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黄根 第一話 大森林とダダ草原の境界



「……来たか、モルフィーナ。」


 リョカ姉さんに輪廻の扉へ突き落とされて、微睡みから目が覚めたかのように意識が覚醒していく。


 一体どれ位時間が経過したのだろうか。キーナルメナンの所にいると時間の感覚がまるで分からないし、輪廻の扉を潜ってからもすぐに転生されているのかさえも分からない。


 だが今のところモルフィーナでやるべき事は決まっている。どれ位時間が経過していようと、一刻も早く俺がこうして生きているということをバロン達に伝えなくてはいけない。


 柔らかく暖かい日差しが照らしている。周囲を見渡すと巨大な樹木が並んでいた。


 だが反対側には木は生えておらず、背の高い草が茂っているように見えた。


 不思議なことに、目を動かすような感覚がない。そして常に360度を見渡すことが見渡すことができ、それどころか頭上や真っ暗な地面の中さえも見ることが出来た。


「……何なんだよこれ。」


 普通じゃない。普通の感覚じゃなかった。


 ここの所転生について考えている時間が無かった為、次の転生は何になるのか想像もしていなかった。

 もしかしたら、人間ともゴブリンともかけ離れた生き物になってしまったのかもしれない。


 ただどんな魔物だろうが人間だろうが、レッドゴブリンのレイじゃない限りバロン達も最初は疑ってかかることだろう。だったら何に転生したって変わらない。


 今やれることを全力でやるだけだ!!


「いざ疾く行かん!!!………ってあれ?」


 動き出そうとしたところで俺はようやく気が付いた。全く移動することが出来なかったのだ。


「まじかよ。」


 何も予想はしていなかったけど、これは完全に想定外だぞ。俺は一体何に転生したんだ?


 風が優しくそよぐ。すると俺の体が揺れる。


「あー、やっぱり気のせいじゃないか。」


 俺の視界には巨大な樹木が映っていた。その樹木の大きさからして最初の森とは違う場所にいるのかもしれないなと思った。木が森に比べて大きすぎたからだ。

 そして俺の周囲は巨大な雑草のようなものが大量に生えている。


 その雑草の中で一番近くに見える葉っぱが、俺の全身の感覚に同調するように動いていた。

 最初こそ気のせいだろうと思っていたのだが、自分が見ている何ヶ所かの視点と、揺れ動く数枚の葉の全てが一致してしまったのだ。


「ちくしょう、なんで草なんだよ。」


 急いでいるというのに、移動も出来ないのでは話にならない。転生してすぐに挫折しそうになる。

 どうやら転生は甘くないようだ。


「1回目はゴブリンで人間に襲われて、2回目は草か。参ったな。」


 いやー、参った参った。移動出来ないというのはかなりキツいものがある。何もやることが無くてぼーっとしていることしか出来ないのだ


 どうせなら薬草みたいに役に立つ草がいいな。そうすれば引っこ抜いて貰って何処かの町に運ばれたり、冒険者と共に冒険にだっていけるかもしれない。


 いや、その場合使用されたらどうなるんだ?ポーションみたいに加工されたら拷問のような感覚だったりして。


 恐ろしい想像が浮かんだので、とりあえず考えすぎるのは止めることにした。


 

 ☆



「朝日が気持ちいいな。」


 転生して3回目の夜を越え、4日目の朝を迎える。


 昨日の夜ふと気付いたのだが、俺はかなり成長している。それも他の草の方々よりも早く。

 転生初日こそ他の雑草よりもチビッちゃかったのだが、今は4日で同じ背丈まで達している。

 

「皆おはよー。今日も元気よく光合成しようなー。」


 返事は勿論無いが、暇すぎて声をかける癖が付いてしまった。独り言が増えて今後の転生に悪影響を及ぼしてしまいそうなことを危惧してはいるが止められない。だってやることが無いんだもの。


 植物としてやるべき事はある。雨乞いと光合成だ。しかしそれも試練がつきまとう内容だった。


 水分が足らなくなってきたのか、喉というか全身が乾く感覚がするのだ。まだ太陽光が足らなくなった事はないが、日差しが足らなくなると体調不良になりそうなのは明白だった。


「植物って結構過酷なんだなぁ。なってみたいと分からないもんだ。」


 暢気な事を言ってはいるが実際は深刻だった。2日目の夜に少しだけ雨が降ったがそれ以降晴天が続いている。


 あの雨は旨かった。





 6日が経過した。


 草って意識あるのかな。あるとしたら途轍もない忍耐力の持ち主だぞ。野生の植物を生き抜く奴は相当な魂だろこれ。


 早朝、夜露を嗜み朝を迎えた。何も出来ずにいる苦しみも、焦っている頃に比べたら幾分か和らいでいる。だが全身を渇きが常に襲っている。


「俺って一年草なのかな。」


 多年草だったら目も当てられない。流石に数年に渡り植物を熟していたら、精神がやられてしまいそうだ。


 俺はあくまでも人間なので、植物として生きていくにはすでに限界を感じ始めていた。





 7日目。1週間が経過し、俺は無の境地に達していた。つまらない、暇だと考えるのさえ辛くなってしまい、最初こそ楽しみにしていた鳥のさえずりや風にも何も感じなくなった。


 木々の間から覗ける空をぼーっと眺めていると、何やら足音が聞こえてきた。

 近付いてくる足音に意識が戻り、ワクワクして周囲を見渡していると2人の若い男だった。

 腰には短い剣を指し、何かの魔物の革のようなの簡素な防具を身に着けている。冒険者なのだろう。


「境界とは言え、魔物が出るかもしれないから急ごう。」


「おう。」


 2人の男達はキョロキョロと周りを見渡しては少し歩き何かを拾っていた。

 時たまする会話に聞き入っていると、どうやら薬草の採取依頼をこなしている最中のようだ。


「もう少し奥まで行けたら採取も簡単らしいけどな。行ってみるか?」


「はぁ?大森林は魔物の巣窟で、ダダ草原よりも出て来る魔物もかなり強いって聞くぞ。駆け出しの俺らじゃ殺されにいくようなもんだろ。」


 雑草を掻き分けては薬草を探していたのだが、中々見つからずに溜め息ばかりが増えていった。

 ただ嬉しい?話も聞けた。ここは一応大森林のようだ。大森林は途方も無い広さだが、人間がいるってことはバロンのコロニーからそう遠くはないはずだ。まぁ動けないから近くてもどうにも出来ないが、もしかしたらひょっこりバロンが現れるかもしれない。


「こっちは毒草ばかりだ。そっちに移動するかな。」


 そういって片方の男が腰を伸ばした後、こちらに近付いてきてすぐ傍で中腰となり薬草探しを開始した。冒険者Bのケツが俺の前でフリフリしてる。キモイな。


 背の高い雑草は足で踏み分けながら今度は冒険者Aが近付いてきた。すると、とうとう俺の元まで来たAは見事に俺を踏んづけてくれた。


「いててて。」


「ん?何か言ったか?」


「何も言ってねえぞ。」


 踏まれてついつい声を出すと、冒険者君が反応した。もしかして草なのに声が出てるのか?


「ちょっと、痛いから。足どけてもらえます?」


「………おい、つまんねーイタズラはやめろよ。」


「は?何がだ?」


「だから何かヒソヒソと喋りかけてきただろ!」


「何も喋ってなんていねーよ!」


 どうやら俺の声量は小さいらしく、ケツをフリながら少し離れていった冒険者B君には聞こえていないようだ。


 少し怯えたような顔をしてキョロキョロしている。悪いことしたかな。まぁそのお陰で足が俺から離れたから良かったけど。


「おーい、俺だよー。」


「ひぃ!!!き、聞こえた!!間違いなく聞こえたぞ!」


「お、俺も何て言ってるか分からないけど聞こえた!!ぶつぶつ呪文みたいな……これヤバいんじゃねぇか?」


「そそそそそそうだな!!今日はここまでにしよう!な!!」


 そう言うと冒険者達は荷物を慌ててまとめだした。折角の出会いがこのままでは呆気なく終わってしまう。


「待ってくれ-!こっちだよこっち!!」


「うぎゃー!!!!」


 引き留めようとすると、冒険者Aの恐怖が限界に達しBを置いて走り出した。


「あっ、おい!ちょっと待ってくれよ!!」


 Bの方が少しだけガッツと責任感が強いようで、かなり慌ててはいるが荷物を懸命にまとめて紐で縛ったりしていた。


「ごめんよー。悪気はーーー」


「ギョパー!!!!」


「悪気は……無いのよ-。」


 Bも限界だったようで、慌てて走り出す際に荷物をぶちまけてしまっていた。だがそんなことなど最早全く気にせずに走り去っていった。


 グッバイ、心の支え。


 気付いてもらうどころか恐れられてしまったが、冒険者との出会いには収穫もあった。


 まずは声が出せること。ただ小さくくぐもった声らしく呪文みたいとか言われた。失礼な話だ。


 そしてもう一つ、俺は葉っぱを動かせる。ちょっ、待てよみたいに手を伸ばすように動こうとしたら葉っぱがピーンとなったのだ。


 流石はレアな魂のレイ様だぜ。そんじょそこらの雑草とは訳が違う。


 夜になり、草になって初めてまともに魔物を見た。大森林とダダ草原の境界はあまり魔物が現れないようで、小さな草食の魔物は何度かみたが今回の魔物は完全に肉食だった。


 かなり汚らしい茶色のオオカミみたいな見た目だが、一番の特徴はその目だ。8つくらい目が付いてる。なんか蜘蛛みたいで気持ち悪い。

 俺はそいつを蜘蛛犬と勝手に名付けた。


 周りの木と比べてみると、蜘蛛犬の大体の大きさは大型犬と同じくらいに見える。

 それほど大きくないしバロンなら一人でも倒せそうだが、蜘蛛犬は間違いなくグループで狩りをしている。隠れた複数の蜘蛛犬がいるのだ。


 何故分かるのかというと、俺は八日も草として生きてきて、とうとう草の奥義を習得したからだ。その名も…根ソナー!


 説明しよう。根ソナーとは、根っ子が一定の距離の振動を感知して教えてくれる素晴らしい機能なのだ。


 根っ子じゃ無理だろと思うだろうが、実際出来ているのだ。もしかしたらゲーム的に言うと俺のスキルみたいなものかもしれない。土属性とか。


 7つの同じ振動を感じる。これは蜘蛛犬だな。


 すると蜘蛛犬とは別に5つの振動を感じた。振動音からして、蜘蛛犬とそれほど変わらないサイズの魔物っぽいな。


「グルルルルゥ。」


 堂々と開けた場所に立つ一匹の蜘蛛犬が威嚇するように唸る。すると草むらから5匹のゴブリンが現れた。


「グギャ!!!」


 蜘蛛犬はゴブリンの鋭い爪をバックステップで躱す。


 ゴブリンはまだ気付いていないが、飛び出した時点で蜘蛛犬はすぐに移動を開始してゴブリンを取り囲んでいた。


「ワォォォーン!!!」


 蜘蛛犬リーダーが遠吠えのように吠えると、6匹の蜘蛛犬が同時に飛び出した。


「グギャ!?」


 ゴブリン達はすぐに身構えたが、時既に遅し。それぞれあっという間に噛み付かれ、闇夜の森へと引き摺り込まれていった。


 まぁ一部始終を見ていたわけでは無い。根ソナーのお陰で大体手に取るように分かったのだ。大方間違い無いだろう。


 俺は根ソナーを使って思ったことがあった。


「野生の世界こわっ!」


 ゴブリンに転生したあの日、もしバロンに出会っていなかったら俺は一晩も乗り越えることは無かっただろう。


 ほんとバロン様々だ。





 八日目の朝を迎えた。


 昨晩の騒がしさはすっかり消え失せ、穏やかで爽やかな朝だ。


 しかし問題がある。全然雨が降らないのだ。このままでは渇ききってしまう。


「やべー、喉というか全身渇いた-。死ぬー。」


「ピピン、可愛いの見付けたの~。」


「プップ、変なの見付けたわ。」


 突如声が聞こえた。俺の根ソナーをかいくぐるなんて有り得ないぞ!


 萎れて下ばかり見ていたのだが、視界を巡らす。するとそこには20センチ位と思われる羽の生えた女の子が2人いた。


「………知り合いにティンカー・ベルっています?」


「ピピン、可愛いのが面白い事言ってるよ~?」


「プップ、変なのが変なこと言っているわ。」


 俺は既に見抜いていた。可愛いのも変なのも俺のことを言っているということに。

 俺は可愛らしくて多少変なところがある自覚があったから、すぐにわかるのだよ。特に可愛いってところで確信だぜ。


「ピピン、可愛いのは喋れるんだね~!」


「プップ、変なのから変なのを感じる。」


 くっ、プップと呼ばれる子は一貫して誉めてくれるというのに、ピピンは変なの変なのとディスりまくりだ。俺自身はそこまで変じゃないぞ!たまたま転生先が悪かっただけだ!


「2人は妖精ですか?」


「ピピン、可愛いのが聞いてるよ~?答えてあげてよピピン~。」


「プップ、変なのが当たり前のことを言ってる。恥ずかしい事だと教えてあげてプップ。」


 駄目だ、会話のキャッチボールが出来ない。もうこの子達に害意が無いことを願うしか無いな。


 

読んでいただきありがとうございます!

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