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黒鼠の家

作者: Eine

 人気のない路地に、ひっそりとその店はあった。

ランタンを模した(もしくはそのものかも知れない)橙色の灯りの持ち手の鎖を、露出した横架材に打ち込んで吊るしており、店内は薄暗い。

壁の「御用の方は家主まで」の貼り紙は、確か出入りする為の扉にも貼ってあった筈である。

奥にも扉はあるが、この部屋自体は三畳程のスペースしかなく、更にその一畳ほどは店員が作業する為のスペースとなっており、販売する為のスペースはたったの二畳程だ。

ふと適当に詰め込んだようなごちゃごちゃとした陳列棚を見てみれば、何やら妖しげな薬から子供用の玩具まで、多種多様な物品が詰め込まれていた。

大正頃に使われていたような古いレジスターで精算しているらしく、おおよそ店員には見えないが確かに「黒鼠の家」と店の名前が書かれたエプロンを着た人物(何しろ店内にも関わらず帽子を目深に被っているので、性別がわかりにくい)が、今しがた一人精算し終えたところである。

精算し終えるや否や、その人物は手元にあった本を読み始めた。私はそれにやや急ぎ足で近付いて、尋ねる。


「あー、家主はいらっしゃるかね」


店員を呼び付けてそう言えば、その帽子を目深に被った人物が顔を上げた。


「……ああ、私が家主です」


目深に被った帽子をほんの少しだけ上げて、家主はそう答える。

少女とも少年ともつかない中性的な声と顔立ちをした家主は、眠たげな様子なのに、何だかとてもおぞましい。


「ナナカマドを処分しに来た」

「除草剤はそこにありますよ」

「いや、売っているものじゃ処分しきれないんだ」


私が金貨の入った袋をどすりとレジ台の上に置くと、眠たげだった家主の眼差しに、商人特有の鋭い光が宿る。おぞましさが増した。

家主は商人として名を馳せている訳でもなく、風の噂でここに来た私だが、それだって普通の買い物をしに来た訳でも何でもない。


「……見積もりをしますので、奥へ」


家主にそう導かれ、私は店の奥へと向かうのだった。


 部屋は店舗部分と同じく三畳程で、明かりとして活用されているのは、(吊るしているかいないかの差はあるが)店舗部分にあったものと全く同じデザインのランタンのようなものと、その側に置いてある青白い光を放つ苔だ。

部屋は一部分だけぐちゃぐちゃで、脱ぎ捨てられたまま畳まれていない衣服に汚れ一つないキッチンが対照的だ。

きっと公私を完全に分けるタイプなのだろう。エプロンの下に今着ている服と似たデザインのものだけは、しっかりとハンガーに掛けられていた。

あのキッチンもきっと、何らかの作業に使う為に綺麗にしているのだろう。


「どうぞ、そこに。お茶です」


一人がけのソファを指さして、家主がそう勧めた。家主が座っているのは、無骨な木の椅子である。

座り心地の良いソファに、沈み込むようにして座った私は、しかし出された茶を見て顔をしかめる。強烈な匂いと毒々しい緑色。私の苦手な薬草茶だ。

上品な白いティーカップとのコントラストが、余計にその毒々しさを際立たせていた。


「毒ではありませんよ」

「いや、それはわかっているんだが」


顔をしかめる私に苦笑いして、家主は茶には何も入っていないのだと弁明するが、敢えて言うと怪しさが増す。

元より疑っていなかった私だからこそ良かったものの、臆病な人間に言ったのだったならティーカップを投げられても仕方がない言葉だ。

私は毒が入っていないだろうと予想していたので、折角出されたのを飲まないのも悪いと思い、私は一思いにぐっと流し込む。

大体、私を殺すつもりなら、家主はすぐにでも実行できるのだ。

ふわり、と心地良い甘さがした。


「……苦くない」

「普段飲むものを、そう苦くしてしまっては駄目ですからね。それとも、私がアンタに帰ってもらいたいが為にそんなものを用意したのだと?」


悪戯が成功した子供のような表情をして、家主は笑う。

確かに私は歓迎されていないものとばかり思っていたのだが、この甘い薬草茶を見る限り、そういうつもりはそこまでなさそうだった。

しかし、丁寧な口調であると思っていただけに、アンタという呼ばれ方は少し驚いた。

むしろ家主がここまで丁寧な口調を使える事に関して驚くべきなのだが、何故だか家主には、そんな当たり前の事を気にさせない雰囲気があった。


「――ではようこそお客様。家主アリス・ティレットにどんな御用で?」


家主アリス・ティレット。

それは、スラム街に蔓延る破落戸達の長の名であり、暗殺者ギルド「黒鼠の家」の家主の名である。



 ひとまず家主の事をティレットと呼ばせてもらう事にした私は、早速とばかりに依頼の話を切り出した。


「とある人間を殺して欲しい」


優雅に薬草茶を飲むティレットが、話を聞いていると信じて、私はその人間について、詳細に話す。


「報酬は?」

「30万ユーロでどうだ」

「駄目ですね。アンタの心臓は?」


それは困った。

私がそう頬をかけば、ティレットは馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

そんな表情をされても、私にはどうにも出来ない。


「人の命を奪うのに、自分の命は賭けられませんか」

「いいや、そういう事じゃない。私にはそもそも心臓がないんだ」


ぽかんと呆気に取られたような表情をして、ティレットは私の顔をまじまじと見つめた。


「それは、つまり……?」

「このロンドンにおいて、人造人間を知らないという人間も……まあかなり珍しいが、いない訳ではないしな。私は人造人間のアレン・アディソン。よろしく」


人造人間。

魔術や機械によって作られる、人間を模した何か、過ぎた技術の結晶。

それが、私だ。

益々不思議だといった表情をしたティレットがおかしくて、私は堪えきれず肩を震わせる。

するとティレットは気まずそうな表情をして、こほんと咳払いをした。


「では理由をお尋ねしても?理由によっては破壊活動なしで暗殺する事もありますので」

「ああ、私を生み出した魔術師が、生きた人間を魔術の媒体にしているので、それを止める為に殺して欲しいというだけのよくある理由だよ」


真面目な表情をしてそう尋ねてきたティレットだが、先程の間抜けな表情を見た後だと、何だかこちらの気が締まらない。あの背筋を凍らせるようなおぞましさも、既にどこかへ消えていた。

私は幾分かリラックスした状態で、あるがままを話した。

自分の親の事だから、もっと辛かったりするだろうかとも思ったが、やはり人造人間だからだろうか、意外と何とも思わなかった。


「はあ、成程。では事実確認の後にさくっと暗殺しておきます。代金は最初に提案された30万ユーロ、前金で10万、残りは暗殺成功を確認した後。よろしいですか?」

「ああ、では前金はここに」


にこりと微笑んで、ティレットは深く丁寧にお辞儀をした。



 家――父である魔術師と共に暮らしている家に帰ると、部屋の奥から鉄臭い臭いがした。


「……どちらだろうか」


父は良い具合に死んでくれただろうか。死に良い具合も何もないが。

私は鼓動が高まるのを自覚しながら、見咎められやしないかとそれを無理矢理に抑えようとしつつ、部屋の奥をゆっくりと覗こうとする。

ばくばくと、心臓の音がする。


「ああ――丁度いい」


扉の隙間から部屋の中に、笑顔を浮かべたティレットがいるのが見えた。

どうやら父と話をしていたらしかったが、私がこちらにいるのがわかっているのか、ティレットはこちらを見ている。生憎何を話していたのかはわからない。

こちらに向かってくるティレットに、私は慌てて部屋を離れようとする。


「大丈夫、アンタがそこにいるのはわかっていますよ。アレン・アディソン」


ティレットは眠たげな声色で、私を呼ぶ。

私は観念して部屋の中へと踏み入れたが、果たしてそれは、私の望んだ景色だったろうか。

話をしていたと思われた父は、もう随分前に死んでしまったかのように干からびていて、血の匂いだと思われたそれは腐った死体の発する異臭だった。


「これ、は……」

「現実逃避なんてまるで人間ですね。いや、アンタは人間だ。魔術なんてものがどういったものか知らないが、ここにあった資料を見た限りじゃあ、アンタみたいに感情豊かな人造人間なぞ、まだ作れやしないだろう」


どうして父は死んでいるのだろうか。

ぼくを生み出した偉大なる父が、どうして死んでいるというのだろうか。

いや、これは良かったのではないか?元々私は父の死を望んでいたのだ。

様々な考えが私の頭の中を巡り、消えて、ちちのしをうけいれようとしない。

しんぞうがばくばくとおとをたてる。


――心臓?


「ようやく自分が人間だって気付いたんですね?アレン・アディソン」

「いやでも、わたしは。とうさんが言ってたのに、なんで……」


私が人造人間であるというのは、父によって聞かされた事実だ。

父が言った事だ。間違いである筈がない。


「何で?そんなの簡単ですよ。これはアンタの父親の日記です。読み上げますね――」


そう言ってティレットは、黒革の手帳を開き、読み上げる。


 ――四月十日。これから我が子アレンの成育日記をつけようと思う。

スラムで育ってきた記憶はある程度消しておいたが、子供を育てるのは初めてだし、少し不安もある。

スラムで育った時の記憶からか、どうにも私に対して警戒している所がある。仲良くできるだろうか。


四月十四日。アレンはどうにも近くにあるものを食べようとしてしまう癖があるらしい。他の子供を見た事がないから、アレンだけの事なのかわからないが、危険な薬品もあるし止めて欲しい。


四月二十日。頭を撫でても逃げなくなった。今まで避けられたりしていた分、これは嬉しい進歩だ。


 私を育ててきたらしい父の日記。

苦悩しつつも、私を立派な大人に育てあげようとしている父の努力の跡。

これでは、まるで、普通の親子だ。


「問題は、四年前の四月十日――皮肉にもアンタが拾われた、丁度十六年後です。アンタの父親は、アンタが難病を患っているのを知った」

「え……」

「アンタの父親は、それで手を血に染めました。アンタを救う為に沢山の犠牲を払い――アンタが狂ったと思ったその行動は、子供を救いたいが為の行き過ぎただけの行動でした。多分アンタが自分を責めないように病に関する記憶を消して、狂ったと思わせる為に色々工夫した結果、アンタが人造人間であると勘違いする事になったんでしょうね」


父の亡骸に近付いて、そっとその亡骸を撫でてみる。

すると私の失くした懐かしさが、悲しみが、戻ってきた気がした。

共に過ごした記憶、というものは一切戻ってこなかったが、それでもなんだかとても悲しくて、懐かしい。


「アンタの父親は、最後の部品でした。アンタを生かすには、童話のように心からの愛が必要だったんですよ」


わっと泣き崩れた私の肩を、ティレットは優しく叩いて微笑んだ。


「これじゃあ働き損なので、殺してはいませんが報酬を下さい」

「……」


ああ、ティレットの所為で涙が引っ込んでしまったじゃないか。

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