第六話・御嬢様と町へおでかけ
帰らずの森・ヴァジュルトリア邸。
「皆の者、今日は町に行くぞ。」
「「「へ?」」」
鬼熊との恐ろしい命懸けの鬼ごっこから数日後…突如として言い放たれたリクスのその発言は朝食中のバンホー達古象人グループ、ギャスク達化石魚グループ、そして帰る場所を失い二大グループと共に働くことになったカイナに向けられた。
「リクス御嬢様!?森を治める当主の貴女が森を離れるなんて…!!」
「黙れ。」
「ゴハッ!?」
「「「ヒッ…ヒィイイイイ!!?」」」
「御嬢様ァアアアア!!いきなり執事さんを石化させちゃイカンでしょおぉおぉおおおおお!!?」
森を治める魔界貴族・ヴァジュルトリア家の14代目当主であるリクス本人が事もあろうに森を離れて外部の町に向かうなんて事は当然ながら周りに居た蜥蜴人の執事が制止をかけようとしたが聞く耳持たず…リクスは邪眼を発動させてその執事を石化させてしまった。あんまりにも理不尽過ぎる仕打ちにギャスクやカイナ、化石魚と古象人の下っぱ達は全員驚愕し、バンホーがすかさずツッコミを入れたのは言うまでもない…。
「いつものことだ。気にするな。」
「いつも!?オレ達がここで働くようになる前からなんスか!!?」
「後で元に戻してはやるさ…百年後くらいに。」
「地味に長いですね…。」
「まぁ魔族にとっちゃ百年なんて大したものじゃあないですけど…」
「そういえばもうかれこれ千年近く放置している奴もいるが最後に会ったのはいつの頃だったのか…。」
「ヒェッ!?せ、千年もッ!?」
リクスが使用人達に邪眼を使うのはヴァジュルトリア邸でバンホー達が働くようになる前からのことであり、元に戻しておくのは完全に彼女の気分次第だった。基本的に寿命が非常に長い魔界の住人にとっては百年程度は殆どあっという間な時間だが流石に千年ともなると耐え難い苦痛らしく、バンホー達はますます恐怖した。
「しかし、なんだってまた急に町の方に?」
「お前達をスカウトして私の食生活は以前とは比べ物にならないくらい充実したものになった。が、しかしだ…欲を言えばもっと食べられるものを増やしたい、森に原生している植物、魔獣や蟲妖も美味いがな。外には私も知らないようなものもきっとあるに違いない。」
「あー…そういうワケでしたか。」
「生まれてこのかた一度も森の外から出たことがないから町はおろか外の世界の事は何も知らん、しかし、使用人共が言うには珍しい植物の種を売る店や得体の知れない魔界の珍味を使った料理の露店、家畜用の魔獣の飼育方などもあるとか…フフ。」
(((やはり食い気か。)))
(((最初に働くようになったときから思ったが…この食欲は一体何処から沸いてくるのだろうか???)))
リクスは別段、現状に不満があるわけでなく、むしろ更に環境を発展させようと外部の技術や物資を取り入れようという目的で町に行こうと言うのだが、実質リクス個人の興味が大半であった。この飽くなき食欲の出所が解らぬバンホー・ギャスク・カイナ、その他大勢は敢えて聞きたいのを我慢した…仮に下手に聞いて彼女の逆鱗に触れたらもれなく先程の迂闊な執事と同じく石になりかねないからだ。
「私達、たまに町に行ってたり…しますよ?」
「…な、なんだと?」
「カイナ達鎌鼬族は木材を切り出して町に売りに出して酒を買ってますし、我々古象人も畑を耕すための耕具やら買いに行ってます、あと酒なども…」
「オレら化石魚の場合だと手製のものだけじゃ限界あるんで狩りに使う道具一式とか、晩酌用の酒とか…。」
「町に行く理由はまだなんとなく解るからいいとして、なんで揃いも揃って全員酒をジュース感覚でポンと買う!貴様ら全員酒乱の一族なのか!?」
リクスはそれぞれの理由で町に行ったことがあるということを聞いたこともそうだが、三種族共どういうわけか共通して酒を買ってるため盛大にツッコミを入れてしまった。
「コホンッ…ともかくだ。町に行ったことがあるなら好都合だ…モグモグ。朝食を食べ終えたら…ムシャッ…案内、モシャ…しろよ?ところで今日の料理もまた一味違うな?一体なんだ?」
「羊魔草の鮮血サラダ、軍隊蟻の蜜和え、一角獣の臓物のシチュー、蛮魔猿族の乾燥脳味噌五百年ものですね。」
「素晴らしいラインナップだ。しかし…お前達、簡単なものながらも料理も出来るから感心だ。以前ウチに居た唯一のコックはマズイものしか出来ぬ馬鹿者であってな、今では石にしてインテリアとして飾っている。」
(日頃から料理やってて助かったァアアアアア!!思った以上にヤベェーぞ!この人!?)
(この御嬢様、機嫌を少しでも損ねたらオレらも確実に石にされるゥウウウウウウ!!)
どうやらリクスが町に出掛けるのはバンホーとギャスク達自らの調理込みで提供された魔界独特のおぞましいラインナップの朝食の後に決まったようだ。と、リクスには食事中ふと疑問に思ったことがある…それは以前、作られる料理のあまりのマズさに腹を立てて石化させてしまった蜥蜴人の亜種・毒蜥蜴のコックのことであった。石化された後、今ではヴァジュルトリア邸のインテリア代わりにされているとのことであり、その憐れな末路を聞いたバンホーとギャスクは顔を青褪めさせながら戦慄し、決してリクスを怒らせまいと固く決意したという…。
「「「行ってらっしゃいませ、リクス御嬢様!!」」」
「うむ、見送り御苦労。」
「「「バンホー!ギャスク!カイナちゃん!留守は任せろ!!」」」
「任せたからな、お前ら!」
「じゃ、ちょっくら出てくらぁ。」
「行って、きます…!」
食後、留守を蜥蜴人の執事やメイド、古象人ならびに化石魚グループ達に任せて外へ出た一同は作業用のブルドーザータイプの重機械兵やヴァジュルトリア家が使役している大鎧蜥蜴に乗り込んで、館を後にした。
「御嬢様、こっちです。」
「本当に森から出られるんだよな?先程も言ったが一度も外に出たことがないから不安なのだが…。」
案内するバンホー達について行き、帰らず森の森を抜け出ようとしたリクスだが、生まれた時から一度も森の外の世界を知らずに育ったせいか、いざ実際の行動に移そうと考えたら若干の不安がよぎってしまったようだ。
「ハッハッハ!大丈夫です。心配しなくても。」
「そんなに難しい方法じゃ無ェんですわ、これが!」
「森の住人、なら…全員、知ってる…裏技、いえ…むしろ、荒業のような、ものです。」
「荒業?」
どうやら肝心の森から出る方法は一部の森の住人達ならば知ってるというもので、何人もの外部の侵入者を惑わせた迷いの森である帰らずの森から容易く出入り可能だというがどうもカイナ曰く『荒業』とのことである。
「この森の木というものは、全体的に黒くて特に葉っぱはかなり濃い黒なんですが、その中に妙にキレイな緑色の葉っぱが生えてるものがありましてね…。」
「そこが所謂出入口への『目印』って奴ッス!」
バンホーとギャスクが指差した先には帰らずの森特有のドス黒い木の中に、見た目こそ同じようなものだが彼らの言うようにやたらとキレイな緑色の葉っぱが生えてるのが唯一の違いであった。これが出入口に繋がる『目印』とのことだ。
「カイナ!頼む!!」
「解り、ました…バンホーさん…これは、仕方ないこと…仕方ないこと、ですから…シャアッ!!」
バンホーに言われ、カイナは腕を鎌に変化させて緑色の葉っぱが繁る木を躊躇いつつも二・三本ほど一閃…すると。
「ウギャアアアアアアーッ!!」
「いでぇええええ!?痛ェよぉおおおおお!!」
「や、やめてくれェエエエ!!いきなりなんてことするんだァアアアアア!?」
「これは一体なんなんだ?ただの木じゃないぞ???」
木が突如、悲痛な悲鳴を上げると同時に斬られた幹の切り口から汚い赤の飛沫を噴き出しながらあまりの激痛に転げ回りだしたのだ。この有り得ない光景にリクスは思わず不思議そうに首を傾げた。
「彼らは、樹霊族…といって、普段は森の木に、擬態して…他の種族や獣から、斬り倒されたり、食べられたり…しないように、暮らしている…そういう、種族です。」
どうやら単なる森の木だと思われていたモノは樹霊族という種族らしく、木のふりをしながら森で暮らしているだけのおとなしい連中のようだ。
「こいつらが密集してるところが森の出入口の大部分なんスよ、外部の侵入者は擬態しているコイツらのことなんて完全スルーで気づきゃしないんでしてさぁ!出入りするコツを見逃したりするからこの森でのたれ死ぬんだっつー話!!ギャーハァー!!」
「ヒャアアーッ!?や、やめてくれ!私達が一体何をしたというんだ!?」
「此処から出る方法の一つとしては樹霊族が集まってる場所を目指し、そして斬り倒す!これが一番てっとり早い方法です!!」
「ぐぎゃああああ!!こ、この…人でなしィイイイイ…!!」
樹霊族が密集して住みかにしている場所は外部の侵入者が最も見逃しやすく気にもとめない死角となる森の出入口付近であり、彼らはこれを利用してやり過ごしているらしいがよくよく見れば帰らずの森特有の全体的なドス黒い木に生る葉っぱと違って緑色の葉っぱを生やしているため、すぐさま区別がついてしまい、それに気づかれると為す術もなく現在のようにそのことを説明しながらバッサバッサと伐採をしまくるギャスクとバンホーみたいな奴らにアッサリと殺されてしまうという悲しき種族だったのだ。
「初見で驚いたがなるほど、それは面白い、まさかこんな方法があったとはな…フフフ。」
「ヒィイイイイ!!た、助けてくれェエエエ!!死にたくない!死にたくないんだァアアアアア!!」
リクスは『いいことを聞いた』と言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべた後、突然現れた殺戮者達に対する恐怖のあまりに枝を腕に根っ子を足に変化させて逃走を図る樹霊の一人に視線を向けると…。
「アッハッハッハ!!どれ、私にもやらせてみせろ!!」
「うっぐぅううう!!?な、なんだ!?足が!腕、も…石に、な…る…!?」
この身に流れる弱者を嬉々として嬲る魔族の血が騒いだか?その本能に従うかのようにリクスは逃げる樹霊に邪眼を発動させていつもの様に石化させてしまった。
「ヒューッ!御嬢、やっるーッ!!んじゃあ誰が先に出入口までの道を先に切り開けるか競争しちゃいますー?」
「ハッハッハーッ!!実に面白い趣向だな、ギャスク!よかろう!!だが私は負けんぞ?」
「ウォオオオオオ!!伐採祭りのはじまりじゃあああああ!!」
「ウフフ、た、楽しい…かも…!!」
ギャスクの要らん一言により、リクス達に流れる汚れた魔族故の嗜虐心に火が点き、町へ行くという目的などどこへやら…最低最悪、且つ、超一方的な大量虐殺が開始されてしまった。
「オラオラオラァッ!死にさらせやァアアアアア!!ギャーハッハッハー!!ヒャッハッハッハーッ!!」
「く、来るなァアアアアア!!ぎょわぁああああ!?」
荒い運転でブルドーザータイプの重機械兵で最初から逆らうつもりも戦意も無く逃げ惑う樹霊を薙ぎ倒しまくり、狂った様にゲラゲラ笑い飛ばすギャスク。
「やめてェエエエ!!この子だけは…この子だけはァアアアアア!!」
「ママー!!ぼく死にたくないよー!!死にたく…!!」
「ではまとめて石にしてやろう…はぁッ!!」
「「…な、なんこつッ!?」」
親子連れと思わしき、母親の樹霊が泣き叫ぶ小さい苗木みたいな姿の子供を庇いながら命乞いをするも今のリクスにそれが通る訳がなく、容赦無く二人仲良く物言わぬ石に変えては尻尾を叩きつけて粉砕した。
「フハハハハハハハッ!!」
「貴様らァアアアアア!!絶対に天罰が下るからなァアアアアア!!」
古象人の伝統たる棍棒を豪快にブン回しては樹霊達を次々と力ずくでヘシ折るバンホー、死に際の樹霊の呪詛のような断末魔を吐かれたものの彼の耳には一切聞こえちゃいなかった。
「ウフ、フフフ…!!ごめんなさい…ですけど、なんだか楽しくて…アッハッハッハ!!」
「「「あっばぁああああ!!」」」
普段の気弱な性格が最早完全に吹き飛んでる状態なカイナは不敵な嘲笑を溢し、両腕を鎌に変化させて真空の刃を飛ばして斬殺した。
四人の悪魔が殺戮パーティーに夢中になり過ぎたあまり、本来の目的を思い出すのはもう少し先の事であったという…。




