとき、俺は自分の為にゴブリンを傷つける事が出来るだろうか。まぁピピンさんが狙われるようであれば、迷わずに戦わなくてはいけないのだが。
俺は様々な場面で臨機応変に対応出来るように、身の振り方を考えておかなければいけない。
だが今は目の前のキモ猿の対応が先だ。
そこで俺は一つ思い浮かんだ方法を試すことにする。
「待て!言葉が分かるか?俺は敵じゃ無い!!」
ゴブリンや妖精…そして人間と会話出来たことから、俺の魂には異世界万能型翻訳ソフトがインストールされているのだと考えていた。そこから導き出したのが俺の沢山ある奥義の一つ‘会話’だ。
だが止まること無くキモ猿はスピードそのままに枝から飛び降り、長い腕を撓らせて俺に向けて振り抜いた。
「危ねーな!!敵じゃねぇっての!!落ち着け!!!」
通じることを祈ってギリギリまで待ったのだがそれは叶わなかった。だがその割に思ったよりも容易く回避することが出来た。猫の動体視力に感謝だな。
「オマエ、ワカナゼ。オマエ、ヘン。コス、ニク。ニクニククウ!!!」
お前はなんでキモ猿の言葉がわかるんだ?怪しい奴め!俺は腹が減ってるんだ!喰ってやる!ってとこかな。
言葉が理解しにいくのは対象の知性の高さに依存しているのか?そうなるとゴブリンはこいつよりもかなり頭が良いってことになるし、人間や妖精なんてかなりの頭脳だな。
この翻訳システムは鳴き声を…というよりも感情を俺に分かりやすいように都合よく変換してくれているのか?だとしたら相手に俺の言葉がどのように伝わっているのだろうか。それが少し心配だが、今のところ会話は噛み合ってきたから問題ないのだろう。よくわからなんだ。
「だから落ち着けっての!!」
ニクニクうるさい猿をどうにか鎮めようとしたが、キモ猿は反撃してこないと判断したようで、余計に調子に乗って無防備に攻撃を繰り返してきた。
自分よりも遙かに大きな体から繰り出される攻撃は迫力満点であり、自分が狩られる側のような気持ちになる。だが、それも突如入った横槍によって中断された。
「風の鎚。」
ドコーンッと油断しきっていたキモ猿の脇腹を、ピピンさんの素早く重い鎚が捉えた。メキメキと嫌な音を立てながら、ヨダレを撒き散らしキモ猿は繁みに吹き飛ばれた。
手加減無しの一撃に憐れみを覚えながら繁みに目をやると、キモ猿はガサガサと這い出てきた。中々タフだな。
「グブ。ニク、ワカナゼ。ニククウ。ツヨ。」
ぐふっ、お前は何故キモ猿族の言葉が分かるのだ?俺は腹が減っている。だがお前達は中々強いようだな。って感じだな。
んー。この翻訳システムは万能じゃないのかもしれない。知能に関わらず普通の日本語にしてくれたらいいのに。……そういえば人間や妖精は普通の日本語として聞こえるな。ということはキモ猿が本当にこんな訳の分からないしゃべり方をしているのかもしれない。知能って大事だな。
「俺はお前を殺せる。だが戦いたくない。ここは退いてくれ。」
「ニククウ。……ニククウ!!!」
あー、なるほど。このキモ猿は欲望だけで生きてるみたいだから説得は厳しいな。
そういう生き物は体に訴えかけるしかないだろう。
「悪いけど肉はやれないぞ!」
ピピンさんの鎚に耐えるのだから、打撃耐性はありそうだ。
「これならどうだ!風の矢!!」
弓を引く1つの動作で3本の矢がバラバラの軌道で飛び出していく。
キモ猿は長い腕を伸ばして枝に捕まると足を振り上げて回避にでるが、1本の矢が足先を捉えた。
「ウググゥッ!?イダ!」
しっかり捉えたかと思ったが、矢はふくらはぎ辺りの肉を少しだけ抉った程度だった。
「オマエ、ニク。ヤロウナラバゴロ!」
ん?なんだ?翻訳ソフトがバグったか?
よくわからないが、顔を見る限りだと俺を喰う気満々に見える。枝から枝へ手を伸ばしながらキモ猿は向かってきた。
「何でもいいけど急いでるんだ。邪魔すんな!!!」
すぐに風の矢を放ち、キモ猿を狙い撃つ。3連発計9本の矢を致命傷にはならぬように回避したキモ猿は不気味に距離を詰める。このあたりは知能というよりも野生の勘や生存本能でそうしているように思える。
出来れば風の矢で仕留めたかったが、不規則に動くキモ猿を捉えるのは今の俺には難しかった。
「だったら接近戦だ!こい!!」
ここで俺は新たな魔法が思い浮かぶ。風の鎚や矢が作れるんだから刃だって作れるはずだと考えたのだ。練習もせずにそんなことが可能なのか?しかもこの危険な局面でやることなのか?そういった考えが脳裏を過ぎるが、ここを乗り切れなくては成長出来ない気がした。だから俺はキモ猿を見据えて呼吸を整える。
「はあぁぁっ!!……風の鎚!!!!」
そう。俺が放ったのは風の鎚だ!!悩んだんだよ。その結果、ここは安パイじゃね?が勝った。それだけのことだ。失敗を恐れたとかじゃ無いのだけは理解して頂きたい。この危険な場面を冷静に乗り切ることこそが成長に繋がると判断したのだ。
「グブゥ!!!?」
キモ猿は長い腕を撓らせて振り抜いてきたが、風の鎚が先にキモ猿の顔に当たった。今度はこのバーサーカーのような無鉄砲な感じが知性の低さを感じさせる。野性味は溢れているが。
ピピンさんの時よりも派手に吹き飛んだキモ猿は、すぐに起き上がることはなく横たわったまま動きださなかった。
警戒を解かずにジリジリと近付いていくと、キモ猿は苦しそうな顔をこちらに向けた。
「オマエ、ツヨ。ゴロセ。クウ。」
多分だけど「俺の負けだぜ。情けはいらねぇから殺せ。そして俺を踏み台にして頂点を目指せ。」かな?
……違うな。美化しすぎた。でも感情的には似たようなもんだろうからいいよね?
「殺さないよ。だから邪魔しないでくれ。」
「ナゼコロナ?」
コロナってなに?太陽の散乱光の話?推測しないと分からないような話し方やめようよ。
「何故殺さないかって?別に殺す必要がないからな。それよりも仲間が人間に捕まってるから助けなくちゃいけないんだ。だからこれ以上は襲ってこないでくれ。」
「ニンゲ。オマエナカマタスケ。タスケ!!」
なるほどな……俺の負けだぜ。命の代わりと言っちゃあ何だが、お前の仲間を助けるのを手伝ってやんよ。……だな。だよね?間違ってたら寝首を掻かれるかも。
俺なりの訳が合ってるのかどうかは分からないが、キモ猿の表情が柔らかくなったのを見て遠くはないだろうと判断した。信じてみよう。俺とキモ猿を。
「ありがとう。人間が一人この辺りを通らなかったか?」
「ハヤ。スグキエテ。アテチ。」
かなりの早さで駆け抜けて消えていった人間がいたな。あっちに向かっていったぞ。ですね。
一々推測するのが面倒くせぇ。




