小鬼 第九話 本当ノ姿
出来れば聞きたくなかった。
あの子の素性を知れば余計に救えなかった後悔の念が溢れてしまうだろうから。
どういった理由で夜の森に居たのかまでは知らないし、知りたくもない。
ただ、どんなに気持ちが逃げようとも俺はこの人達に今から最も残酷な事を伝えなくてはいけないのだ。
隠してしまえばそれまで……だがきっとそれはそれで後悔するのだろう。
俺は不安げに見詰める人間達に渋々こう答えた。
その娘を知っているーーーと。
「ほ、本当ですか!?でしたらコンキスタ様は今どちらに!?」
魔法使いの少女は身を乗り出し俺に問う。だが彼女は中々答えられずにいる俺を見て全てを察したようだった。
「そんな……。」
「……ついてこい。」
まるで心臓が体内では窮屈だと言っているかのように激しく脈動する。
今はとてもじゃないが落ち着いて説明出来る状態では無かったのだ。
ついてこいとだけ伝えるのが精一杯だったので、問答無用に歩き出す。すると人間達は無言のまま後をついてきた。
やがてコンキスタさんの墓が見えてきて、重く閉ざす口を開きダイアに告げる。
「ダイア。お前の言う娘はあそこに眠っている。」
「……。」
震える足取りで数名の人間達が墓へと歩を進める。その中には俺を睨み付けていたバンダナの少年もいた。
「そんな……コンキスタ様。」
墓の前で両の膝を付きダイアは項垂れていた。親密な間柄だったのだろうか。
「人間が夜の森に迷い込んでいると、この森に住むゴブリンが教えてくれた。保護しようと思い急ぎ向かったのだが、あの日の森は不自然に騒がしかった。惜しくも深淵の亡者の手に掛かってしまったのだ。すまぬ。」
受け売りを交え演じてはいるが、全て本音で伝えている。あの子を救いたかった気持ちは本物だ。
「……埋葬して下さったのは魔獣様ですか?」
「我が穴を掘り、この森のゴブリンが埋めてくれた。出来ればこの森の魔物を……どうか許してやってくれ。人間達へ敵対する魔物もいるだろうが、一部のゴブリン達は人間へ敵対心を持っていない。それどころかこうして人間を思い遣る気持ちを持っている。」
故事付けではあるが、どうにかバロン達のコロニーに被害が出ないように話をすり替えた。タイミング的には不謹慎かもしれない。だが願わくば人間達が再びこの森へ攻め入ることがないようにと少しでも考えた結果だった。
ニコやバロンの苦しむ姿なんて見たくない。
「魔物が人間を埋葬するなんて聞いたことがありません。魔獣様の言葉が真実でしたら、私達はその魔物達へ酷いことをしていたのですね。宜しければ………埋葬して下さった魔物達に会わせて頂けませんか?謝罪がしたいのです。」
確かにダイアの仲間を埋葬してやったのにダイア達は殺そうと散々追い回し、ましてやニコは大怪我をしてしまった。人間社会なら謝罪して当然のことだろう。
だけど……何となく会わせない方が良い気がする。ニコの傷も酷かったし、まだこの世界の常識に疎い俺が簡単に全てを信用してはいけない気がしていた。
「すまぬがそれは出来ぬ。これだけ森を荒らされてしまったが故に魔物達は警戒している。そして娘を埋葬してくれたゴブリンをダイアは魔法で大怪我をさせたのだ。今必要なのは謝罪よりも怪我の手当てであろう。」
「……そうですね。申し訳ありません。」
深々と頭を下げて見せるダイアを見て、俺は難しく考えすぎなのかなと思った。
真摯な態度を示す人に警戒しすぎているのだろうか。
「ダイアさん!!こんな奴に頭を下げる必要なんてないよ!!!コンキスタ様を……こいつだってコンキスタ様を殺した魔物と同じようにただの魔物じゃないか!!!」
「カルト!!!」
カルトと呼ばれるバンダナ少年が突然憤りを示した。それをみて慌ててダイヤは制すが、カルトは止まること無く叫び続けた。
「僕達は復讐しなくちゃいけないんだ!!コンキスタ様はもう帰ってこないんだぞ!!この森の魔物を全て殺してやる!!!」
弔い合戦を望むカルトはダイアの横をすり抜けて俺に迫る。その手にはナイフが握られていた。
「いい加減にしなさい!!!!」
「離せ!!まずはこいつから殺してやるんだ!!!離してくれ!!!!」
暴れるカルトをダイアは羽交い締めにして止めた。
「私はいい加減にしなさいと言ったはずですが。カルト……皆気持ちは同じです。」
……同じ気持ち?どういうことだ?
「コンキスタ様を発見した以上ここでやることはもうありません。そして私達の言い訳も作ることが出来ましたしね。」
カルトを騎士風の男に引き渡したダイアが俺の目を真っ直ぐに見詰める。
それはまるで塵でも見るかのような冷たい瞳だった。
「私は王命によりコンキスタ様をお守りする役目を頂いていた元側近なのですが、恐らくこのままでは私は死刑になるでしょう。もちろん連帯責任としてこのクランの者達も罰を受けます。」
ヒタヒタとゆっくり歩を進め、ダイアの口元はニヤリと笑った。
「ですが国を滅亡に導こうと暗躍する、高位の魔物により攫われたという事なら免れる事が出来るでしょう。」
国を壊滅亡に……そんなこと一度も考えたことが無いぞ。どうしたっていうんだ。まさか俺を利用しようってのか?
「しかもその魔物と国の存亡をかけて戦い、そして傷だらけになりながらも辛うじて討伐する事に成功したとなれば罪を免れるどころか褒美を頂けるでしょうね。」
「何をいっているのだ!人間が我に勝てるわけがなかろう!!死に急ぐな!!!」
「人の言葉をすらすらと話せる程に高位な魔物です……普通に戦えば勝てないのでしょうね。だけどこれなら如何でしょうか?」
ダイアが革のバックから取り出したのはゴルフボール程の紅い宝玉だった。
「これはマジックアイテム……無縛の雲渦。冒険者如きではまず手に入れられない高級品ですが。」
そう言うとダイアは宝玉を握り潰した。
すると掌からは赤い靄のようなものが広がっていき、俺に纏わり付きだした。
「ぐがっ!!ぐぶぁ!!!」
纏わり付く靄にはほとんど触れらている感触は無かった。だがそれなのに手足が拘束されたように動かなくなっていく。
呼吸するたびに靄は体の中への侵入を許し、苦しさの余り喉を掻きむしった。
「魔獣様のお陰で、呼吸する小さな体躯の魔物であればどれだけ強大な力を持っていても無力化出来る事が確認出来ました。」
苦しい。
苦しい苦しい苦しい!!俺が一体何をしたって言うんだ!!苦しい苦しい悔しい!!!!
誰か……助けて。
「国王陛下は一体私にどんな褒美を与えてくれるでしょうか。地位かはたまた名声か。全ては魔獣様のお陰です。ありがとうございます。」
喉に餅を詰まらせたらこんな感じなのかな。いつもならそんなふざけたことを考えそうだが、そんな余裕も無かった。
とにかく苦しくて、もがき苦しむだけで精一杯だった。
俺の意識が消えていく。
折角転生したのに……早過ぎる。
ようやくゴブリンの生活に慣れて、皆と仲良くなれたのに。
覚悟だけじゃ乗り切れなかった。
バロン……ニコ……ごめん。




