表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

言われるままに

 タクシーが道路を走行していた。

 走行中のタクシーの運転席には少年が一人座っていたが、彼はハンドルにもアクセルにも触れていない。

「ねえ、カニス。父さんは何のために僕を研究所に呼んだんだろう?」

『現状では判断しかねますが、電話を介して話すことが憚られる用件であるのは間違いありません。会合場所に自宅ではなく研究所を選んだことから、お父様の研究に関連があるものと推測されます』

 少年の呟きに返答している声は、彼が装着しているヘッドセットから発せられている。声の主はヘッドセットに内蔵されている人工知能だ。

 カニスとは、この少年の所有している端末を司る人工知能の名称である。この端末を初めて起動したときに少年の父親がつけた。

 この時代における現代人は人工知能が搭載された端末を必ず一つは携帯している。

 更に言えば、少年を乗せて走行しているタクシーも、市内を無人で巡回するように設定されたタクシーの人工知能にカニスが少年の元まで呼び寄せる命令を出し、目的地の『量子光学応用技術研究所』に向けて発進させたのだ。

「研究に関することで僕に関係あることなんてないと思うけどね。でも、それ以外のことだったら普通は家に帰ってから話すだろうしな~。まあ本人に聞いた方が早いか・・・・・・」

 カニスとの会話を終えた少年は、車窓から見える景色には一切目もくれず、ウエストポーチから携帯ゲーム機を取り出して暇をつぶすことにしたようだ。

 結局、少年は研究所の正門の前でタクシーが止まるまでゲームをしていた。

 少年はタクシーを降りて研究所の中へと進んでいった。

 前庭を歩いている途中で少年は只ならぬ静寂を感じ取った。普段から研究所は静かな所ではあったのだが、多少の足音や機械の稼働音くらいは聞こえていた。今は物音一つせず、正門から見えるすべての建物が消灯しているようだった。

 前庭を抜けて、入館の手続きを済ませるために事務棟の自動ドアの前に立ったが、ここも消灯されている上に、自動ドアも開かなかった。

「あれ、ドアが開かない……まだ終業時間じゃないよね?」

『はい。現在の時刻は18時23分、研究所の終業時刻は20時45分です。また終業時刻になると警備ドローンが入り口に配置されるはずですが、見当たりません』

「今までこんなことなかったよね?」

『改修工事が行われる際には、早く業務を終えることがあったようですが、現在のところ工事の予定はありません』

「じゃあ、これは一体どういう……」

 辺りを見回すと他の棟も同じように消灯しており、人の気配が感じられなかった。しかし、一つだけ窓から光が漏れている部屋があった。

「ねえ、東棟の方に電気がついてる部屋があるんだけど、あそこって父さんの研究室だよね」

『はい。量子光応用技術研究所東棟第二研究室はお父様が頻繁に出入りしている研究室です。現在は小型加速器の研究に利用されています』

「加速器? 父さんがどんな研究してるかとかよく知らないんだけど、医療器具とかに使うような奴かな? それとも自家用発電機?」

『いえ、出力はそれらと同程度のようですが、より小型の製品を目指しているようです』

「ふーん。そんなに加速器を小型化して何するんだって感じだけど……あそこに父さんがいるかもしれないし、入ってみようと思うんだけど、大丈夫かな?」

『第二研究室は所長室や倉庫とは違い、係員の許可やパスワードがなくとも、お手持ちのIDカードがあれば入室は可能です』

「じゃあ早速……」

 少年は裏口のドアの認証装置にIDカードをかざして解錠し、第二研究室に向かった。

 第二研究室は裏口から廊下に出て右に進んだ所にあった。少年は東棟に入ったことはなかったが、電灯が点いている部屋は一つだけだったのですぐに見つけることができた。

 研究室の中は2メートルを超えるであろう、巨大なコンデンサーらしき機材が四隅に配置されているだけで、他には何もないようだった。少年の父親はそんな部屋の中央にいた。

「着いたな。早速だがこいつをおまえに預ける。おまえの端末に説明書と端末同期ドライバを送っておく。自由に使ってくれていいが、誰にも渡さないでくれ」

 少年の父親は手に抱えていたアタッシュケースを少年に押しつける。

「早速っていうか、突然だね。色々聞きたいことがあるんだけど聞いてもいい?」

「挨拶もなしに悪いが、あまり詳しく説明する時間がない。戸惑うのも仕方ないが、今は私の指示に従ってくれ」

「いいよ。で、何すればいいの?」

 少年は父親の唐突な頼みをあっさりと承諾した。

「・・・・・・ふっ、相変わらず良すぎるくらいに聞き分けがいいな、物分かりがいいかは別としてだが・・・・・・簡単に説明できることだけ先に言うぞ。そのケースには我が光学応用研究所の総力を掛けて研究していたとある製品が入っている。それを持って逃げてほしい」

「OK、何からどこに逃げればいいの?」

「それを狙っているのは、どこかの国の軍人か諜報員に準ずる組織だろう。この飽和した世の中でそんな連中が動く理由がわからないが、連中にはこちらとアポを取ろうとする気配もなく、こちらの身辺をひたすら嗅ぎ回ってくるだけだった。何のためにこちらの身辺を嗅ぎ回っていたのかは、今日、それが完成してすぐにわかった。それが完成した瞬間に殺傷能力のある兵器を持った奴らが襲撃を掛けてきたからな。警備システムも何故か発動せず、仕方なく自力で撃退したが、この第二研究室のスタッフが私以外全員殺されてしまった」

 そこまで話して、少年の父親は身につけていたバイザー型の端末の操作を始めた。

「奴らは第二研究室に関わる人間をすべて消すつもりだったのだろう。奴らを返り討ちにした後、他の施設の職員は巻き込まれないように全員帰らせた。ここへ来る途中に見たと思うが、すべての施設が消灯していたのはそれが理由だ」

 バイザー型端末の決定キーが押された瞬間に、第二研究室の床が青白く光り、コンデンサーらしき物体からバチバチと電流を帯び始めた。

「そしてどこに逃げればいいかというと・・・・・・異世界だ」

「異世界? 海外に逃げるって意味じゃないよね?」

 少年は父親の身に起きた壮絶な出来事を聞いても、部屋全体に変化をもたらす大がかりな仕掛けが発動しても全く動揺せずに、自分が気になった点のみを質問した。

「だいぶ違うだろうな。どれほど差異があるかは私にもわからない、物理法則さえ違ってもおかしくはないので、それは自分の目で確かめてくれ」

 少年の父親はドアを開けて部屋の外へ出て行き、どこからか持ってきた非常用持ち出し袋と書かれたバッグを少年の足下に置く。

「きっと長期の滞在になるだろう。役立つかはわからないが、一ヶ月分の食料とサバイバルキットが入っている。これとその製品を使ってどうにか向こうの世界で生き延びてくれ」

 少年の父親は再び部屋の外に出て、今度は鍵を掛け始めた。

「ところで、父さんは一緒に来ないの?」

「奴らに追われないように、おまえが転移した後に次元転移装置を破壊する役目がある。そろそろ転移が始まる頃だ。じゃあな、向こうに着いたら、すぐにこの世界に戻る方法を探して、必ず戻ってこい。戻ってきても私と会うことはないだろうがな」

「うん。じゃあね」

 少年は父親の別れの言葉に感慨の無い軽い返事をして、光と共に消え去った。

「・・・・・・どうも煮え切らない今生の別れだな。こんな別れ方じゃ死ぬに死ねないぞ・・・・・・仕方ない、行儀の悪い息子を叱るまでは生き延びてみようか」

 そう呟いた後、少年の父親はモニターにカウントダウンが表示されたバイザー型の端末を、未だにバチバチと電流が迸る第二研究室に投げ入れて、廊下を歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ